15 エルフ族
ウエストとサウスの二匹の狼の唸り声で目が覚めた。
一瞬だが意識が薄れたようだ。
しかしこいつは重い。
俺の上には巨大な熊が圧し掛かっているのだ。
重いはずである。
狼達がその熊に噛みついて、俺の上からその巨体をどかそうとしている。
可愛い奴等だな。
その巨体の下にいる俺の右手には、突刺剣が握られている。
その細長い刃は巨大熊の心臓を貫いていた。
俺は倒木で上手く隠れるように倒れ込んでいたので、巨大熊の全体重をもろに浴びずにすんで殆んど無傷だ。
それも寸前に多数の矢が巨大熊に襲い掛かかり、倒れ込む前に隙が出来たからだ。
おかげで俺は倒木の隙間へ入り込めたし、心臓に突刺剣を突き通すことも出来た。
そこで疑問が出てくる。
一体誰が矢を放ったかだ。
複数の矢がほぼ同時に放たれたという事は、メロディ以外の誰かだ。
それよりまずはここから這い出さなくてはいけない。
狼の二匹も騒がしいし、一刻も早く出なくては。
そう思って巨大熊の下から這い出ると、周囲を何者かに囲まれていた。
しかも俺に向けて全員が弓を構えている。
狼二匹が唸っていたのはその為のようだ。
「ほほう、生きているのか。それもこいつを仕留めるとは、人間にしては、凄い腕だな」
俺を取り囲む中の一人がそう声を掛けてきた。
そこへ装甲荷車に入っていたメロディが叫びながら飛び出して来た。
「ローマン様、よくご無事で!」
その声に反応して弓矢隊が一斉にメロディ向く。
その動きだけ見ても素人集団ではなさそうだ。
周囲を見わたせば、全員の耳が尖っている。
つまり全員がエルフだ。
中には女性エルフもいる。
こんなに多くのエルフを見るのは初めてだ。
そこで先ほど言葉を発した男がメロディを見つめながらつぶやく。
「メロディ……なのか?」
メロディとエルフ男が見つめ合う。
そこでメロディが何かに気が付いた顔をした。
「コーム、なぜあなたがここに?」
なんだか知り合いみたいだな。
「メロディ、生きていたのか……てっきり、死んでしまったものと……」
コームと呼ばれた男は今にも泣きそうだ。
「私、オークの奴隷狩りに捕まって……」
メロディまで泣きそうだ。
しかし美人は何しても絵になる。
「よく、無事で……メロディ!」
そう言って走り寄るコームという男。
メロディも同時に走り寄り、二人はしっかりと抱き合った。
「ちっ」
思わず舌打ちしてしまったが、誰にも気が付かれていないはず。
だが、これで俺の役目は終わった。
何だかしっくりこないが、ここはさっさと帰ることにするか。
ああ、胸が苦しいこの感じ。
そうか、俺は彼女に惚れていたんだな。
ははは、口説く前にフラれたか……笑える。
俺なんかどうせ商売女がお似合いだよな。
「ええっと、俺は敵じゃないから、武器を引いてくれるか」
俺がそう言うとメロディも慌てて言葉を付け足してくれる。
なんだか冷静な自分がいる。
「皆、弓を降ろしてっ、この方は私を助けてくれた命の恩人です!」
怪訝そうな表情をしながらもエルフ達は俺に向けた弓を下ろしていく。
人間は信用出来ないとか言いそうな雰囲気だが、少なくてもメロディの言う事は聞くようだ。
コームとかいう男が疑いの目で俺に言ってきた。
「メロディの言ったことは本当か」
やはり信用されていない様だ。
それなら良い。
俺はさっさと撤収するか。
「どうやらお邪魔みたいだな。まあ良い、俺の役目は終わった。さっさと撤収するよ」
そう言って俺は荷車へと向かう。
熊の毛皮を剝)ぎたいが、今はそんなこと言い出せる雰囲気ではないか。
熊を横目で見ながら御者席へ上る。
するとメロディが呼び止めた。
「待って下さい。せめてお礼をさせてくださいっ」
メロディはそう言っているが、一緒にいるコームや他にエルフは露骨に嫌な顔をしている。
エルフ族は排他的種族と聞いたが、それは本当だったようだな。
だから俺も「気持ちだけ貰っとくよ」と返し、ウエストとサウスの二匹を荷車へと呼び寄せる。
二匹は素直に荷車へと乗り移るが、チラリとだけメロディを見た。
「メロディ、もう捕まるなよ!」
そう言って出発しようとすると、メロディが何か思いついたように声を掛けて来た。
「ローマン様、思い出しました。ビール樽ありましたよね、あれを買わせてください!」
その言葉に商売心が動かされる。
「エルフでもビールを飲むのか?」
思わず聞いてしまった。
するとコームが答える。
「エルフの森ではビールは作れない。だから外との取引の時に少量買い付けるだけだ。それも年に一回だけだがな。ビールがあるなら売ってくれ」
良い事を聞いた。
「そうだな、幾らで買い取るかによる。全部で四樽ある」
商売っ気が出てしまった。
「そんなにあるのか、全部売ってくれ。そうだな一樽につき金貨二枚でどうだ」
おおっと、予想以上の値段を言ってきたな。
粘ればもっと吊り上げられそうなんだが、メロディの知り合いからむしり取るのも気が引ける。
「良いだろう、メロディの顔を立ててその値段で取引しよう」
一応、試飲もしてもらった上で取引となった。
しかし金の持ち合わせがないとかで、この場で少し待てと言われた。
「少しとはどれくらいだ?」
俺がそう聞くと「三日だ」との返答。
三日もこんなところで待つのかよと言おうと思ったら、エルフの何人かがこの場で野営する準備を始めた。
どうやら俺がここで三日待つことは決定事項らしい。
まあ、酒樽が売れるのなら予定もないし、良いかと思ってしまった。
この辺で狼の餌でも狩るか。
結局、エルフ三人を残して他はいなくなった。
見た目十代の若者に見える男性エルフが三人。
どうせなら女性エルフをおいて行って欲しかったな。
「この辺がエルフの森なのか?」
時間は有り余るほどあるので、コミュニケーションを取ろうと話し掛けたのだが、実にそっけない返事だった。
「違う」
そのあと言葉が続くかと待っていたが、沈黙しか続かなかった。
この辺はやはりエルフの森ではないようだ。
ここで三日待たせるってことは往復で三日以内ってことは判明した。
知ったからどうする訳でもないのだが。
暇だから狼達の餌狩りに出かけるか。
「この辺で狩りをしたいのだが構わないか?」
首を縦に振っただけだがOKということだろう。
これで許可は下りた。
狼の餌の肉と獲物の毛皮を手に入れるか。
「ウエスト、お前は留守番な。ホーンと荷車を見張ってくれ」
クロスボウと槍を持って、サウスと共に近くの森の散策に出発した。
出発してすぐにサウスがチラチラと何度も後ろを振り返るのだが。
エルフが一人付いて来る。
俺の見張りの様だ。
ちょっとウザい。
エルフはどいつも瘦せていて、男でも遠くから見たら女性に見えるほど線が細い。
女性は細くても良いのだが、男は細いと接近戦闘で不利だろうな。
それでか知らないが、エルフの戦士には女性も多いらしい。
もしかしたら、接近戦闘が苦手だからエルフは弓ばかりを使うのかもしれない。
さて、初めて入る森だ。
慎重に行くか。
俺はついて来るエルフは無視して森の中へと分け入った。