9章 Fountain
木々に覆われた森は時間すらも隠してしまう。坑道の終点から地上に出て、少しは時間間隔も戻るかと思ったが、太陽の光の届かないここは依然暗いままである。
「あとどのくらい?」
「うーん……俺も普段こっちの道は通らないからなあ……一時間は掛からないはずなんだが」
ほとんど獣道に等しいここは歩くだけでも一苦労だ。ましてや弓を背負っているアナンはなおさらである。
「きゃっ」
木の根に足を取られかけたのか、イスフィが大きくよろめく。慌てて振り向いたアナンの身体に、彼女はなんとか収まった。手に当たる柔らかな温もりとやけに大きく聞こえる鼓動。
「……ごめん」
恥ずかしがったり怒ったりするかと思ったが、意外にもそっぽを向いた彼女の返事は大人しい。ただ耳が熱を帯びて赤らんでいること以外は。
「いや。……手を繋いでおくか」
「そうね」
昔はこんな風にわざわざ確認を取らずとも自然に手を握っていた気がするのに、それがなんだか照れくさいようで寂しい。同じくらいの大きさだった二人の手はいつの間にか、ごつごつとした大きな手と白く柔らかな小さい手に分かれていた。
ふと前を見ればキケも右手にユリアの手を、左手にラーシュの手を取って歩いている。幼い頃子供達だけで木の実を取りに行った時のようだ。
「……あ」
不意にラーシュが足を止めた。
「どうした?」
彼は何も答えない。見つめる先には怖いほど澄んだ泉があった。
「……少しだけあそこへ寄ってもいい?」
「え? ああ……」
キケの返事を聞いたのかどうなのか、彼はブーツでは歩きにくそうな足場をものともせず駆け出してしまった。慌てて四人も後を追う。
「……あんな水場、あったかな」
キケの呟きは大地に吸い込まれるように消えていく。
――そして、彼の不安は的中した。
(……なんだ、これ……)
重い一歩を踏み出した途端。
頭を割るような倦怠感、空気の重さ、視界を揺らす色という色。
全てが一斉に襲い掛かる。
身体の中から大切な何かが抜き取られていくような。
心臓を目の前に掲げられているような。
姿のない人造の悪魔に襲われたような。
経験したことのない不快感が彼らを飲み込んで。
気付けば、そこにあったはずの泉は跡形もなく消えてしまった。
『D126タイプ適合率89%、K337タイプ適合率99%、M498タイプ適合率94%、対象感知』
人工的な甲高い音が耳をすり潰すように鳴り響く。
突然前方にいたはずのラーシュの姿が視界から消えた。……いや、突然膝をついたからそう感じられたのだ。隣のユリアが酷くせき込みだした。イスフィの体が傾いてアナンに寄りかかる。
「な……なによ、これ……」
「……罠だ。恐らく……魔法を封じるような……」
倒れこんだままのラーシュは絞り出したようなか細い声を上げる。
頭をかき回されるような感覚の中、微かな足音が耳に飛び込んできた。
五人の視界に飛び込んできたのは、少年と少女だった。
お読みいただきありがとうございました!
ブックマーク、感想等はお気軽に!
誤字脱字がありましたら報告していただけると幸いです。




