17 ウサギの糞みたいな丸薬
『ダイアウルフ 対 我が家の狼』の戦いは是非とも見届けたいのだが、俺達にも戦いがある。
ゴブリン程度ならばエルフに任せておけば大丈夫そうな気もするが、ゴブリンとはいえこちらの三倍の人数がいる。
このエルフ四人でいけるのか?
それにあのゴブリン達は相当場数を踏んでいるようだしな。
こちらの人数に合わせて三人ずつの四組に分かれている。
奥にいる骨の首飾りをしている奴が指示を出しているようだ。
あいつがリーダーか。
迷うことなく四組に分かれて行くのを見ると、やはり戦いに慣れている。
これは手強いだろうな。
お互い睨み合いの状態でも、エルフ達は弓を構えている。
弓の間合いではないのだが、エルフ達にとっては違うのかもしれない。
その辺は俺が知るところではない。
彼らには彼らなりの戦い方があるのだろう。
さて、俺はどう動いたら良いものか。
姿が見えていなければ動きようもあるんだが、既に姿をさらしてしまった。
これはミスったな。
今更ながら隠れるのも難しそうだし。
そんな事を考えていると、突然ウエストがダイアウルフに飛びかかった。
それを合図にして俺達の戦闘も始まる。
エルフ四人が一斉に弓を射始めた。
それも物凄い早さで連射する。
最初の斉射で二人のゴブリンに傷を負わせるが、急所は盾で隠していて致命傷にはならなかった。
それでも最早まともな戦闘は出来ないだろう。
これで二人の敵が脅威ではなくなった。
残りは十人。
矢が刺さったゴブリンが後方へと下がり、それを掩護するかのように盾をかざしたゴブリンが壁を作る。
エルフ達はなおも弓の連射を浴びせていく。
恐ろしいほどの早さで矢を射かけたが、そもそも矢の数には限りがある。
エルフ一人当たり十数本しか所持していなかったようで、あっと言う間に矢は尽きた。
最初の二人を負傷させた他に、もう一人のゴブリンの腕を矢で貫いた。
しかしこいつはまだ戦闘続行中だ。
矢が尽きたと分ると、ゴブリンが盾をかざしたまま前へと出て来た。
エルフ四人は俺の荷車を背にして槍を構える。
荷車のバリスタは動きまわる敵に当てるには難しい。
さて、困ったぞ。
このままいくと接近戦になる。
エルフの接近戦はどうなんだろうか。
これはちょっとマズい雰囲気だと思った矢先、早くも狼同士の戦いが終わった。
「ウエスト、サウス、奴らを蹴散らせ!」
ダイアウルフの喉笛を噛みちぎっている最中に俺が声を掛けたものだから、二匹は一瞬だけ躊躇したようだが、直ぐに返り血で浴びた体躯を翻し、その獰猛な牙をゴブリン達へと向けた。
「ガウウッ」
「ガルルッ」
二匹の狼がゴブリンの隊列に躍りかかった。
あっという間にゴブリン達の隊列が乱れる。
チャンスと見たのか、エルフが四人同時に混乱するゴブリン隊列に突撃した。
これは俺にもチャンスだった。
敵はエルフと狼の攻撃に翻弄されて、視線がそちらに集中した。
俺は荷車の後ろで姿勢を低くする。
陽を遮る影の如く。
俺は闇の中へと沈み込む。
戦いの喧噪から徐々に遠ざかっていく。
ーーー気配を消した
俺は自然と同化したまま草むらの中を歩く。
誰かが近づき俺は立ち止まる。
俺の目の前を槍をかざしたゴブリンが通り過ぎる。
ゴブリンは全く俺に気が付かない。
俺は今、そこら辺に生える草であり木と同じように、ゴブリンにとって取るに足らない存在。
再び歩き出す。
すると今度は三人のゴブリンが、盾を構えながらエルフの方へと突進して行った。
ウエストとサウスがそのゴブリンに横から飛びかかる。
サウスが上手い具合にゴブリンの手首に噛みついた。
おお、いいぞ、喰いちぎれ。
俺はさらにゆっくりと草をかき分けて進む。
隊列の最後尾に骨の首飾りのゴブリンが見えた。
必死に何か叫んでいる。
俺はそのゴブリンの後ろに風の如く回り込む。
気が付かれない。
突刺剣をスルリと抜いて構える。
しかしここで殺気を放つと俺の存在がバレてしまう。
だから存在の無を続ける。
リーダーらしきゴブリンが右手を挙げてしきりに命令を発している。
俺はその直ぐ後ろに立った。
一度、息を深く吸って止める。
そして革鎧の隙間、右腕の脇の下辺りから突刺剣を一気に刺し込んだ。
「ハガッ……」
細長い棒状の刃が心臓にまで達した。
やや離れた所にいるゴブリンだが、それでも俺の存在に気が付かない。
俺は突刺剣を素早く引き抜くと、ゆっくりと後ずさりして森の影の中へと溶け込んでいく。
俺が完全に消えた頃、ゴブリンリーダーは仰向けにドサリと倒れ込んだ。
そこで初めて近くにいたゴブリン達が、異変に気が付いて騒ぎ出す。
しかし俺は既にそこにはいない。
そんな時でも、ウエストとサウスが大暴れして注目を集めているのは助かる。
早い動きの二匹の狼に、ゴブリン達の動作が全然付いていけてない。
それに加えてリーダーが突然倒れたのだ。
そうなると精鋭と言えども怯んでしまう。
副リーダーらしきゴブリンが何やら叫ぶと、徐々に奴らは森の奥へと下がって行く。
しっかり負傷者や遺体も連れて行くようだ。
つまり撤退して行く。
ということは俺達の勝利だ。
まだ戦い足りないのか、逃げる敵を追う二匹の狼。
「ウエスト、サウス、戻れ!」
追撃しようとする二匹を呼び寄せる。
すると戻って来るなり嬉しそうに俺にじゃれつく。
よくやったと褒めてほしいようだ。
そこで俺は褒めながら二匹の身体を調べる。
どうやら酷い怪我ないようだが、ところどころに小さな傷が見える。
この程度なら放っておいても自然に治るだろう。
そこでエルフに視線を移せば、全員が傷を負っていた。
ほとんど軽傷程度だが、一人だけ放って置けない程の傷を負っている。
俺と一緒に森へ入って行ったエルフだ。
近くまで行って見ると傷口から内臓がはみ出ていた。
これはまず助からない。
経験上、この傷の具合だと高価なポーションを使っても助からない。
良くて命を少し長く待たせるだけだ。
俺には何も出来ない。
そう思って見ていると、エルフの一人がウサギの糞のような黒い小さな粒を持ち出した。
糞に見えるが、それは丸薬みたいだ。
それを負傷エルフに水で飲ませる。
さらに幾つかを口に含んで歯で嚙み砕き、それを吐き出して傷口に塗り始めた。
傷に効く薬のようだ。
エルフの森では珍しい薬草が採れ、変わったポーションもあると聞く。
実際に目にするのはもちろん初めてだ。
だがな、そんなウサギの糞を傷口に塗りたくってもな、そいつの命は救えない。
残念だが……
と思ったんだが、その後の続きがまだあった。