14 狼
この間と同じ道をたどる。
ソーダンの街を経由してダバドの街を経て、途中から街道を逸れて枝道を行くことになる。
枝道に入るとそこから先には街はない。
小さな村落がある程度でさらに先には未開の地が続く。
その先にエルフの森はあるらしい。
人間にしたらただの森に見えるのだが、エルフにしたらエルフの森と呼ぶ聖地となる。
そんな得体の知れない森へと俺達は向かう。
今回はゴブリンが居ないので比較的早い速度での移動が出来た。
それに我が愛犬二匹が装甲荷車の周囲を護衛として歩く。
犬達は襲撃者に対して真っ先に対応してくれるはずである。
実に頼もしい相棒たちだ。
ただゾランの仲間の襲撃があるかもしれないので、油断は出来ない。
あのゴブリンらは意外としつこいからな。
しかし俺の心配をよそに、襲撃など皆無でダバドの街へと到着した。
街に入ると、この間来た時よりも人々が慌ただしい。
戦線がかなり近いらしく、そこで現在戦闘中らしい。
この街は戦争中のどちらの陣営の領地でもない為、襲われる可能性は低いと思われる。
それならこの街で輸送して来た物資を売りさばこうかと取引所へと向かった。
だが食糧品は良い値で売れそうなんだが、肝心のビール樽が余り良い値が付かない。
結局悩んだ挙句に食糧品だけを売りさばき、ビール樽は戦闘が終了してから勝利した陣営に持って行って売ることにした。
俺達はその戦争が終わるまでの間、エルフの森へ行ってるとするか。
こうして俺達はダバドの街を出発した。
ここまではゴブリンの監視はない様に見える。
ただ遠くから監視しているだけで、俺が気が付かないだけかもしれないから警戒は緩めない。
しばらくしてメロディの案内に従って街道からそれて枝道に入ったのだが、急激に道は細くなり状態も悪くなる。
街道ほど人通りがないから道も整備されずに荒れているようだ。
この道の先には街は無く、せいぜい開拓村がある程度だ。
こんな寂れた場所に野盗など出ないとは思うが、逆に魔物はでるかもしれないし、ゾラン達ゴブリンが襲撃して来るかもしれない。
ここでも油断は出来ない。
道が悪いから荷車も何度も何度も揺れる。
否、揺れっ放しといった方が良いか。
そうなると長時間は獣車に乗っていられなくなり、こまめに休憩を取らないと尻が大変な事になる。
しかも折角食べた物をぶちまける羽目になる。
そして休憩中のことだった。
ウエストとサウスの二匹が何かに反応し始めたのだ。
鼻を高く上げ、しきりにクンクンしている。
何かを嗅ぎ取っているらしいが、俺にはそれが何かはわからない。
唸り声を上げていないからまだ大丈夫だ。
メロディが二匹の犬を見て言った。
「頭の良い狼のようですね」
“狼”と今、確かにメロディはそう言った。
言われてみれば犬にしては変な気がしたんだが、まさか狼ってことはない……だろう?
「なあ、メロディ。こいつらは野犬じゃないのか?」
俺よりも種族特性からエルフの方がその辺は詳しいはず。
その疑問にメロディは答えてくれる。
「はい、これは間違いなく狼です。そうですね、見た感じですと黒狼か灰色狼の交雑種ってところでしょうか。まさか、知らないで飼っていたんですか?」
森の番人といわれるエルフが狼と言うんだから、これは間違いないのかもしれない。
しかし完全に犬だと思っていました。
お恥ずかしい。
「へえ、狼だったのか。今までずっと犬だと思ってたよ……」
「狼でも犬でも大して変わりませんから、気にすることもないですよ」
メロディはそう言って笑顔を見せた。
しかしやはり凄い破壊力がるな、あの笑顔……
俺は破壊される前にススッと視線を逸らした。
そこで犬……狼たちが森の奥の方を睨みながら唸り声を発し始めた。
「メロディ、装甲荷車の中に入ってろ」
そう言って俺はクロスボウの発射準備を整える。
ウエストとサウスの二匹は相変わらず森を見て唸り声を上げている。
最初に走りだしたのはウエストの方だった。
森の奥へと突っ込んで行った。
その直ぐ後をサウスが追うように走って行き見えなくなった。
森の奥から狼の声と魔物のような吠え声が聞こえる。
俺は獸車から降りて、狼達が走って行った方へと歩きだす。
しばらく歩いて立ち止まり、クロスボウを構えたまま森を見つめる。
しばらくすると森の中から突然、黒い塊が飛び出して来た。
「ゴオオアアアッ」
熊だ、巨大な赤毛の熊だ。
人の倍近くもある巨大な熊の魔物だった。
巨大熊の後ろからは、ウエストとサウスが追い立てるように走って来た。
咄嗟に俺はクロスボウからクォレルを放った。
放ったクォレルは巨大熊の前脚の付け根に刺さる。
だが巨大熊は物ともせずに俺に向かって突っ込んで来た。
クロスボウを放たなければ避けれたかもしれない。
だがもう遅い。
ギリギリ避け切れそうにない。
俺は右側に避けようと転がった。
――ダメだ、跳ね飛ばされる!
その時だった。
「グオオオオアアアアアアッ!!」
突然、巨大熊が仁王立ちになった。
俺は転がりながら巨大熊を見る。
巨大熊は両前脚で顔を抑えながら後ろ脚で立ち上がっていた。
良く見れば熊の頬の辺りに矢が刺さっていた。
メロディだ。
俺が渡した古い弓を使ったのだ。
もう少し上ならば目に突き刺さっていただろう。
しかしそれくらいで引き下がる巨大熊ではなかった。
手負いの熊は狂暴になると昔から言われている。
この魔物の熊もそうらしい。
雄叫びを上げながら後ろ脚だけで歩き、俺に覆い被さるように襲って来た。
その直前、巨大熊に複数の矢が刺さるのが見えた。
しかし巨大熊はそのまま俺の上へと圧し掛かった。
「ローマン様!」
メロディの叫ぶ声が俺の耳に残った。