理解しがたい暴論で
「シャンドラ、お前と結婚なんて絶対にごめんだぞ」
「なんで」
じっとりとした目を剥けてくるシャンドラ。おれはそんな視線を受け止めつつこう返した。
「だってお前、おれとお前の身分差考えろよ。おれは何処にでもいる農民上がりの小説家。お前は世間一般の中で最もきらきらしい栄光を持つ、勇者様だろうが」
なんで勇者様が農民だった小説家と結婚するんだよ。
それに勇者になった後の恋つってお貴族様の中でも、特別な地位で、禄地を手に入れた、相当な特別扱い野郎である。
禄地ってのは、一代限りで与えられた特別な領土の事で、英雄であり勇者であるシャンドラには、それが王様から与えられたのだ。
一代限りって言ってても、実際にどこかのお貴族様のお嬢さまと結婚したら、間違いなく、世襲制になると踏んでいる土地だ。
お貴族様のお嬢様が子供を産んだ場合、その子供に与えられるのが当たり前だろう、という認識になるはずなので。
「身分なんてどうだっていいだろ! 俺は実際に、お前のせいでどんなお嬢様とも結婚できねえんだから」
「いやいやいや、お前の勘違いだろ? まさかすべてのお嬢様に断られたわけじゃないだろ? やけっぱちになって、おれになんか求婚してどうするよ」
「……ヴァミーは責任を取りたくないからそんな事を言うんだ」
「そんな事ってなあ、大事な事だろうが」
おれがあきれ果てた声で返すと、シャンドラは真顔で続ける。
「俺はもう疲れた。二十三回縁談を行って、二十三回、全部破談になったんだぞ、お前は俺に慰謝料とかを支払わなくちゃいけない立場だぞ」
「だからそのでたらめな勘違いどうにかしろよ」
「因果関係絶対にあるだろ。あんな、あんな濃厚な恋愛小説の教本として認識されてるんだからな、お前の新聞連載」
「うるせえな、ないったらない! ぜーったいにない!」
おれが怒鳴ると、また壁がどんどんと叩かれる。そろそろ相手が乗り込んできてもおかしくない、おれは自重しなければならない……
大きく息を吸い込み、これ以上の無駄な言い争いを終わらせるために、おれはシャンドラを説得しようとして、シャンドラがだしぬけに立ち上がったから、何だ、と動きを止めた。
そんな事をしていると、シャンドラは、おれに近寄り、どんっと、おれの事を寝台に押し倒した。
「しゃんどら?」
何するんだ、と思ったのは否めない。幼馴染かつ悪友であるおれが、何故寝台に押し倒されなければならない、と思ったせいだ。
人間って、理解できない事が行われたら、行動が止まっちまうものなんだな、とそこで学習した。
魔王討伐の長旅の間、色々な修羅場を経験してきたけれども、まだ修羅場みたいなものがあったわけだ……
おれを抑え込み、おれの上にのしかかるシャンドラは、なんというか、おっかない顔をしていた。
おれの見てきたシャンドラの顔と大違いで、一目見て、こいつやべえな、と思う物である。
どうするかな、とおれは、シャンドラの顔がぐいと近付いてきた時点で考え、そして。
「せいっ!!」
とそこまで大きくもない掛声をあげて、相手の股間に膝の一撃を叩き込んだ。
突如の事に対応できないシャンドラ。野郎の股間は鍛えられないから、これはなかなか決まった一撃になったはずである。
シャンドラが痛みに悶絶して、おれの上にかぶさって来る。重たいが、抜け出せないわけじゃない。
そんなわけで、おれはえっちらおっちら、とシャンドラの下から抜け出して、びしっという事にした。
「だいたいおれは、おれより弱い男と結婚するつもりなんてねえんだよ! おれに結婚しろっていうんだったら、お前、おれに一回でも勝利してからいえ!」
鼻息荒くそう言って、おれは
「もう眠れねえ! どっかそこら辺の明け方まで営業している屋台にいってくらぁ!」
と言って、シャンドラを残し、財布を片手に、暗い街中へ繰り出す事にした。
それから三日間ほど、シャンドラがおれの家に来る事はなかった。よし、奴も諦めたに違いない。誰が、だーれが、いきなり股間を攻撃してくる暴れ馬と、結婚なんかしたがるものか!
よしよし、とおれは校正のかかった原稿の確認をし、記述の間違い、表記ぶれ、その他もろもろを解決し、もう一度読み返し、新聞社へ送ったわけだった。
それまでおれは、家の中に閉じこもった生活をしていたわけだが、新聞社へ原稿を届けに行く際に、町中が妙に活気づいているから、何か楽団と歌劇団とかが来るのだろうか、と思った。
平和な世の中になってから、そう言った集団が昔以上にあちこちを行き交うようになっていて、楽しい物が増えたのだ。
また来るのだろうか、と思ったおれは、情報通なのは間違いない新聞記者の知り合いに声をかけた。
「よう、何かまた楽団とかが来るのか?」
「いいや、違うんだ。勇者シャンドラが、結婚したいと言っている相手に、自分に勝利したらと言われたから、闘技場を開けてほしいと国王に嘆願して、今度の祝日に、その一大試合を行うから、皆盛り上がっているんだ。シャンドラにそんな事を言える猛者ってどんな奴だろうってな」
「へ、へえ……」
身に覚えがありすぎる。シャンドラおまえ、本気にしやがったな!?
おれは即座に、この町からの脱出を図ろうと考えたが、まだ新聞連載は完結していないし、読者はたくさんいて、励ましのお便りはたくさんくる。そしておれはそれがとてもうれしくて励みになるから、読者を裏切りたくない。
……まあおれが誤魔化せば、どうにかなるんじゃね?
とおれは頭の中で計算し、あいまいに笑って誤魔化した。