†漫画肉†
「肉うま~」
ノアはビックボアという普通の猪の10倍はあるだろう魔物をぶん殴っては一発KOし、血抜きをして浄化洗浄、それから自分の顔の三倍程ある骨付き肉にすると魔法で柔らかく焼き上げて自作の調味料をまぶしては頬張っていた。
「憧れの漫画肉! これが食べたかったのよ! おいしい! 一つ丸ごと食べれないけど、このサイズでどうしても一度齧り付きたかったのよ!」
パチパチと弾ける薪を前に幸せそうな顔をしているノア、その正面には薪をまたいでアーサーが同じ骨付き肉を手にして初めて見る肉の塊に固まっている。
今彼等は山の中にいる。結界を張り虫にも襲われないようにしてばっちりの体制を整えてからの食事だ、因みに余ったビックボアの肉は空間魔法の中に時間を止めて入れている。
「どうしてノアはそんなに齧り付く事が出来るんですか、口回りが汚れてますよ」
「そういった食べ物だから仕方ない! 汚れたら洗えば良いだけだし、食べた方がいいわよ。洗浄魔法なら私がするから」
「いや、そうじゃなくて」
アーサーは苦い顔をしては肉とノアを交互に見てハァと溜息をついた。彼は負けたように肉に齧り付く、出来るだけ汚れないように、汚れたとしてもハンカチですぐに拭うようにする
「お上品な食べ方ね、でもアーサーにはそれが良いかもしれないわ、世の中の女の子が幻滅するかもしれないしね」
クスクスと笑いベタベタしている口元を手の甲で拭うノア、アーサーは過去の彼女を思い出してはガクリと肩の力を落とした
「貴女のテーブルマナーは素晴らしいと講師の先生もおっしゃっていたのに、今の貴女の姿を見たら卒倒するでしょうね」
「あら、見る目がないわ。私は昔からこうなのよ、テーブルマナーをキチンとしていたのは先生が喜ぶから。本当は両手で肉を掴んで齧り付きたいのよ、だってこっちの方が断然おいしいじゃない!」
アーサーは確かに美味しく感じるような……とそんな事を思う
「お嬢様、じゃなかったノアはこれからどうするつもりなんですか?」
「自由気ままに旅をするわ」
「ずっとですか? それは危険が多いです」
不安気な顔をしてアーサーが静かに口にする、するとノアはキョトンとした顔を見せた
「私より危険だと思うの?」
「っ!!!」
ノアの言葉にアーサーはそれに今 気が付いたと言わんばかりの衝撃を受けたような顔をしてみせる
「否定して欲しかった訳じゃないけれど、その顔は憎たらしわ」
肉を一口かじるノア。彼女の目は若干呆れたような顔をしている
「すみません、嘘がつけないタイプでして」
「全否定するけどいいかしら」
「怒ってます?」
「楽しんではいるわ」
まだ大量に残っている骨付き肉を軽く回してはクスっと笑うノア、彼女は残した肉を結界の外へと向けて放り投げる。暫くするとどこからか大きな牙を持ったブラックライガーという真っ黒い虎のような物が現れた、普通の虎よりも3倍はある
ブラックライガーはノアの投げた肉を口に含むとそれをもってその場から消えた
「まだ子供のようね、あれから10倍になるって本に書いてあったわ」
その本はアーサーも読んだので知っている情報だ。その事に心無し安堵する。
「で、話は戻しますがどうして旅をしようと思ったんですか? どこかに滞在しても良いかと」
話を戻してアーサーが問う、ノアはアーサーを見てからそして苦笑いを見せた
「そうね、でも一つに留まると母国の誰かに見つかりそうで」
「え」
「別に母国が嫌いじゃないのよ、でも私は死んだ事になっているし、それに動き回ってしまえば簡単に私達を捕まえられないわ」
「それはそうですが、でもそれなら少し離れた国に滞在しても」
「色んな国に行ってみたい。貴族じゃできなかった事よ」
僅かに憂いを帯びた表情を見せたノアにアーサーは瞬きをする。ノアはアーサーに笑みを向けると言葉を続けた
「嫌だったらいつでも言っていいからね。アーサーが私の我儘に付き合う事なんてないから、なんなら違う国の女の子と恋に落ちて結婚しても良いんだから、私はアーサーの幸せも願って旅をしているのよ」
「俺のですか? それは少し難しいかと」
微妙な顔をするアーサーにノアは不服そうな顔をして唇を尖らせた
「アーサーはガチマヂイケメンの超絶美形なんだから自信持ちなさいよ! その容姿体形は天から授かった贈り物よ! 芸術品よ! 貴方本当は天使なんだから」
心の底から本気でそう思っているらしいノアの様子、そんな彼女にアーサーは心に僅かな期待を抱いてしまう。彼は少しだけ緊張した声をしてこう言った
「……そこまで想って下さるなら俺のお嫁さんになって下さいノア」
「え?」
暫しの沈黙が続く、アーサーは言ってしまったと頬を軽く赤くさせていた。そんな様子のアーサーに気が付いてか気が付かないのか驚いた顔をして相手を見ているノア。そして彼女が返した
「貴女、私なんかで妥協しちゃダメじゃない、世の中には沢山の素敵な女性がいるんだから、でも焦る気持ちは分かるわ。こんなよく分からない旅をしているから落ち着きたいわよね」
あっけらかんとしてそう伝えるノア、彼女の中に自分に対する恋愛感情の欠片もないのを感じ取りとんでもなくガッカリする
分かっていた事だが辛すぎる。アーサーは「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~……」と深い溜息をして肩の力を落とすと手元の肉を虚しく齧る、口腔に広がる美味しさが余計に心に染みた
「そんな深い溜息なんてついて……大丈夫よ! アーサーのお嫁さんは責任もって私が必ず見つけるからね」
「いや、なんもしないで下さい」
アーサーの目は若干死んでいた。
そんな二人の様子を見ていた夜空の月が何処となくアーサーを慰めているかのように柔らかい光を送っていた。