†王宮魔導士長は期待していない†
高さ3メートルはある大きなアーチ型の窓は部屋に5つ規則正しく並んでいる、そこから太陽の光が斜めに入り込んでいた、ベルベッドの赤い絨毯には複雑怪奇な魔法陣が描かれていて、この魔法陣はこの部屋にいる者達の集中力や体力や精神力を向上させる能力がある。それを作ったのは死んでしまったローレリア嬢だ。その魔法陣を視線に入れる度に王宮魔導士達は彼女の美しくもどこか儚げな笑みを思い浮かべ胸に痛みを抱き奥歯を噛む
王宮魔導士達は部屋に並べられた各自与えられた机に腰かけて彼等は研究に勤しみだした。この国の発展と より良い未来を手に入れる為に彼等はローレリアの意思を引き継がなければならない、彼女はそれをずっと望んでいたのだから
そんな心が沈んでいる王宮魔導士の集う部屋に一人のピンクゴールドの髪を持つ少女が現れた。真っ暗な場所でピンク色の可憐な花が一凛、そういった表現が似合う程に美しい少女だ。だが誰一人として彼女の登場を喜ぶ者はいない、むしろ蔑むような眼を向けていた。そんな中で一際貫禄のある年配の男が腰を上げて部屋に現れた少女に近づく。少女は自分に近づく男性に固い表情をしていた
「君がダリア・グレーン嬢か、私はイルフレートの父で王宮魔導士長をしているフレイム、フレイム・ディーバだ、息子が実に世話になっている」
威圧感のある低い声で名前を呼ばれて少女も丁寧な挨拶をしてくる、その様子に脅えが見えていた
「そう怯えずともいい、ここでは君の技量を図るだけなのだから」
顔を上げてピンクサファイアの瞳を大きくするダリア、彼女の髪が僅かに揺れる。フレイムはダリアを見てローレリア程ではないが確かな美しさを感じ、そしてローレリアとの違いを理解した。
ローレリアは完璧だった、全てにおいて、美しさも淑女の矜持も頭脳も才能も魔力も度胸も、それ故に隣に並べば自分が劣っている事を常に意識してしまうだろう。それに比べてダリアは完璧ではない。確かに容姿は愛らしいがどこか幼さを感じる頭脳もクラスメイト達の中では上位に入る方らしいが上位に入る程度、婚約者がいる相手と必要以上に接している時点で醜聞を気にしない分、淑女の矜持は無いのだろう。溜息が出そうになる。
この娘にイルフレートは自分が優位に立てる事に喜びを感じたのだ、それはとても居心地がよかったであろう。だが婚約者が居る身でありながら他の女に現を抜かして居た間にどんどんローレリア嬢と引き離されていった。
フレイムはダリアを見る、ダリアはビクリと肩を揺らした。オドオドとした姿はどこか小動物を連想させる、だがそれがどうしたというのだろう。この娘が切っ掛けで息子の道が茨の道になりそしてローレリア嬢が死んだのだから
「ダリア嬢、此処にある書類を君がどのくらいの速度で処理できるのかを見てみたい」
少し骨ばった指でフレイムは床から1メートル程積み上げられた書類を指さした。ダリアは「え」と声を零して顔を真っ青にさせる
「ローレリアは以前このくらいの書類ならば割と簡単にまとめられた。まぁ彼女は特別だったからそれは当たり前だが、さて君はどうだろうか? ああ、安心したまえ君には少しも期待していない。だがローレリア嬢が死んでしまった穴は埋めてもらわなければならない。君だけでどれだけ出来るかを、ローレリア嬢との技量を今回は図る、それが今回の仕事だ」
ローレリアの名前を出してダリアは悲しそうに瞳を歪めて今にも泣きそうになり眉尻を下げた。簡単に表情が表に出る令嬢にフレイムは仮面のような顔を向ける
「悲しむ暇などない、彼女が居なくなってしまったおかげでこちらは人手不足なのだ、君は優秀だったのだろう、だったらある程度までは出来るはず、君の席はそこだ」
粗末な椅子を指差されて少女は不安な顔をした、他の王宮魔導士達は特に何かを言う訳でもなくチラリとダリアを見てはすぐに自分の仕事に取り掛かる。誰もダリアに声をかけない
ダリアは誰も助けてくれないこの場所で暫く俯きそしておずおずと椅子に腰かけて積み上げられた書類を手にした
「君の力量を見せてもらう、結果次第では君達の罪は軽くなる可能性はあるさ」