11 廊下の戦い
真夜中、宿屋に併設してある獣舎の犬達が騒ぎ始めた。
縄張りに部外者が入って来た時の唸り声を発している。
しばらくすると一階が急に騒がしくなる。
そして赤子の鳴く声が響くも、直ぐ何事もなかったように静まり返る。
明らかに様子がおかしい。
俺は直ぐに襲撃と判断し、メロディを叩き起こす。
「メロディ、起きろっ。襲撃だ!」
残念ながらここにはゴブリンの護衛はいない。
収入の少ない彼らは外壁の外で野宿しているからだ。
街中なら襲ってこないと思って手薄にした俺のミスだ。
俺は部屋の扉のすぐ脇に、メロディを庇うようにして壁に背中をつける。
しばらくすると俺達の部屋のすぐ外の通路が、わずかにギシギシと床音を立て始める。
奴らが近づいて来ている足音だ。
壁に耳を付けると、ゴブリンが会話する声を聞こえてきた。
真っすぐにこの部屋に向かって来たということは、脅された宿主がしゃべったのだろう。
まあこの状況、夫婦は生きてはいまい。
足音からいって四人ほどか。
襲撃者が扉の前に集まった頃合いを狙って、こちらから先に扉を開け放った。
俺は廊下に飛び出す。
驚きの表情を見せるゴブリンの顔。
そこへ右手の突刺剣を振り下ろす。
眼球から入り込んだ細長い刃が、後頭部から突き抜けて血を散らす。
声も出す暇もなくあの世行きだ。
左側にいるゴブリンが驚いて後ずさる。
そこへ足払い。
派手に後頭部から転倒するゴブリン。
その奥のゴブリンは、転倒したゴブリンが邪魔で俺に近付けない。
これで左側はしばらく放って置ける。
右側にいた頭巾を被ったゴブリンが凄い形相で俺の胸へと小剣を突き出す。
突刺剣で仕留めたゴブリンを刃が刺さったまま、一気に手繰り寄せて盾代わりにした。
頭巾のゴブリンが放った小剣が手繰り寄せたゴブリンに刺さる。
上手くいったと思ったのだが、突き抜けた小剣が俺の右腕を掠めた。
くそ!
頭巾のゴブリンが薄笑いを浮かべる。
俺の左の視界に、倒れたゴブリンが起き上がろうとするのが映る
そこでもう一度足払い。
すると暴れながらも再び転倒して、その後方のゴブリンが足を引っ掻けて倒れそうになっている。
思考が目まぐるしく回る。
盾にしたゴブリンを頭巾のゴブリンへと押し飛ばしつつ、突刺剣を引く抜いて構える。
その隙に左側に転んでいるゴブリンの頭を踏みつけながら、身体をクルッと回転させた。
その勢いでにのせて、奥にいるゴブリンの喉に突刺剣の刃先を滑らせた。
「ギャフウッ」
変な悲鳴を発して、喉元から噴き出す血を両手で抑えるゴブリン。
チラッと床を見れば頭を踏み潰したゴブリンの首が、変な方向に曲がっているのが見えた。
残りは頭巾のゴブリン。
頭巾のゴブリンは俺が盾にしたゴブリンを振り払うと、ゆっくりと小剣を構える。
見るからに剣の使い手っぽい。
俺は剣技に優れた相手とやり合うのは得意ではない。
俺は暗殺や特殊工作は得意だが、真正面での勝負は苦手である。
何よりこいつは強い。
頭巾ゴブリンが小剣を突き出す。
俺を仕留めようとしてるというよりも、一瞬にして三人を倒した俺を警戒している感じか。
さらに狙いを変えて何度も小剣を小さく突き出してくる。
こちらの出方を見ているようだな。
俺は突き出される切っ先をひたすら避ける。
敵も余り前に出てこない。
試しにフェイントでこちらから攻撃しようとすると、小剣を俺の方へ突き出しながらも直ぐに後ろへ下がる。
こんな狭い廊下では斬るではなく突くのが正しい。
壁に刃が当たれば敵に隙を与える事になる。
斬るにしても大振りはダメだ。
こいつは狭い空間での戦いに慣れている。
だが真剣に俺と対峙する気はないらしい。
その証拠に果敢には攻めてこない。
床はゴブリンの死骸で歩くのさえ大変なのに、こいつは足元も見ずに俺との間合いを探っている。
しかし時間が経てば騒ぎに気が付いた誰かが来るリスクもあるはず。
となるとこいつは逃げる機会を伺っているのか。
俺は左手を懐に入れる。
すると相手は俺との間隔をスッと広げる。
警戒心がかなり強い奴だな。
別に懐に何かがある訳ではない。
相手の反応を見ただけだ。
俺が懐に左手を入れたままにしていると、敵はずっと間合いを開けたまま攻撃して来ない。
俺はズイっと一歩前へ出る。
すると頭巾のゴブリンはスススっと下がる。
音もない静かな攻防が続く。
そんな事をしていると頭巾のゴブリンの横の部屋の扉がそっと開いた。
そして宿泊客が静かになった廊下の様子を見ようと顔を少しだけ出す。
すると頭巾のゴブリンは「ちっ」と舌打ちすると、顔を覗かせた宿泊客の首根っこを掴んで廊下へと引きずり出した。
「うわあっ」
宿泊客の年配男が悲鳴を上げながら俺の方へ飛ばされる。
「くそっ!」
俺はその男を横に捌いて入れ替わり、ゴブリンの方へ接近する。
だがゴブリンは直ぐに開いた扉を通り、男がいた部屋へと逃げた。
俺も直ぐに後を追って部屋に入るが、ゴブリンは部屋の窓をぶち破って外に飛び出した所だった。
壊れた窓から外を見ると、頭巾のゴブリンが街路を走り去って行く姿だった。
ただ、今ので負傷したようで走り方に違和感がある。
意外と危なかった。
逃走してくれて助かった気がする。
廊下で「痛たたた」とかいってる宿泊客の男には「部屋で隠れていろ」と伝える。
俺の宿泊部屋にいるメロディにも「階下の様子を見て来るから部屋から出るな」と伝え、階段を降りて一階へと行く。
二階には宿泊用の部屋が幾つかあり、一階は食堂や受付がある作りだ。
一階へ降りて行くと、そこには幼子を抱える夫婦の遺体が転がっていた。
可哀そうに……
現役の頃には無かった感情だ。
生活代わると感情もこんなにも変わるものか。
その頃になると部屋に身を潜めていた他の泊り客も、ぞろぞろと顔を覗かせ始める。
そうした中、泊り客の一人が番所へと走った。
しばらくすると役人が三人来て、面倒臭そうに簡単な質問をそれぞれにしていく。
遺体は朝になったら誰か取りに来させるという。
役人どもの取り調べは終始適当だったくせに、受付のところで金目の物を漁っていた時だけは真剣そのものだった。
結局、朝になっても誰も来ない。
宿泊客も逃げるようにして宿を出て行った。
もちろん俺もさっさと宿をあとにした。