3章 Rest(1)
「キケ、頼む。開けてくれ」
アナンが親友・キケ=オルティスの家の戸を叩いたのは、村を出て数時間が経った頃だった。こんな夜中に、おまけにイスフィに弓まで抱えているのだから、普段とはわけが違う。いつになく時間がかかってしまった。
「なんだ、こんな時間に」
扉の外からでも彼の声が眠たげなのはわかる。今更ながら、アナンは申し訳ない気持ちになっていた。
立て付けの悪い木製の扉が聞き心地の悪い音を立てて開く。暗がりから覗く翡翠色の瞳に柔らかい髪の毛、それに大きな欠伸。
だが、立ち尽くす親友の姿を見て眠気は一気に覚めたようだった。
「アナン⁈」
「キケ……お願いだ、助けてくれ……」
キケに会ったせいなのか、アナンは張りつめていたなにかが音を立てて切れていくような気がした。膝が震えて立つこともままならない。その場に崩れ落ちたまま、彼は嗚咽のような掠れた声で要領を得ない言葉を繰り返すことしかできなかった。
「村が……村が、だめなんだ……。父さんも皆も……。イスフィは、……イスフィを……。それに誰かが俺のことを……」
「どうした、どうしたんだ、アナン!」
「キケ、俺は……」
「しっかりしろ。とりあえず上がって、まずは落ち着くのが先だ」
優しく支えられるようにして、やっとのことでアナンは立ち上がった。そっとイスフィに触れたキケが微かに眉を動かす。
「……どうもイスフィは熱があるみたいだ。ユリアを起こしてくるよ」
「ああ……。すまない」
どうやらユリアは無事だったようだ。
よく回らない頭で思案を巡らせながら、アナンは重い体を引きずるようにして部屋へ入った。
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