16 活きている森
森へ入って行って思ったのだが、森が輝いて見える?
どうもこの森を表現する言葉が見つからないが、明らかに普通の森とは違う。
魔物ではない木々にも関わらず、意思が宿っているような、鳥のさえずりにも深い生命力を感じる。
足元を這う虫さえも活力が滲み出ている。
「何だ、この森は……」
周囲をキョロキョロと見回しながら思わず言葉が漏れた。
狼のサウスもいつもよりも活き活きした足取りだ。
俺に付いて来たエルフ男だが、いつの間に直ぐ後ろを歩いている。
ずっと黙って歩いているのも気が引けて、ちょっとだけ口を開いた。
「なあ、この森がエルフの森じゃないって言うなら、この溢れ出す様な生命力は何なんだ。明らかに俺が知っている森の雰囲気とは違う」
答えが返って来るとは思えないが、一応だが気になることを口にしただけだ。
しかし予想に反してエルフ男から返答があった。
「この森は我々エルフの精気を吸い取っている」
言葉が詰まる。
というよりも理解に苦しむ。
“精気を吸い取っている”だと?
森にそんな力があるというのか?
だがそれが本当なら、彼らエルフが痩せているのはそれが理由なのかもしれない。
エルフという種族特有の事象なのだろうか。
『エルフは森に生きて森で枯れていく』そんな言葉を聞いた事がある。
伝承か何かかと思っていたが、本当の事だったのかも知れない。
となると、エルフの森はもっと凄いのか?
何だか恐ろしくなってくるな。
その時突然、エルフ男が声を発した。
「止まれ、魔物がいる」
俺も警戒しながら歩いていたつもりだが、魔物の気配など全然気が付かなかった。
さすがエルフといったところか。
ちょっと悔しいな。
エルフ男の視線の先を凝視しても分からない。
魔物は風下にいるらしく、狼のサウスも気が付いていない。
「すまん、俺には見えない」
俺がそう言うとエルフが指を差して言った。
「あそこの苔の生えた木、枝に擬態している」
言われて見ても全く分からない。
枝も何本もあってどれが魔物かなんて区別できない。
仮に枝を指差されても判別つきそうにない。
エルフ男がしょうがなさそうに弓を取り出し矢をつがえる。
人間界ではない形の弓。
人間の間ではエルフ弓と言われるもので、まるで大小二つの弓を重ねたような形をしている。
弦も二本有るが、途中経過から一本に繋がっている。
エルフ製の弓は人間の大きな街へ行けば、時々売っていることもある。
ただし出回っているのは偽物が殆んどだ。
エルフ弓は人間の職人レベルでは再現不可能らしい。
だが中にはどうやって手に入れたのか、実物のエルフ弓が売っていることもある。
もちろん恐ろしく高い値段が付いているのだが、それらは何らかの欠陥や問題がある品だ。
程度が良い品は一般には出回らずに、オークションでの出品となる。
つまり金さえあれば手にできる。
俺には一生縁のない品だ。
エルフ男が弓を射った。
それも二矢も放った。
早すぎて同時に放ったようにさえ感じる。
矢はエルフ男が指さした苔の生えている木の枝に二本とも命中。
すると刺さった矢が動いた。
と思ったら、枝自体が動いている。
そして次第に体色を変えていく。
そこでやっと俺にも見えた。
蛇だ。
人の腕のほどの太さがあり、体長は両手を広げたくらいだろうか。
特に頭が普通の蛇の数倍はでかい。
矢はそのデカい頭に二本とも刺さっている。
しばらくウネウネと木の枝を動きまわっていたんだが、とうとう地面へとドサリと音を立てて落ちた。
エルフ男が弓から槍に持ち替え、地面に落ちた蛇に向かって歩き出す。
俺も槍を構えながら付いて行く。
エルフ男が数歩の距離を置いて立ち止まって言った。
「油断するな。こいつは死んだ振りをする」
頭部に矢を二本も喰らってもなお、死んだ振りをするのか。
死んだ振りをする魔物なんて聞いたことない。
エルフ男が槍で蛇を軽く突っついた。
俺はエルフのさらに後方でそれをサウスと一緒に眺めていた。
すると突然。
頭部に矢が刺さったまま、蛇が跳躍した。
拳くらいなら入りそうなほどデカい口を開き、牙を剥き出しにしてエルフ男に襲いかかったのだ。
襲われたエルフ男はというと、狼狽えることもなく落ち付いた様子で槍を突き出した。
槍の穂先は蛇の頭の付け根を貫いた。
そしてエルフ男は、蛇が突き刺さったままの槍を俺に目の前に突き出す。
「こいつは森を荒らす害獣だ。見つけたら直ぐに処分する」
それだけ言うと槍の穂先を地面に近づけ、脚で蛇を踏み殺した。
実に手慣れた動きだった。
森の中に入ったらエルフ戦士に敵う人間はいないだろう。
この一連の行動を見てそう思った。
エルフはこの蛇を『擬態蛇』と呼んでいるらしいが、特に食べれる訳でもないし皮が有用でもないらしい。
正に害獣でしかない魔物だ。
サウスもちょっと匂いを嗅いだだけでそっぽを向いていた。
狼でも食べないらしい。
俺はさらに森の奥へと分け入る。
エルフが居れば道に迷う事もないし、この強さは心強い。
素材が良い値で売れ、狼の餌にもなる魔物はいないだろうか。
結局エルフ男が五羽の野鳥と野ウサギを二羽仕留め、俺は野ウサギを一羽だけだ。
それを今日の食事にすることになった。
何も獲れなかったらどうしようかと思ったが、なんとか最低限の面目は保てたと思う。
そして皆の所に戻ろうかと来た道を歩いていると、狼の遠吠えが聞こえた。
ウエストの鳴き声に間違いない。
俺はエルフ男に告げる。
「今の鳴き声は外敵を知らせる合図だ。急いで戻ろう」
俺はエルフ男に説明すると、大きく頷いて歩く速度を速める。
すると思ったより速い。
今度は俺が必死で付いて行くことになった。
もう少しで到着というところで戦いの音が聞こえ始めた。
ウエストが敵に襲い掛かる時の鳴き声や唸り声だ。
くそ、戦闘が始まったか!
俺達は森から荷車がある場所へと飛び出した。
そこには武装した多数のゴブリンと、そいつらに従うダイアウルフが見えた。
襲撃者はゴブリンだ。
ということはやはりゾランの手下か。
ダイアウルフは全部で二匹、それを迎え撃っているのがウエスト。
体格はウエストの方がデカいのだが、今は二対一という不利な状況だ。
しかし俺が帰って来たことでサウスがそれに加わり、二対二の狼同士の戦いの様相を呈する。
そして元々いたエルフ二人に俺達が加わり四人。
対するゴブリンは十二人。
ゴブリン達の装備は良い。
全員が鎧を着ているし、武器もしっかりしている。
傭兵か荒事専門の仕事をする奴らかもしれない。