食堂努めに勤しんでたら国の第三王子が求婚に来た
『獅子のしっぽが逆立ってゆらゆらしてるのを見たら絶対に逃げるのよ。クレア、分かった?』
『うん。分かったよ、お母さん』
『それに薄紫の目にも気を付けて』
『うんうん。わかったぁ。ふぁ~…眠い……』
『あらあら、こんなに大事な話をしてるのに欠伸なんて。本当に分かったの?』
『うん。分かった………』
❅
❅
❅
「ふぁあ~。もう朝かぁ……。」
久しぶりに夢で思い出す。
女手ひとつで育ててくれたお母さんが、寝る前私にいつも言ってたっけ。
「獅子族何て、私みたいな羊に縁なんてあるわけないのに」
私は起き上がって、お母さんと一緒に映っている写真を貼ったコルクボードを触った。
「おはよう。今日も私頑張るね」
はじめまして、私はクレア。
3年前、私が15歳の時お母さんが流行りの病で亡くなってから、この小さなお家で一人暮らしをしている。
お父さんは私が産まれてすぐ病気で死んじゃったってお母さんが言ってた。
この国は獣人と呼ばれる種族の住む国で、獅子族が国を治めている。
種族それぞれの特性が外見にはっきり出ているので、誰が何族か一目瞭然。
ほら、私の場合、このクルクルした角。
どこからどう見ても羊。
でも……、羊ってだいたい髪の色は白に近い銀髪が多いんだけど、私はなぜか黒に近い濃いグレー。
ママも羊。きれいな銀髪にクルクルの角だった。
この町の人はみんな優しいし、近くの食堂で雇って貰えて生活もちゃんと出来てる。
今日は朝番だからご飯を食べたらすぐ出勤だ。
ガタンッ!
「…!何、今の音」
家の外のから、大きな物音が聞こえた。
急いで外に出てみると、お隣に住むイアンがモフモフした塊を抱えていた。
「イアン!今ものすごく大きな音がしたんだけど…」
「ごめん、クレア。うちのルーシェがまた君の家に逃げちゃって。静かに捕まえようと思ったんだけど、言う事聞かなくてさっ」
「また逃げてきたの?駄目じゃない、ルーシェ」
モフモフの塊の正体は、イアンのペットのルーシェ。
金色の毛並みが凄く美しい、やや大きめの犬…と思う。
しっぽをピンと逆立ててゆさゆさして可愛いんだなぁ。
3年前、お母さんが亡くなったすぐ後、お隣に新しい家が建ってイアンとルーシェが引っ越してきた。
イアンは独りぼっちでいた私と友達になってくれたとても優しい青年。
彼は私より3歳上で、確かいいところの次男坊、と言っていた。
金髪のきれいな髪の毛が帽子の下からサラリと覗いてる。
瞳は薄茶色で、優しい目をしている。
そういえば、いつも帽子を被ってるし、ロングコートを着てるから未だ何族なのかわかんない。
顔からすると、猫族とかかなぁ…って思う。
おいで、と言いながら手を拡げると、ルーシェは喜んで飛びついてきた。
頭を撫でてやると、クーンと可愛らしく鳴いてすり寄ってくる。
「ところでさ、クレア。明日の夜って暇?」
「ごめんね。その日お城で舞踏会があるでしょ?うちの食堂に今回もたくさんお料理をオーダーしてもらえたみたいで、今日も明日も忙しいの。明日はお料理を献上しに王宮に行くしね」
王族って意外と庶民的な味が好きみたいで、お城で催しがある度に、うちの食堂に依頼が来る。
「……それは都合がいい」
「え?」
イアンがボソッと呟いたけど、よく聞こえなかった。
「いや、なんでもない。さ!そろそろ行くぞ、ルーシェ。またな、クレア」
「うん、またね」
ルーシェはまだ私の腕の中にいたい様だったけど、イアンに無理やり引き剥がされて連れて行かれた。
食堂に着くと、明日の料理支度でバタバタしていた。
「おはよう、クレア。今日明日は、王族様の為にいっちょ頑張るかね」
女将さんが皆に仕事を振り分ける。
私は野菜を切るのが仕事。
「明日の舞踏会、16歳になる第3王子のデビュタントの為に開かれるんだってさ」
「そうなんだ」
女将さんの息子のヒューゴが話しかけてきたけど、私には全く関係ない話だから適当に相槌をうつ。
「そこで、第3王子の番様が発表されるんだってさ」
「へぇ、そうなんだ」
番かぁ。
ちょっと憧れちゃうな。
私もいつか、自分だけの番に会えるのかな。
「あんたたち!余計なおしゃべりは無しだよ。さぁ、集中!」
女将さんの一声でハッとなり、私はまた集中して野菜を切る事に専念した。
❅❅❅❅❅❅❅
次の日、朝早くから私の家のドアが叩かれた。
「ふあぁ…。こんな早い時間に誰?」
扉を開けると、眩い金色の髪の毛に薄紫の綺麗な瞳、獅子の耳と大きな尻尾を逆立ててゆらゆらさせた男の子がいた。
「……どなたでしょう?」
獅子だから王族だって事は分かるけど一体我が家に何の様が?
