【第一章】第一部分
星に願いを。昔から人間界に存在する迷信のひとつである。星に願ったところで、何にも叶うはずもない。それは経験則で十分わかっていた。星への願いが叶わないなら、別のもの、それも実在するものに願うべきだという考えが出てきて、実際に願いを実現する種族が現れた。それが魔法少女であった。星への願いと魔法少女への願いは、ともすれば混同されていたのである。
ここにひとりの男子がいる。名前は薬師丸康人、高校1年生である。真面目で涼しげな眼鏡に、短く整えた黒髪が光っている。知力、体力、気力の三拍子揃った逸材であるが、密かに、とある願いを星にかけていた。
「誰にも言えないお願いは星にしかできない。だからこそ、願うんだ。オレは魔法のステッキを巧みに操る魔法少女に逢いたい。できればピンクのフリフリコスがいいなあ。しかし、星とは魔法少女のことだと言われるから、願い自体がループしているんだよなあ。それはそれ、願いは願いだもんな。誰にでも等しく与えられたものこそ、願いをすることだからな。」
魔法少女が身に付ける衣服はコスではなく、戦闘服のようなものであるが、ここでは置いておく。
願いの主はここにもいる。赤い警官帽に、赤いレザーの制服に、超ミニスカのナイスバディな女子、名前は薬師丸緋色、康人の実の姉である。赤黒いオーラに覆われた、かなり怪しい人物である。
「ああ、お星さま。このひいママを、弟康人の母親にしてほしい。康人、いやヤックンはひいのことをひい姉と呼ぶんだよ~。ひいはひい姉じゃく、ひいママと呼ばれたいのに。そんなことより、ひいママは、ヤックンを産みたいのだよ~。この超常現象のような願いは、お星さまにしか叶えることができないんだよ~。そのお星さまというのは魔法少女だというのが、ちょっと、いやかなりムカつくんだけど~。」
姉が弟を産むという不条理というか、不可能というか、生物学的にあり得ない現象を願う姉であった。願いは、手が届きそうなものと、到底届かないものに分類されるが、ほとんど叶わないものである。実現できないからこそ、人類がどの時代においても追求し続けている永遠のテーマとも言えるのである。
一方のお星さまの方からは、人間界を覗いている4つの眼まなこがある。
お星さまと言っても異次元の穴であり、魔法界に通じている禁断のものである。正確には、千里眼魔法で、一時的に異空間に抉じ開けた穴である。しかし、4つの灰色の瞳には光がない。魔法使いの棲む魔法界では、目の見える者はいなかった。
勿論昔の魔法少女は視力を持っていた。魔法によって、空を飛ぶなど自由に移動でき、物の位置を動かしたりできた。中でも魔法使い同士の通信手段は、テレパス魔法が進展し、人間のように携帯電話がなくてもコミュニケーションが取れ、遠くにあるものも瞬時に画像が脳内に送れた。周囲にある物体の情報などもテレパス魔法を張り巡らすことで、顔を傾けて見なくてもなんでもわかるようになっていった。
つまり魔法少女は、だんだんと視覚に依存する機会が減少していったのである。その結果、魔法少女は、目が退化してしまったのである。無論、それは不都合なことでもなんでもなく、脳内は視覚情報に溢れているのである。つまり、魔法少女は生まれた時から、裸眼では何も見えないのである。代わりに、視覚以外の四感は極めて鋭い感覚を持つに至っていた。
魔法少女は目が見えないものの、感覚は鋭敏であることから、魔法少女の衣装はなかなか派手なものであった。
魔法少女に視覚が失われていると言っても、どんなものにも例外がある。魔法少女に視覚を復活させる方法。それが千里眼魔法であった。