12 銀等級の商人
夜明けを待ってから宿を出て、メロディをカートに乗せると犬達を走らせた。
夜明けと同時に人々は動き出す。
アーレの街へ向かう商人も多く、それに紛れてしまえば敵も手出ししずらいだろう。
同じ方向へ向かう大抵の隊商は、申し合わせたように固まって動く。
そうした方が安全だからだ。
街の門を出ると雇ったゴブリン達がしっかりと待っていた。
1人も欠けていないのは驚きだが、こいつらは金で直ぐに裏切る。
夕べの襲撃の事もあるから警戒だけは怠らない。
しかし護衛のゴブリン達と我が愛犬二匹は仲が良い。
「俺の犬と仲良くするなっ」とまでは言えず放置してはいるが。
ゴブリンは狼に騎乗する事もあるくらいだから、大型犬に対しても興味があるようだ。
護衛ゴブリンの一人が特にノースを可愛がっている。
食事時になると必ずノースに餌をやる。
汚い革鎧に槍を抱えるどこにでもいる典型的な冒険者スタイルのゴブリンだ。
オシャレなのか耳にイヤリングをしている。
別に犬に餌を与えるのは構わないのだが、どうした訳か俺はこいつが好きに慣れない。
理由を聞かれても困るのだが、生理的に受け付けないというか……
ゴブリン護衛の歩行速度に合わせるために、かなりゆっくりな速度で俺達はアーレの街を目指す。
そのせいか、俺達の隊商はあっという間に他の隊商から引き離されてしまい、結局は孤立した隊商になってしまった。
他の隊商にも護衛ゴブリン連れは結構多いのだが、俺達が雇った奴等は特に歩くのが遅く、これは外れかもしれない。
まあ、ダバドの街とソーダンの街を繋ぐ街道に比べたら、今進んでいる街道は安全な方だ。
一緒に行動出来なくても他の隊商ともすれ違うし、依頼をこなす冒険者もこの辺は多い。
いざとなったら助けを求めても良いだろう。
だが油断していると夕べの二の舞になる。
そしてそろそろアーレの街が小さく見えてきた頃、護衛のゴブリンに異変が起こった。
それは護衛ゴブリンのリーダーの男だ。
先頭を歩いていたはずが、フラフラとした足取りで徐々に歩く速度が遅くなり、遂には俺達のカートの横に来てしまった。
さすがに声を掛ける。
「なあ、具合が悪いなら後から来い。アーレの街は目の前だ。ここからなら遅れて来ても問題ないぞ」
するとリーダーゴブリンは青い顔して答える。
「アア、スマナイ……」
何とか共通語は通じたようだ。
今回雇ったゴブリンの中には共通語が話せない者もいるから厄介だ。
リーダーゴブリンは見る見る内に俺達と離れて見えなくなる。
心配していると、今度は別の護衛ゴブリンが道の端でしゃがみこむ。
話を聞くとどうも気分がすぐれないらしい。
さすがに二人も体調不良を訴えるのはおかしい。
食あたりも考えられるが、俺が使うような遅延毒だって考えられる。
それに食事の時にワザと腐った食べ物を混入させる作戦もあり得る。
護衛ゴブリン達は同じ鍋のスープで食事をとっているから、毒物も簡単に仕込める。
食あたりと似た様な症状が出る植物を使えば、区別もつかないから対応も遅れる。
幸いなのは俺とメロディの食事は別だった事。
とは言ってもアーレの街まであと少し。
着いてしまえば何とでもなる。
速度を上げようとしたところで、ウエストとノースの二匹の犬の様子がおかしくなる。
初めにノースが「クゥ~ン」と鳴いて歩くのを止めた。
「どうした、ノース?」
俺が声を掛けてもその場から動かず、首を垂れたまま息づかいがおかしい。
もう一匹のウエストも心配そうにノースに鼻を寄せる。
まさか犬にまで毒を盛ったのか?
