表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/75

16章 Edmund


『クルーヴァディア王エトムント、その生まれ変わり』

 その言葉が、言葉という名の引き金が、アナンの記憶をかき乱す。

(俺……俺、は……)

 アナンはがくりと地面に膝をついた。普段なら気にも留めなかっただろう。むしろ、笑い飛ばしていたかもしれない。

 だが、今の彼にはそれができなかった。

 呼び起こされてしまった断片的な記憶があるから。

 クルーヴァディア王国最後の王、エトムント=イルゼ=ミケーレ=イェリネクとしての。


(……このところ見続けていた夢。あれは……『俺』が、いや、『私』が……命を絶つ、その直前の記憶だ)

『覚えて』いる。クルーヴァディアが崩れた二千年前のあの日。

 破られた城壁も、そこから覗く火の海も。

 時が経てば経つほど悪くなる戦況。前線に立とうとする彼を涙ながらに止めていた側近達。

 わかっていた。都の陥落は時間の問題だということ。自死か戦死か処刑、それだけが残された道だということ。そして、勝敗に関わらずクルーヴァディアの地はもう。

(……限界だった)

 災害と戦争でボロボロだった故郷。最後に青空を見たのはいつだっただろう。

 等身大の感情がこみ上げる。

 誰かの死を悟ったこと。誰かの生を願ったこと。

 そして、命を絶ったこと。王の家の血筋も誇りも、自らの手で断ち切ったこと。

 絶望したこと。悔やんだこと。捨てたこと。諦めたこと。

(それが最期の、王としての役目なら)

 そう思ったこと。

 熱と血と涙。

 棺代わりの『悲劇』。

 忘れられた英雄への手向けの花。

 伝承にも神話にもなれなかった英雄のエピローグ。

 救われない亡国譚。


 本当に?


(……違う)

 クルーヴァディアが過去のものなら、今はなんだ?

 誰かに追われる今はなんだ?

 今もなお、元凶であり続けるクルーヴァディアはなんだ?


(例えこの身も名も朽ち果てても)

(なにかきっと)

(残るのならば)


 そうだ。

 これは、あの日繋いだ今だ。

 あの日願った明日だ。

 二千年の時を超えて、守りたい今日だ。

(――『私』は、約束をした。未来のための約束を)

『私達はきっと、クルーヴァディアを本当の意味では終わらせることはできない』

『だから、繋ごう』

『遠い未来で、同じ魂の下に生まれよう』

『この国が辿った道を往くものがないように。……クルーヴァディアを、蘇らせないために』

『約束をしよう。これを、その証に』

『そして、次の世で探そう』


『印を持って生まれる仲間を』


 右目が熱を帯びていく。青い青い視界は全てを見通せそうだ。

『思い出したか、エトムント』

 くつくつと嗤う男の名も、今ならわかった。ゆっくりと膝の泥を払って立ち上がる。

『今のお前はクルーヴァディアからは逃げられぬ。自ずから私の元へ赴き……そして破滅への道を辿るのだ! 物語はなるようになる。例えお前が何を選ぼうとも。このクルーヴァディアの大舞台で、新しき神は古き英雄を滅ぼす……なんと心躍ることか!』

 彼、ルドルフは完全に自分の世界に入ってしまった。古い王を倒し理想郷を再興する、都合の良い御伽噺の世界に。

「……お前は勝手にその筋書きをなぞっていればいい。だが……」

 まだわからないこと、思い出せないことは沢山ある。なぜクルーヴァディアは滅びなければならなかったのか。ルドルフはあの時何をして、今何を企んでいるのか。

 一人分の二人、二人分の一人。

 それでも。

 予測不能な自分自身の中で、たった一つの確かなこと。

「今までもこれからも、私が、……俺が歩くのは、自分で選んだ道だ!」

 例え結果が同じだったとしても。

 彼はもう終焉を選ぶ王でも、運命に流される少年でもない。

 道を選び、そして。

 物語の結末を裏返す、主人公なのだから。

 限界まで弓を引き絞る。

(見える)

 ルドルフの分身とも言うべきこの球体の、どこをどう撃ち抜けばいいのか。手に取るようにわかる。頭の中で『見える』のだ。

 願うように手を離す。放たれた矢は思った通りの軌道を描いた。例えるなら、夜空を裂く若き雷。

 これを撃ち落としたところでルドルフ本人は別のところにいる。きっと大した損害にもならないに違いない。そんなことはわかっているのだ。

 だが、いや、だからこそ。

 この雷鳴は、宣戦布告だ。

 ルドルフ総帥へ、《リンカーネイション》へ。

 そして、クルーヴァディアへ。

 どうせ同じ場所につくのなら。還る場所が一つしかないなら。

(……堂々と歩いてやろうじゃないか)

 重い金属音を立ててそれは壊れ落ちる。終わりは意外にあっけないものだった。彼の嫌な笑い声が耳に残っていることを除いては。

 突然自覚した自分であり他人である彼。大きすぎる存在に少しだけ戸惑う。

 何もかもを思い出したわけではない。かつての自分の僅かな情報、感情、ルドルフの名前、そして約束。

 右目の熱はまだ引かない。いや、それどころかかえって力を集めるように視界が澄んでいく。少なくとも当分の間は、印が残ったままなのではないかと直感的に思う。

(ああ、そういうことか)

 右目はエトムントのもの、左目はアナンのもの。

 もう一度、未来を見るための約束。

――『私』と『俺』の、盟約。



「全てが朽ちて枯れる時、それを絶望と呼ぶように」

「全てが生まれ変わる時、それを希望と呼ぶように」

「生きとし生けるもの、全てを唄う死のように」

「生きとし生けるもの、全てを廻る血のように」

「生きとし生けるもの、貴方に宿る印のように」


「……エト」

「あたしは……」


お読みいただきありがとうございました!

ブックマーク、感想等はお気軽に!

誤字脱字がありましたら報告していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