†消えた二人†
未来を知れば未来は変えられる。そう彼女は信じていた。
「ローレリア! 私はお前に婚約破棄を命ずる!」
キラキラと輝くシャンデリアが照らすのは絢爛豪華な舞踏会会場、優雅なクラシック音楽や舌を唸らせる料理で楽しい一時を過ごしていた時間はこの国の王太子ディルイアの鶴の一声により静まり返った。
何事だと誰も口にせず ディルイアとそしてディルイヤが引き寄せている少女ダリア、最後に婚約破棄を命じられた美しい少女ローレリアに視線を向ける。
ローレリアは扇を開き口元を隠しながら王太子に視線を向けた。王太子は視線が合うなり声を荒げる
「自分がどうしてこのような事になっているのか理解出来ないでいるようだな、お前の悪事は分かっているのだぞ! 嫉妬に狂いダリアの命を狙っていたのだろう!」
ピンクゴールドの髪やピンクの瞳が愛らしい男爵令嬢ダリアは戸惑いながらローレリアを伺うように視線を向けている
「お前達、ローレリアを捕まえろ!」
ディルイアはそう言って自分の取り巻き兼友人達に命令する。ローレリアはまだ口元を扇で隠したまま何も言わない。微動だにしない。そして表情も全く変えていない。
「ローレリア、抵抗しても無駄だ」
「姉上、ダリアに酷い事をした事は許せない」
「そのような事だから婚約者に捨てられるのだ」
「お前みたいな根性の汚い女は今まで見た事がない」
騎士団長の息子のヒュッシュ
自分の弟であり公爵家の息子ロダン
宰相の息子のアルフィメ
王宮魔導士長の息子のイルフレート
揃い揃ってのこのセリフ。
娯楽の少ないこの時代ではこのような出来事は大変面白い見世物となっている。興味津々に視線を向ける者、面白そうに視線を向ける者、一人の女性に対して数人の男性で囲む等最低だと蔑む者、ローレリアに対して嫌悪感を抱く者、ダリアに対して軽蔑を思う者、その他にも色んな感情が入り混じる。人の感情が色として見る事が出来るならば混じりあい真っ黒な色になっていただろう
そんな中でやはり今だ顔色を変えずに凜とした花のように佇む女性ローレリア、彼女はいったい何を思っているのかと皆の視線がローレリアに向かう、するとその視線に促されるように彼女は動いた
「ダリア嬢、一つお伺いしても宜しいでしょうか」
広げられていた扇が優雅に閉じられ彼女は美しい声でそう言った。こんな時でも震えず薔薇のように美しい声と堂々とした姿を見せるローレリアに会場の者達は息を飲み込む
「いいだろう発言を許してやる醜い魔女が。ダリア安心しろ何がなんでも守ってやる」
不安がるダリアに微笑む殿下、殿下の言葉にどこをどう見たらそういう風な言葉が出てくるのかと大半の者達が怪訝な顔をする。
どんなに安く見積もってもローレリアは美しいとしか言えない。シミ一つないどこか光沢のある白い肌にシルバーゴールドの輝く美しい髪、艶やかな赤い唇にアースアイの瞳は光加減によっては四季のように色を美しく変える。初めて目にした者達は最初美の女神が降臨したような女性だと印象を持った、少なくとも外見だけならばディルイアの隣に居るダリアよりは確実に美しい、月と鼈である
そんな風に思われている等とローレリアは知っているのか知らないのか美しい声でただ問う
「有難う存じます。ではダリア嬢、ダリア嬢は沢山の方と仲良くされています、貴方はどなたの事を一番愛していらっしゃるのですか?」
その言葉に殿下とローレリアを囲んでいた人物達は小さく息を飲んだ、そして期待したような視線をダリアに向ける。
ダリアはそんな言葉を向けられるとは思っておらず戸惑った顔をして瞳を震わせた
「そ、そのような事、私は誰かを一番等と決めた事はありません、ただ私は皆さんが大切なんです、優しくされたから優しくしたい。大切にされているから私も大切にしたい。……そんな気持ちに一番なんて決められません」
僅かに上ずった声だった、こちらの声も愛らしくはある。だが矢張りローレリアに比べれば弱々しさが勝った。
ダリアの言葉にディルイア達は感動を覚える、そして自分達は間違っていなかったとそう確信した
彼等は勝ち誇った瞳でローレリアを睨む、しかしローレリアは相変わらず美しい顔のままでいる。
ローレリアは扇を持ち替えてから優雅な笑みを彼等に見せた、その笑みに何を笑っているのだろうと全ての者達が怪訝な顔をする
「なんと慈愛の深い方なのでしょう。誰もを大切にする、誰もを平等に愛する事が出来るのは素晴らしい事です。8年間殿下だけを一途に想い続け愛していた私には出来ない事です。ですが想い続けても殿下は私には関心がまるでないのは分かっていました、きっと私の努力が足りないのだろうとそう思っていました、私は殿下とそして殿下の大切な国を支える為に努力しようとしました」
