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2章 Flame(1)


(なんなんだ、なんなんだよ、これ……)

 村が、燃えていた。

 十八年間生きてきたその場所が。

 炎は見る見るうちに村を囲う土壁にまで燃え広がっている。こうなっては森に延焼するのも時間の問題だろう。

(どこが火元だ? なぜこんなに広がった? いや、そんなことより父さんやイスフィは、村のみんなは?)

 弓を下ろすことも忘れて走る。壁からはかなりの距離があるというのに、体の芯を揺らすような熱気が足をふらつかせた。

 不意に鈍い音を立てて門が崩れ落ちる。飛び散った鮮やかな欠片はその一瞬で古びた遺物と化してしまったようだった。

(だめだ、俺がなんとかしなきゃ)

 頭がどうにかなりそうだ。燃え盛る炎の中へ、何もかもを喰らう赤の中へ、体が飛び込みたがっているのがわかる。

――その煮えたぎるような衝動を静止したのは、

「……! あれは……」

 地面に倒れこむ人影だった。その人物の長い金の髪がちらちらと踊る炎に煽られ妖しく光を反射している。

「イスフィ!」

 そう、あれはイスフィだ。

「イスフィ、イスフィ!」

 必死に名前を呼びながら、アナンは彼女に駆け寄る。頭を過る最悪の事態をなんとか振り切りながら。

「……アナン?」

 幸いにも彼女は意識があるようだった。それでもいつになくぐったりとしていて目にも覇気がない。

「イスフィ、なにが起こっているんだ……?」

「……わかんない。ただ……頭がクラクラして、それで……外に出て気付いたら……」

 そっと彼女の白い手に触れる。驚くほど熱い。それでもこれは火の熱さではなくて、体温の熱さだ。それだけでもアナンは随分救われたような気がした。

 再び炎の熱気が強くなる。音を立てて門の残骸が崩れ落ちた。瓦礫はアナンの頬の近くを掠っていく。

「……ここは危険だ、逃げよう」

「うん……」

 イスフィを背負おうとしてはじめて、アナンは背中に括りつけていた弓の存在を思い出した。彼女と弓とを両方抱えるのは難しいだろう。

 だが、紐をほどきかけたアナンをイスフィが遮る。

「……だめ。それはいるの。いつでも弾けるようにして」

「え?でも……」

 彼女の顔に目をやって、思わずアナンは息を飲んだ。

 額の痣が光っていた。

(白)

 朝の彼女の言葉が全て繋がったような気がした。

『白色のものを身に着けるといいことがあるかもしれないでしょ』

 白。白竜。

 そうだ。

 もしあの白竜を見なかったら? 追わなかったら?

(……もし家に帰っていたら。今頃俺は、村の中で火事に巻き込まれていたかもしれない)

 背筋が冷えていく。途端に彼女の印が得体の知れないなにかに見えてくる。

 イスフィの先見の力は本物だ。本能がそう告げていた。

「わかった。これは持っていく」

 彼女を背負って、手に馴染んだ弓を持つ。

 強く大地を踏みしめて。

 二人は崩れゆく故郷を後にした。


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