怪異こぼれ話
■ラブレター
飯がまずいんだ、と久しぶりに会った友人は嘆いた。骨に皮を貼り付けた様相で、いかに飯がまずいか切々と語りだす。「何食っても、紙食ってるみてえで……ほら、これだって、うまそうなハンバーグなのに、食っても食っても紙みたいな味しかしねえ、クソ!」「お前さ、女の子手ひどくフッたりしたんじゃないか?」「はぁ?」意味が分からない、という顔をする友人に肩をすくめる。友人はまずい、まずい、と痩せこけた頬を引きつらせながら、誰かからのラブレターをひたすら貪っていた。「こんな風にはなりたくないもんだ」
■三日月
終電を逃したけど、家に帰りたかったからとぼとぼ夜道を歩いてたんだ。それで小腹が空いたから、コンビニに寄ったんだよ。二十四時間営業万歳。それでカップラーメン買ってお湯入れて、外のベンチで食おうと思ったんだ。まだ秋だからそれほど寒くもなかったし。そしたら上の方から、ぽたっ、ぽた、って俺の足元に水滴が落ちてきたのさ。雨かな、って見上げてみたら、細い三日月が口みたいに上下に裂けて、その間から赤い大きな舌がべろん、ってはみ出してた。どうも落ちてきたのは、月の垂らした涎らしいや。月もラーメンを食いたかったのかね?
■山茶花
目が覚めると、天井の真ん中から山茶花が床へ向かって伸びるように生えていた。白い山茶花だ。布団に仰向けに寝そべって見上げると、白い花が三つ咲いているのが見えて、これは中々良い。家族達も興味があるのか、部屋の前を通るたびにちらと覗いていく。孫娘が部屋を覗いた時、山茶花の花弁が全て茶色く萎びて枯れ落ちた。「どおしてかれたの?」「さぁねぇ……」不思議に顔を見合わせた翌日、孫娘が飼っていた三匹の金魚が水槽に浮いていた。元々病気にかかっていたらしい。山茶花との因果は分からないが、今は家族の人数分の花をつけた椿が天井から生えている。
■手無し
「御免、私の両手を知らないか」背後から声をかけられて振り返ると、白いシャツの袖がぺちゃんこになっている男がいた。「知らないよ、落としたの?」聞くと、男はそうだ、と頷いた。「両手を見つけたら、あっちの公園で休んでいると伝えてくれ」男の言葉に頷いて、散歩を続ける。すると道端に、芋虫のように指を這わせている両腕があった。成程これかと、手に伝言を伝える。耳が無いのに聞こえたようで、手はそちらの方向へ這い始めた。なんとなしに見送っていると、今度は持ち主の無い両足が、すたすた歩いてきた。「うわあ、よくものを失くす人だなあ」
■びいどろ
お兄ちゃん、目、綺麗でしょう。ついつい、と横から鞄を引かれる。見ると、大きく目を開いた少女が立っていた。白目も黒目も無い目はとろりとした緑色で、びいどろを嵌め込んだようだ。ねえ、綺麗でしょう、お兄ちゃん。「ああ、星みたいにきらきらしていて綺麗だ」びいどろの少女は嬉しそうに笑った。ありがとう、お礼に目、あげるね。緑の瞳が一つ、ころり、落ちた。柔い掌に乗ったそれを差し出され、反射的に受け取る。もはや少女の姿はどこにも無かった。仕方なく持って帰った目玉は、きらきらと机の上でびいどろのように輝いている。
■蝋梅
きん、と冷たい空気に甘い香りが漂っている。鼻をひくつかせて匂いを探すと、隣で信号待ちをしている着物の女性からだった。「何の香りですか?」「あら、お嬢さん。これはね、蝋梅という花の香りなのよ」「そうなんだ。とってもいい匂いです」女性は目を細めて微笑んだ。袂に手を入れて、小指大の茶色い塊を数粒取り出す。「これ、蝋梅の種なの」「じゃあ、これを蒔いたらその蝋梅が生えるんですね」女の笑みが奇妙に歪んだ。「いいえ」「え?」「だって、人に呑ませたら木は生えないでしょう?」女は笑って去っていった。後で調べたところ、蝋梅の種は毒になるらしい。
■猫
押し入れをそっと開けると、「にゃあ」押し入れいっぱいに巨大な三毛猫の顔が詰まっていた。とても可愛い。巨大な顔を撫でながら、男は口を尖らせた。「卑怯猫め、なんも盗めねえじゃねえか」荒い口調で責めるが、喉をごろごろ鳴らすばかり。空き巣にと入ったはいいが、金目のありそうな所を探す度にひょこりと現れる。天袋の上、金庫の中、掛け軸の中から。普通の猫ではないし邪魔されているのだが、懐っこい姿についほだされてしまう。「みゃん?」つぶらな瞳で首をかしげる姿に舌打ちして、男は押し入れの戸を閉めた。「おのれ可愛い」
■玉砂利
田舎の祖父母の家に遊びに行った。都会には無い山で遊ぶのが楽しくて、今日も山に登る。小さな沢を見つけたのでそれを辿って登っていくと、地面が擂鉢状に凹んだ所を見つけた。沢はまだ上へ伸びているが、擂鉢状の中に無数の丸石が敷き詰められていて、そっちが気になった。白い丸石はすべすべしていて非常に軽い。面白かったので何個か持って帰って祖父母に見せると、ひどく厳しい顔をした。「これは、骨だなあ」持って帰ってきた石は全て骨だった。なぜ敷き詰められていたのか、なぜ丸く加工されていたのかは分からない。それからも山に登ったが、あの擂鉢状の場所は見つけられなかった。
■五里霧中
さァさァ参りましょう。濃霧の中から声がする。さァさァ此方です、こんな目出度きハレの日に遅参するなど以ての外です。霧の中からぬっと突き出た腕が、僕の手を引いて急かす。僕の手首を掴む腕は、青い着物に包まれた蛙の手だった。オゾヌマのヌシとフルズのヌシの婚儀ですぞ、いやァ実に目出度い目出度い。しわがれた声が霧の向こうから響く。僕は分からないままに蛙の手に引きずられる。オヤ、メナシさん、何方を連れてらっしゃる。霧の向こうで別の声がした。オヤ、マダラさんを連れていた筈ですが。ハテ、それではワタクシが手を引いている方は何方ですかな。人違いでありましょう、五里にも渡る霧の中では、メナシさんでは見分けられますまい。ヤ、これは失礼失礼、人違いを致しました。蛙の手が離れて、声が遠ざかる。僕は一人、霧の中に取り残された。
■地蔵
旅行中に、峠を車で走らせていたら道路脇に地蔵があった。まあ地蔵くらいあるだろう、と気にせず走っていると、またすぐに地蔵があった。少し走ると、また地蔵。……少し気味が悪い。「なんでこんなに地蔵が立ってるんだ?」車を止めて、地蔵に近づく。何の変哲もない、薄汚れた地蔵だ。赤かったであろう前掛けも、雨風に晒されて色が抜けてしまっている。前掛けの隅に、刺繍がされていた。何の気無しにそれを見る。自分の名前が真新しい白糸で前掛けに刻まれていた。
評価、感想、いいね!などいただけたら嬉しいです。