†ノア†
誤字報告有難うございます、まったく気が付きませんでした!
有難うございます!
穏やかな波、夜の空に浮かぶ3つの月は航海している船を一つの絵画のように美しく照らしていた
「いやーーーーーー! 私って名演技!!!」
満面な笑みを浮かべるのは死んだはずのローレリア。彼女はドレスを脱ぎ捨て長い髪を一つにまとめ男性の旅服を身にまとい客船の一室のベッドの上で両手足を伸ばしていた、そしてそれを見ているのは先程同じく名演技をした旅人姿のアーサー、彼はベッドの近くにある簡易的な椅子に腰かけて疲れたように項垂れて居る、アーサーは狭くて小汚い客船の中で舞う埃に怪訝そうな顔をしローレリアに視線を向けた
「お嬢様、このような安い部屋じゃなくてももっと良い部屋を取れば」
「あら別に良いじゃない、埃が気になるなら綺麗にすれば良いだけだし」
ローレリアは指をパチンと鳴らす、すると彼女の体が淡く光そしてその光は部屋全体を包み込んだ。月光に反射しチリチリと舞っていた埃は消えてベッドのシーツはシミ一つ付いていない
「洗浄魔法って本当に凄い」
「その魔法を開発したのはお嬢様なんですけどね」
ますます呆れた声を出すアーサー、ローレリアは微苦笑しながら答える
「ねぇ、もう私お嬢様じゃないわ。ただの名もない娘よ」
その言葉にアーサーは複雑な顔をし膝の上に置いていた拳を強く握った
「本当にこれで良かったのでしょうか? 死んだふりをしなくても貴女ならもっと条件の良い殿方候補が現れると思うのですが」
「婚約破棄されて笑い者にされ、後ろ指をさされるのに私にいい条件の男性なんて現れないわ。きっと良くて娼婦、最悪は牢獄に入れられて拷問された後で首を切られるのよ」
「そのような事は」
舞踏会ではどう見てもローレリアに同情の目を向けている方が多いように感じたとアーサーは思う。
「それにね もうお父様にもお母様にもご迷惑をかけたわ、婚約破棄された娘なんて手に負えないでしょう。だったらあの場で死んで[[rb:数>けじめ]]を付けた方が良かったのよ。まぁそれ以前に二人とも私の顔なんて覚えていないだろうし、誕生日だって今まで一度も何もなかったわ、もしかしたら娘なんていたか? って思われてるかも」
悲しい事を笑いながら言うローレリア彼女は両親に期待していない、王太子の婚約者だというのに確かに今までプレゼントの一つもなかった。
それに比べて弟のロダンにはなんでも買い与えていたのをアーサー自身目にしている
「それよりも貴方こそ良かったの? 私と心中設定だなんて付き合わなくても良かったのよ?」
その言葉を聞いてアーサーは更に深い溜息をつく
「設定ではお嬢様に仕えてきた俺がお嬢様の元へ行く為馬車に火をつけてお嬢様を抱えて死ぬんでしたね」
「そうそう」
「一応馬車の中にはお嬢様が以前注文していたそれっぽい人間に似た骨を残して置きましたけど、骨が砕けていましたよ?」
「それで大丈夫よ、あの馬車は特別に屋根を重くしていたの、火で燃えて屋根が落ちて骨が粉々になるという設定なんだから」
「エグイ設定ですね」
げんなりとした顔をするアーサーにローレリアは「それ程でも」と嬉しそうに答える、勿論アーサーは褒めたつもりはない
「話は戻しますが お嬢様と心中する流れの事です、俺は貴女の従者です。貴女を助けられなければ結局俺は今後仕事も出来ない愚か者になります」
「だから他の所に紹介状を出すって言ったじゃない」
「それだとあの場でお嬢様を回収する事が出来なかったじゃないですか」
「どっかの役者でも捕まえてお金を掴ませれば今回の件なんとか行ったかもしれないのに」
「ダメです。他の誰かを雇うだなんて許せません」
頑なにそう言葉にするアーサーにローレリアは困ったように眉を八の字にした
「本当に仕事熱心ね。でも私は前の水準で貴方を雇うなんて事出来ないのよ?」
「それは結構です、私は貴女についていくと決めたのですから」
「金髪緑眼の長身細マッチョイケメンなのに貧乏な上に瘤付きになるわよ」
「若干何を言っているのか分かりかねる所はありますがご心配なく」
「欲が無いのね」
「貴女こそ」
そこで二人の会話は止まった、そして暫くしてクスクスと笑いだす
「この会話もう何回目かしら」
「50回くらいはしているかと」
丸い窓から月の光が部屋を照らしている、彼女は軽く人差し指を回した、すると部屋が電球でも付けたかのようにパっと明るくなる
アーサーはその様子を見て目尻に柔らかさを出した
「何回見ても、この魔法は凄いですね」
「ただの光の魔法よ、それにいつも見ているじゃない、それよりもご飯にしましょう」
彼女は更に空間魔法を使いそこから出来立てホヤホヤの料理を取り出した。
「時間停止空間魔法最強」と彼女は自信満々に呟く
「誰も開発していない魔法、王宮魔導士の方に言えば最上級にもてなしされたかと」
「面倒、書類を出せって言われたら全力で断りたくなるわ」
そう言ってテーブルに料理を置いていくローレリアにアーサーは「欲がないというよりは面倒臭がりか」と呟いた。
出された料理は王宮の物と同じ、いつ空間魔法に入れたのだろうとそんな事を思いながら料理を手にする。
王宮の料理は美味しい方ではあるがローレリアが作る料理に勝る物はない
「お嬢様の作る料理がおいしいです」
「あら有難う。でもあんなの誰だって作れるわよ」
「お嬢様は本当に分かってらっしゃらないんですよ」
溜息交じりにそう言うとローレリアは「ところで」と口にした
「ねえ、お嬢様は本当にやめましょう?」
アースアイの瞳がアーサーを覗き込む、その瞳と美しい顔の接近は長年仕えてきた者としても心臓が早鐘を打つものがある。アーサーは口元で拳を作りコホンと態とらしい咳をしてからローレリアから少しだけ距離を置く
「で、ではどのように呼べば?」
「そうね、どうしようかしら」
ローレリアはシルバーゴールドの髪を指に絡めては遊びつつ思考を巡らせて「あ、そうだ!」と声を上げた
「“ノア”なんてどう?」
彼女はどこか嬉しそうな顔をしてそう言った。
「悪くないと思いますけど、どうしてその名前なんですか?」
「ずっと昔に読んだ本の内容に“世界中の生き物達を乗せたノアの箱舟”というのがあるの、今船に乗っているからなんとなく思い出したの」
「……」
そんな話は知らない。アーサーもそれなりに勉強をしているが彼女の知識量は自分の比ではないのを出会った時から知っている
「ノアですね。分かりました。今後貴女の事はノアという事で、でも本当にその知識はいったいどこから溢れて来るんでしょうか、俺はノアの箱舟なんて言葉も世界中の生き物達を乗せたという船も知りません」
「気にしない方がいいと思うわ」
「そうですか」
彼女達はそれから何気ない会話をして料理を楽しんだ。
緩やかに揺れる船の中、貴族社会から逃げ出す為に全てを放り出したノアとアーサーは自由に旅をし始めた