カートが停車したことで護衛ゴブリン達も歩を止めた。
護衛ゴブリン達も只ならぬ雰囲気を察知したようで、ざわつき始める。
俺はカートから降りて様子を見にノースの側まで行ってみる。
かなり辛そうなので二匹の犬をカートから外すと、ノースは直ぐにアゴを地面につけて伏せてしまった。
辛そうだ。
「餌か……」
俺がそうつぶやいた時だ。
護衛ゴブリンの一人が俺の方へ歩いて来た。
「ドウシタ、イヌ、ゲンキナイ」
ノースに餌をやっていたイヤリングのゴブリンだ。
まさか、こいつが……
俺は疑いの目でゴブリンを見据える。
しばしの沈黙の後、ゴブリンの顔から表情が消えた。
すると突然そのゴブリンは持っていた槍を構える態勢に移る。
俺は直ぐに反応して突刺剣を引き抜き、そのゴブリンとの距離を一気に詰める。
俺が急に前へ出てからゴブリンは面食らい、表情にも迷いが浮かんだ。
その一瞬の迷いが生死を分ける。
一瞬の迷いから俺に向けられた槍の穂先がブレる。
その槍の柄を左手で掴んで一気に引き寄せる。
同時に右足でそいつの腹を一撃。
苦悶の表情をしながらも槍から手を放し、腰の後ろに手を回す。
そいつが短剣を引き抜いたと同時に顔面に膝を叩き込む。
「グヒッ!」
小さく悲鳴を上げて顔が上を向く。
そこへ右手で引き抜いた突刺剣をその顔面に叩き込んだ。
「グアッ……」
刃の先端は眼球を突き抜けて脳髄へと達してなお、刃先が後頭部から突き抜ける。
俺が突刺剣を引き抜くと血が噴出する。
そしてゴブリンは動きを止めてゆっくりとその場に崩れ落ち、己の血だまりの中へと没した。
俺の犬達に手を出した罪は大きい。
他の護衛ゴブリンが何事かと俺の周りに集まり出す。
まだ裏切者はこの中にいるかもしれない。
そこで俺は声を張り上げた。
「こいつは俺を殺そうとした。見ろ、この男の右手を!」
そう言って、ゴブリンの右手を掴んで持ち上げた。
持ち上げた右手には刃に液体が塗られた短剣が握られていた。
こいつが腰から抜こうとした短剣だ。
「この短剣の刃の色を見てみろ。これは毒だ」
俺はゴブリンの右手から短剣を取り上げて、今一度それを掲げて見せる。
そして話を続ける。
「恐らく今日の昼食のスープ鍋に腐りかけの食物を混入させた奴がいる。食事当番だった奴は誰だ?」
俺がそう言った途端、一人のゴブリンが草むらの方へと走り出した。
やはり一人だけじゃなかったか。
俺は持っていた毒付の短剣を逃げ出したゴブリンへと投げつける。
短剣は逃げるゴブリンの左肩に刺さった。
だがゴブリンは短剣が刺さったまま逃走を続ける。
慌てて護衛ゴブリン達がそれを追おうとするが、俺はそれを制止した。
「構わない放っておけ。直ぐにあいつは短剣の毒で死ぬ」
俺の言った通り、肩に短剣が刺さったゴブリンは十数歩ほど進んだ後、全身を痙攣させながら前のめりの倒れ込んだ。
そして最後には口から泡を吹き出しながら死んでいった。
ここで改めて動揺する護衛ゴブリン達に向かって言った。
「この中にまだ裏切者がいる可能性がある。それで皆には悪いがここで解散とする。護衛依頼も完了だ。この書類をギルドに持って行って金を受け取れ」
お互いの顔を見合わせながらすごすごと街へと向かい出すゴブリン達。
これで少しは安心できる。
だが護衛人数が少ないと、弱小の盗賊にまで標的にされるという心配が発生する。
まあ、これは仕方のない事と諦める。
それに街はもう見えるところにある。
護衛ゴブリンが一人も居なくなったところで、メロディが俺を見ながら言った。
「ローマン様、あなたは一体何者なのですか?」
俺は目一杯の笑顔で答えた。
「俺は銀等級の商人さ」