「迎えに来たよ、クレア」
「?」
なぜ私の名前を?
そんな疑問を浮かべていると、遠くからイアンの声が聞こえてきた。
「ルーシェ!お前また勝手に!夜まで待てないのかよっ!?」
ん?…ルーシェって言った?
ルーシェはモフモフのイアンのペットで、でも目の前にいる男の子もルーシェ?
「え?イアン、どういう事?それにあなた……その耳!」
イアンを見て、私は驚いた。
「あ、帽子忘れた」
いつも帽子で見えなかった頭は、金髪が輝き、獅子の耳があった。
「あなたも獅子族?」
「うん。いいとこの次男坊って言っただろ。俺、第二王子。で、ルーシェリオが第三王子」
「え?イアン、あなたルーシェの事ペットって…」
「獅子族は番を見ると興奮して獣化しちゃうんだ。16歳の誕生日を迎えないと人型をしっかり保てないんだよ。説明するのめんどくさくってペットって事にしてた。ごめんね」
理解が出来ない。
王族が隣に住んでたの?
結構失礼な事もしてたよね。
いつもタメ口だったし。
私…不敬罪で捕まるのかしら…。
「ク~レア!」
遠い目をした私にルーシェが近寄る。
そして一瞬視界から消えた。
「!?」
よく見ると、私の目線の下に跪いている。
「ルー…じゃなくって、お、王子様!立ってください」
「ルシア。僕ね、今日16歳になったんだよ。だから……」
「……だ、だから…何?」
「僕と結婚してください」
「!」
思いもしない展開に開いた口が塞がらないってこういう事ね。
「む、無理よ。王族と結婚だなんてっ」
「無理じゃないさ。だって君は、僕の番だから」
ツガイダカラ…?
ツガイ…つがい……番!?
「見てこの尻尾。こんなに逆立ってゆらゆらしてるでしょ?僕達獅子族は番に出会うとこうなるんだ。それに瞳の色も薄茶色から薄紫色に変わるんだ。僕はずっとずうっと前から君に気づいていたけど、君のお母さんが腕のいい結界師でさぁ。結界を張って僕から君を隠してた。でも3年前、君のお母さんが亡くなってその結界も無くなった。僕は直ぐに君の居場所を見つけたよ。そして君の家の隣の土地を買い取った」
おおよそ想像の斜め上をいかれて私はぽかんとしてしまう。
イアンが興奮するルーシェの肩を掴んで立ち上がらせた。
「そういう事だから、ね。もう逃げられないよ」
ルーシェの薄紫色の瞳の奥に、獅子が捕獲を狙うような獰猛さを感じてしまい私は戸惑った。
「しっ、仕事行かなきゃ。舞踏会の料理をお城に持っていくのよ」
なんとかこの家から出て行こうとすると、ルーシェが出入り口を塞ぐように扉に斜めに寄りかかる。
「その仕事は他の人にさせるから大丈夫」
「え?」
「君の今日の仕事は、僕の番としてお城に行くことだからね」
その時、ニコッと笑うルーシェを見ながら、お母さんの夢を思い出す。
『獅子のしっぽが逆立ってゆらゆらしてるのを見たら絶対に逃げるのよ。クレア、分かった?』
『うん。分かったよ、お母さん』
『それに薄紫の目にも気を付けて』
『うんうん。わかったぁ。ふぁ~…眠い……』
『あらあら、こんなに大事な話をしてるのに欠伸なんて。本当に分かったの?』
『うん。分かった………』
近づくルーシェにギュッと抱きしめられて私は、人生がガラッと変わるのを感じた。
お母さん、私。全然わかってなかった。
きっと、もう逃げられない。
END