響く美しいローレリアの声が最後の方は悲しむように僅かに震えていた、その声色にそして彼女の言葉を聞いた者達が胸を締め付けられる
「しかしある日、殿下との思い出の場所でダリア嬢と殿下が柔らかな世界を作り幸せを語っていたのを見て絶望いたしました。私には決して見せない柔らかな笑み、私には決して向けない温かな声色、それを見て悲しみ嫉妬をする事は間違いだったのですね」
必死で繕う微笑み。どんなに悲しくとも、どんなに辛くとも決して表に感情を出す事を許されない貴族の矜持をローレリアはこの状況でも守っている。だが……彼女の溢れる悲しみはついにアースアイに移り涙に滲んでいた、彼女の潤む瞳は次第に光に反射し美しく揺れて一粒の宝石を作るかのように涙が零れ頬に流れる、美しい花が次第に散っていく姿に心を打たれて胸を抑える者、同じように悲しみに涙を見せる者もいる。先程まで睨んでいた王太子達も彼女の見せた事のない弱々しい姿に顔を苦し気に歪めた。ダリアはローレリアの言葉に口元を手で覆う
「私、私は……」
ダリアは何も言えずに戸惑っていた、ダリアを引き寄せている王太子の腕が僅かに強くなる、それを見てローレリアは全てを諦めるように瞳を細めた
「私はダリア嬢のように全ての人を大切に愛せません、殿下もおっしゃったように婚約破棄をこのような場で宣言されるくらいに醜い魔女なのでしょう」
ローレリアの言葉にダリアは「ち、違う」と声を震わせる、だがローレリアにその声は届かない、そして彼女は続ける
「ですがご安心下さいませ」
そう言ってローレリアは扇子の裏側に隠し持っていた小瓶の蓋を開けるとそれを高々と掲げた。
皆の視線がその手に持たれているそれに注目する
「これで魔女は消えます」
彼女の言葉に誰もが疑問を持ちそして嫌な予感がした。ローレリアは邪魔をされる前に小瓶を口に含み嚥下する。するとその瞬間――――
「うっ!」
手にしていた小瓶を手放すローレリア、パリンと割れる小瓶と共に彼女は喉元を抑えてその場に蹲る。会場全体がザワリと大きく波のように揺れた。
「あ、姉上っ!!!」
弟のロダンが姉の変化を見て一番に声を出した。
「何を、何を飲んだのですか……っ! これはっ」
シルバーゴールドの豊かな髪が白い大理石に流れて、そして差し色のように赤い液があった。ローレリアが咳き込めば更に新たな深い赤が床を汚す。明らかに毒を飲んだのだと理解出来た
「どうして、そんな自害をする等っ!」
真っ青になっている弟ロダン。ローレリアは焦点の合わない瞳をそのままにロダンに向けて儚げな声を出す
「命をかけ、なければ……、私の、声は、……っ、届かないと」
彼女の言葉にロダンは勿論彼女を断罪していた者達は息を飲んだ。
「ロ、ロダン……貴方に、伝えなきゃ、いけな……」
ロダンは姉の前で膝をつき己の行き場のない両手を右往左往させている。そんな弟にローレリアは語る
「私、は何も、出来なか……た」
「出来なかった? 何が、何がですっ!」
「ちゃんと止める、事が出来……な、私の、力、不足がっ……私の名を騙った、者……が、ダリア嬢に、危害を……公爵家の冤罪を、だから――――っ!」
再び床に顔を向け赤い液を零すローレリア、彼女の言葉に衝撃を受けるロダン達、ロダンは首を違う違うと否定するかのように左右に振りながら体を震わせる
「そ、そんな姉上っ」
「今すぐ医者を!」
「まさかこんな事になるなんて」
ザワザワと殿下と取り巻き達が慌てふためく。会場にいる者達は服毒をしたローレリアに大きく動揺した。
今この場にはこの国の王はいない。王妃もいない。そして宰相も騎士団長も王宮魔導士長もいない。この場を正しく指揮する大人達は悉く居ないのだ。
これは王太子が独断で開催した舞踏会、ただローレリアを断罪する為に用意したパーティーなのだ。だから王や王妃、そしてその他の重鎮をどうにか他国に行かせ、誰も居ない時を狙い断罪した。だがまさかこのような結果になるとは誰もが予想しなかっただろう、王太子は焦り瞳が大きく動揺に震えていた
「ローレリア様が」
ダリアは口元を抑えて顔色が悪くなり小さく小刻みに震えている、いつもならばディルイアは彼女を慰めるだろうが今はそんな余裕すらなかった。
どうすればいいのか、どう動かせばいいのか、医者を呼ぶようにはもう伝えた、他には何をすればいいのだ、何を、何を指示すれば……っっ! 混乱の中戸惑っていると一人の男性の声が会場に響いた。
