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短編集 ~他サイトに載せている作品を集めたもの~  作者: 新 星緒


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8/23

夕立 《ヒューマンドラマ》

《あらすじ》

学校帰りに夕立にあってしまった亜希。

雨宿りさせてもらえる親戚の家が目の前にあるけれど……。


思春期に、よく知らない親戚の人なんて頼れない。


 空が灰色で重たそうな雲でいっぱいになっている。友達とバイバイと言い合って、私だけ小さな十字路を曲がった。ここから先はひとり。みんなとは帰る方向が違う。あちらの道でも遠回りになるだけで帰ることはできる。でも今は急いで帰らなければいけない。部室にやってきた顧問が

「雷雨になるぞ。速攻で帰宅!」

 と命じたのだ。私は傘を持っていない。中学校から家までは30分近くかかる。雷も雨もごめんだ。


 細い道の左右には農家が数件あるだけ。大きな木が多くて暗いし、いつもひとけがないからあまり好きな道じゃない。しかも今日は空が灰色なせいでいつもより陰気に見える。


 ポツリ、と顔にしずくが落ちてきた。まずいと思って空を見上げると、大きな雨粒が次々と顔に当たった。ゴロゴロとイヤな音も聞こえてきた。

 家はまだ先、15分はかかる。

 ちらりと一番近い家を見る。背の高い生け垣のせいで中はよく見えない。庭が広くて、道からだいぶ離れたところに古くて大きな家がある。


 そこはよく分からないけど親戚の家で、中学校に入る前にお母さんに連れられて挨拶に来た。お母さんはすごい過保護で小学校は歩いて5分だったのに、中学校は30分もかかることをものすごく心配している。それでその親戚に、雷や大雨のときは雨宿りをさせてほしいと頼んだのだ。


 親戚といってもそこに行くのは初めてだし、会った人たちに見覚えもなかった。お母さんに、お父さんのなんとかのなんとかと説明されたけど、忘れてしまった。覚えているのは名字がうちと同じだということと、見知らぬ人にそんなお願いをすることが恥ずかしくて仕方なかったことだけだ。


 今日も親戚の家はいつも通りに静かだ。

 雷は大キライだけど、走って帰ろう。

 一度会っただけの人の家になんて行けない。


 そう思ってリュックの肩紐を握りしめる。走り出そうとしたそのとき、突然バケツの底が抜けたような雨が落ちてきた。

「うわっ」

 と叫んだ口の中にも雨が入る。

 と、とりあえず大木の下に避難しよう、そうしようと、思ったところで雨がかからなくなかった。頭の上に傘がある。

「お嬢ちゃん、大丈夫?」

 そんな声に振り返ると、見知らぬおばさんがビニール傘を私に差し出していた。

「これ、持っていきな。うちはすぐそこだから」おばさんが親戚の家を指す。「──って、あれ?もしかして亜希ちゃんかな。博のところの」

 確かにお父さんは博で、私は亜希だ。

「……はい」

「そうかそうか。じゃ、雨宿りしていきな。この雨じゃ傘があってもずぶ濡れだよ」

「……や、大丈夫です。走って帰るんで。ありがとうございます」


 よく知らない親戚のうちにお邪魔しても、何を話していいか分からない。

 ぺこりと頭を下げると、逃げるように駆け出した。





 家に着くと下着までびしょびしょで、お母さんにめちゃくちゃ叱られた。お母さんは雷が私に落ちたらどうするんだとか、濡れた制服を明日までに乾かすのは大変なんだからとかごちゃごちゃ言いながら、お風呂を沸かしてくれたのだった。


 熱い湯船につかりながら、おばさんのことを思った。私に傘を差し出したせいで、あんな短い時間だったのにびちょ濡れになっていた。逃げるなんて、私はものすごく悪いことをしたのかもしれない。


 お風呂から出たらお母さんにおばさんのことを話そう。親切にしてくれたのに逃げちゃったと、ちゃんと言おう。うん、ちゃんと……。






 ◇◇





 かつての親戚の家には、昔と同じ名字の表札がある。だけど生け垣はブロック塀に代わり、古く大きな家ではなくてモダンな平屋が建っている。庭もほとんどコンクリ敷きで、少し花壇があるくらい。

 この道を通るのは中学卒業以来だし、あのおばさんに会ったのは夕立のときの一回きりだ。

 親戚といっても遠い血縁だったのかもしれない。


 大木が減り明るくなった細い道を進む。強い日差しが容赦なく降り注ぎ、肌が痛い。中学生のころは陰気な場所だと思っていたけど、あれはあれで良い役割があったらしい。


 がちゃりと音がして、平屋の玄関扉が開いた。出て来たのは白髪のおじいさんだった。あのおばさんのご家族だろうか。目が合ったので軽く会釈をして通り過ぎる。


 つい先日、中一の娘を連れて実家に戻った。親になってみると通学に徒歩で30分もかかるなんて、心配しかない。昔に比べて子供が巻き込まれる事件も増えたし、やっぱり突然の夕立とか雷、ゲリラ豪雨。考えだしたらキリがない。

 そう思うと中間地点にあるこの家は、ちょうど良い。母が親戚を頼った気持ちがよく分かる。


 あのとき結局私はおばさんの親切を無下にしたことを母に言えなかった。多分おばさんも父や母に話さなかったのだろう。その話題が出たことはない。

 小さな罪悪感は時たま夏の夕方によみがえる。


「なあなあ、そこの!」

 背後から掛けられた声に振り返ると、先ほどのおじいさんがブロック塀越しに私を見ていた。

「あんた、もしかして博のところの亜希ちゃんか?」

「……はい。よく分かりましたね」

「いやあ、博の若いときにそっくりだ」おじいさんは嬉しそうに笑う。「それに真由さんから亜希ちゃんが戻ってくると聞いてたからな」

 お母さんったら、娘の離婚を吹聴しているのか。

「亜希ちゃんの娘さんがそこの中学校に通うんだろ?楽しみだね」


 優しい笑顔のおじいさんに、少し勇気が沸いてくる。あのおばさんと話したい。名前は分からない。だけど年齢的にはこの人の妻ではないだろうか。


 あの、と言いかけたとき。

「良かったら娘さんとたまに遊びにおいで。ひとり暮らしだからヒマでねえ」

 おじさんはそう言った。

 ふわりと風に乗って線香の香りが鼻に届く。


 ──そうか。


「あの、昔こちらのおばさんに親切にしてもらったことがあって」

「和子にか。あいつはお節介が大好きだったからなあ」

おじいさんが遠い目をする。

「今度、お線香を上げさせていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろん。今、寄って行くかい? 麦茶くらいしか出せるもんがないんだけど」

「お邪魔でなければ」

「おいでおいで。和子が喜ぶよ」

 しっかりと礼を言って、ぺこりと頭を下げる。それから空を見上げると、立派な積乱雲があった。

 今日も夕立が来るかもしれない。


エブリスタ

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