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それは無茶ぶり甚だしい

「喧嘩ならよそでおやり! こんな時間にこんな集合住宅で大騒ぎしてるんじゃないよ!」


という大家の婆ちゃんの言葉により、おれたちは場所を変えて話し合う事になった。

おれに話す事は何もないはずなんだが、シャンドラの野郎が、


「絶対に説明してもらうからな!!」


と言ってがっちりと腕を掴んでくるため、しぶしぶ相手の後ろを歩いている状況だ。

不夜城とか言われている都だが、実際にはある程度の時間になったら静かになるもので、この時間帯も静かなものだ。

時折酔っ払いの寝言が聞こえるくらいで。

おれたちはそんな都の中にある、有名な噴水の所に腰かけた。


「……で? なんで因果関係があるとかぬかすんだよ。ただの実録っぽい感じに仕上げてあるフィクションだぜ?」


おれの指摘に、シャンドラが難しい顔のまま言う。


「でも、お前のそれが世間様に広まってから、俺の縁談はことごとくぶち壊されてんだよ……一体何がどうしてそうなるんだ……」


「お前、おれの一大作品の事、一ページも読んだ事ねえとかいうか?」


「読んだ事ないぜ、だって俺の冒険は俺がはっきり覚えているわけだし、続きが分かってるものをどうして読むんだ?」


「お前な、読まないのになんでおれに責任転嫁しようとするんだよ、そこで確認しろよ」


「じゃあ、今までの流れを、読めるものはあるのか?」


「ある。おれんちに積みあがってらあ」


「じゃあすぐ戻るぞ、俺は結婚したいんだ」


ぐっとこぶしを握っているシャンドラが、結婚にこだわる理由はよく分かる。


「お前の妹、まだ、“にーちゃんが結婚するまで結婚しない!”ってやってんのか。あいつ婚約者といい感じだっただろ、お前が勇者終わらせて帰ってきた時点で」


ああ、とシャンドラが頷く。シャンドラには、目に入れても痛くないほど、可愛い妹がいるのだ。

そして明るい笑顔と前向きな考え方と、それから惜しみない優しさを持った実にいい女の子であるわけで、交際を申し込む奴は後を絶たず、そしてそういう奴らからやっと、婚約者が選別されて、勇者が帰ってきたら結婚する、という事で話がまとまっていたはずである。

だがこいつの妹の結婚は間違いなくめでたい物なのに、いまだ都にうわさも流れないという事は、結婚していないというわけだ。

そりゃあ、妹が大事なシャンドラが、さっさと結婚して、妹に新婚生活をしてもらいたいと思うのは理解できる物がある。

そのために、自分の結婚が必要なら、こいつは間違いなく、結婚相手を本腰入れて探すし、どんな相手にだって誠実に物事を進めるはずだ。

だが連戦連敗状況では、こうも荒れ狂うかもしれない。

だがどうして、それとおれの書いているフィクションが、理由にされるのだか。

わけがわからん、とおれが、ぼやきつつも、自宅にシャンドラ連れて戻り、山積みになった原稿の中から、書籍化のためにまとめ上げた紙の束を渡すと、シャンドラはその辺にどっかりと座り込み、そのまま紙をめくり始めた。

こうなったら放っておけば大丈夫だろう。

おれも仕事を続けるか。

そんな風に思って、れが、タイプライターに向って五分。


「おい……これはひどいだろ……」


と地の底を這うかのような声で、シャンドラが言い出したのだ。

いったい今度は何だってんだ。


「なんでこんなに、勇者と相棒の友情が、脚色されているんだ」


「脚色もなにも……あ」


おれはそこで、勇者に渡したものが、おれの作った本ではなく、ファンから送られてきた物だという事に気が付いた。

おれもじっくり読んだわけじゃねえから、うまくは言えないが、それは勇者と相棒の関係をもっと濃厚にしたような感じの創作で、なんかこってこてに甘くて濃度が高い作品だったのだ。

意外と文才がある相手だったので、それなりに楽しく読んで居たおれだが、シャンドラからすれば、それはとんでもない間違いだったに違いない。


「こんな、こんな、こんな……友情を越えているような恋愛、勇者の使命を果たしている時、誰ともしてねえ!」


シャンドラの叫び声を聞き、壁の向こうから、うるせえだまれ、という野太い声がした。

ごめんなさい、とそっちに声をかけて、おれはシャンドラの方を見る。


「お前からしたら、これ友情以上に見えるのか? おれには友情の範囲がわからん」


「どー考えてもこれ恋愛だからな!? なんで勇者が裸で、相棒の事壁に押さえつけて、鼻先が触れ合う暗い顔を寄せてるんだよ」」


「がきの頃散々やってたじゃねえか、取っ組み合いで」


「お前が大きくなってからは、してないだろ!」


「めんどうくせえなあ……」


俺がぼやくと、ぎっとシャンドラはおれを睨み付けて、こう言った。


「とにかく、こういうものを考え付かせるくらいに、お前の話が、そっち系に見えるって事は伝わった」


「あ……? そっち系ってよく分からんが……ファンってこう言う物好きなんだろ、おれいっぱい送られてくるぜ」


そうなのだ。ファンは自分が考えた最高に素敵な勇者の一幕を、何故か作者に読んで欲しいと願い、こうして分厚い封筒で送って来るのだ。

おれとしては、割と面白い娯楽に見えるから、笑いながら読んで居る物だが、シャンドラはそう取らなかったみたいだ。

婚活に撃沈しているからだろうか。


「という事は、絶対にお前のせいじゃないか」


「おれのせいって言うなよ、文句を言うなら想像を膨らませすぎるファンに言ってくれ。大体創作のでっち上げと、現実混同してどうするよ」


「実際に俺は混同されて、縁談がことごとくぶち壊しだが、それに関して何かいう事はあるか?」


「運が悪いなお前……」


おれの心の底からの慰めに、シャンドラが突っ込んだ。


「そんな慰めいらねえよ!」


そしてこの時、シャンドラはとんでもない事を言いだし始めたのだ。


「ヴァミー! ヴァーミリオン!! 俺はお前に責任を取らせる権利がある!」


「ん、お、おう……何だよその理論は……」


勢いが良すぎて、何とも言えなくなったおれに、シャンドラはこう言った。


「責任取って、どんなご令嬢とも結婚できなくなったおれと、結婚しろ!!」


「はあ!?」


おれの渾身の叫びは、近所の住人に、また


「うるせえぞお前ら! ちったあだまれ!」


と言われてしまう物だった……


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