「お嬢様から離れてください!」
声の主はローレリアの従者のアーサーだ。彼は仮面のような無表情の顔をしてローレリアに近づいていく。ただ歩いているだけなのにアーサーの気迫に凄味 周りの者達が道を開けるように移動する、そしてそれはディルイアの取り巻き達も同じだったアーサーと視線があうなりロダンも思わず後退る
アーサーは床に蹲っているローレリアの細い体を横抱きにして抱え上げた
「お嬢様、言われた通り迎えに来ました」
仮面のような無表情を止めてアーサーは切なげな顔をし微笑みを腕の中のローレリアに向けた
「っ……っ、ア……サ」
小さなか細い声、彼女はもう助からない。誰もがそう思う。アーサーは瞳を歪めて彼女を抱えたまま王太子を見た、王太子は彼の視線に息を呑む
「殿下、発言を宜しいでしょうか?」
「な、なんだ。い、言ってみろ」
上ずった声の殿下に彼は小さく唇を噛み締める
「最後の言葉を、ローレリアお嬢様の最後の言葉をどうか聞いてください」
そう言ってアーサーはローレリアを戸惑う殿下の元へと連れていく。殿下は苦しそうに小刻みに呼吸をしているローレリアに視線を送った。青白い顔、虚ろな瞳、先程まで色艶やかだった唇は血の色に染まっている
「で、…か…」
「ローレリア」
焦りと戸惑いと混乱そして罪悪感の視線がローレリアに向かう。彼女はその視線を受けて儚くも美しい笑みを魅せた
「あい……して……ぉ、り、……っ、し、あわせ……にっ――――っ」
その言葉を最後に彼女は瞳を閉じた、重力に従いローレリアの白い腕がだらりと床に向かって落ちる。
アーサーは瞳を深く閉じ気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると改めて王太子に視線を向ける、彼の表情は氷のように冷たかった。
「お嬢様はこの事を既にご存じでした、自分は咎められるだろうと……」
「何っ!?」
アーサーの言葉に新たな動揺が走るディルイヤ
「こうなる事が分かっていた、とは何故だっ」
「お嬢様は聡い方です、重鎮達不参加の違和感のあるパーティー、殿下を咎める者がいない空間、これだけで察したのでしょう」
「断罪をされると分かっていて何故ローレリアは出席したのだ」
「断罪ではありません冤罪です」アーサーは丁寧に訂正しローレリアに視線を向けて続ける「期待していたのですよ、貴方に……8年間の想いはちゃんと届いているのだと僅かな希望を胸に抱いていらっしゃいました」
語られる低い声にディルイヤは小さく呼吸を乱す、顳顬には冷や汗が流れて視線は揺れながらローレリアに向けられた。隣に居るダリアが「そんなっっ、私はっ」と小さく呟く
「何も死を選ばずともっ」と騎士団長の息子のヒュッシュが呟く。その呟きがアーサーに届き彼は溜息を吐いた
「信じて下さったのですか? お嬢様の声をあなたは」
「それは」
服毒をする前のローレリアの言葉を自分達は信じたとは思えない。ヒュッシュは唇を噛み視線を床へと落としてしまう
「婚約破棄をされた令嬢がどのような仕打ちを受けるのかは貴方がたもご存じでしょう。お嬢様はそれに耐えられないと毒を持参されていました。ですが本当にこのような結果になるとは……残念です」
悔しそうに震える声でアーサーはそう言っていた。アーサーはローレリアに視線を向ける、ローレリアは口元さえ赤く染まらなければ眠っているかのようだ。
「お嬢様、お嬢様の最後の望みは殿下との思い出の場所で眠る事ですね、そちらに向かいましょう」
アーサーの言葉にディルイヤが焦ったように声を荒げる
「ど、どこに連れていく! 医者がもうじき来るはずだ! 先程そう命じたのだ!」
ディルイヤの言葉、アーサーは悲し気な視線を向ける
「もう魂は天使に連れていかれました。お嬢様の飲まれた毒はそう言ったものですから、私は最後のお嬢様の願いを叶えるだけです、もうそうっとして上げて下さい。お嬢様は最後まで殿下とそしてこの国の事をずっと想っていらしたのですから」
アーサーの緑眼から一滴の涙が頬へと流れる。美しく切ない。その姿を見た者達は誰もが胸を張り裂ける思いを抱いた。アーサーはディルイヤに背を向ける
会場は誰もがアーサーの行動を無言で見ていた。彼の放つ冷たい威圧、その威圧に門の近くに居る兵が無意識に扉を開けてアーサー達を外へと促す。会場の外へと出ていき背中が消えるまで誰もが声を出さず視線を向けていた。
翌日、青い花びらが美しい花畑の中に焼けた馬車が見つかった、中には二人の骨らしきものがあった。
のんびりと更新していく予定です、少しでもご満足して頂ければ幸いです。