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短編集 ~他サイトに載せている作品を集めたもの~  作者: 新 星緒


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22/23

最果てで見た夢は 〜ヴィシチェド、タナカ、そしてノイ〜《SF》

《あらすじ》

 人間とアンドロイドが、表面的には共生している社会。『アンドロイドの命は人間のそれに優先しない』なんて法律があるが、それは『簡単にバックアップが取れ、新しい体に移ることのできるアンドロイドは強い存在』、『人間はアンドロイドと違い弱者だから守られるもの』というアンドロイド自身の思想に基づいている。

 タナカとノイは民間の外宇宙環境調査員だ。調査はたいてい人間とアンドロイドのふたり一組でおこなわれ、タナカは期間雇用された人間、ノイは会社所有のアンドロイドだった。

 この仕事は、宇宙の深淵で変わらない顔ぶれのまま、何年も共に過ごさなければならない。それゆえ独自のルールがいくつかあった。

 そのひとつは円滑な関係維持のため、アンドロイドは人間に配慮した言動をとるよう、初期設定に組み込まれるというもの。もうひとつは保存媒体の容量の問題から、任務中のアンドロイドの個人的記憶はバックアップを取らないというものだった。

 タナカは疑問に思ったが、そういう人間は珍しいと言われてしまう。また、常に自分に配慮した言動をするノイに苛立ちもした。だがそれはノイの意思ではなく初期設定なのだから仕方ないと考え、自分なりの関係を築くようにするのだった。

 調査は無事に終わり帰路についてすぐ、彼らは強烈な宇宙嵐に巻き込まれて、乗っていた船は甚大な被害を受ける。付近の惑星に不時着をし、環境状態からノイが外殻の、タナカが内部の修理を受け持つことにした。

 ところがノイがスライム型生命体ヴィシチェドに取り込まれてしまう。ヴィシチェドの好物イグニスがノイの動力に使われているからだ。このまま放っておけば二十四時間でノイは溶けてしまう。ヴィシチェドの核に液体弾を撃ち込めばノイは助かるから、タナカは防護服を着て助けようと奮闘するが、その防護服自体も故障しているようで、完璧な状態ではない。

 こんな状況でも普段どおりに機嫌良くしているノイ。液体弾が外れても、残りのチャンスを楽しげに数えるものだから、タナカは腹が立つ。そのうえノイは、もう諦めていいなんて言い出した。

 そんな気はさらさらないタナカは、自分の状況が悪くなるのを無視して必死にノイを助けようとする。弾が最後の一発になったときタナカは危険を顧みず腕と銃ヴィシチェドに突っ込み、引き金を引いた。

 果たして液体弾は核に当たり、ヴィシチェドは溶けてノイは助かる。

 ノイは半べそになりながらタナカを担いでシップに戻った。

 月日は流れ、明日地球に到着するという日、タナカは退職後の計画をノイに話す。それは環境調査型アンドロイドのためのものだった。そしてタナカは、一緒にやらないかと誘う。するとノイは泣き始め、隠していた思いを打ち明ける。

 アンドロイドの待遇に不満があったこと、一方的に配慮しなければならないのは嫌だったこと。だけどタナカは今までの人間とは違い、自分を対等な相棒と接してくれた。それが嬉しく、危機的状況で常に人間にみすてられてきた自分が、タナカに助けられることを夢見るようになっていて、だからヴィシチェドに遭遇したときに魔が差して逃げそびれたのだ、と。しかも必死になるタナカを見て嬉しくなってしまったとも。

 欲望と引き換えにタナカを危険に晒した自分には、タナカについて行く資格はない。

 そう泣くノイにタナカは、「もう命をかけて試すことはやめてくれ。これからはノイと一緒にやらなきゃいけないことが沢山ある」と告げる。

 タナカはノイが本心を打ち明けてくれたことに、ようやく本当の相棒になったと感じ、またノイもそのタナカの気持ちを感じとり、初めて幸せな気分になったのだった。

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

「わかってる!」

 思わず俺は怒鳴り返す。

 防護服のスピーカーが、大声を出すなとばかりにハウリングを起こした。初めてのことだ。やはり不調らしい。耳を塞ぎたいがそうもいかず、背中を流れる一筋の汗を感じながら、不快な音にじっと耐える。

 なにが『残りのチャンス』だ。ノイの態度は理解しがたい。かかっているのはヤツの命だ。

 肩からベルトで下げたライフル式の銃を構え直して、ヴィシチェドに取り込まれたノイを見る。目が合うとヤツはにっこりと微笑んだ。のんきな顔が(かん)に障る。

 ノイは環境調査型アンドロイドだ。ありとあらゆる機能が搭載されているが、外見はごく普通の二十代後半男性だ。どちらかといえばイケメンかつ優男の部類。

 しかも人間と円滑な関係が築けるよう、穏やかで人当たりのよい性格に設定されており、いつでも口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。だからって、こんなときにまで微笑むのは間違っている。

「もういいんですよ」とノイが言う。

 聞こえるのは直接の声じゃない。アンドロイドのあいつは、人間には適さないこの環境でも防護服なしで歩き回ることができる。だがヤツは今、ヴィシチェドの体内にいるから発声はできないのだ。声に出したい言葉を、直接俺の防護服内のスピーカーに飛ばしている。ヤツとは距離があるのに、まるで耳のそばで語りかけられているかのような臨場感だ。時たまノイズが交じるが。

「タナカには僕を助ける義務はありません。アンドロイド法第一条の――」

「知ってるし、俺はお前を助ける! だから動くな!」

 うっかりまた大声を出してしまった。ハウリングは起きなかったが、息が苦しい。

「無理な注文ですね」とノイ。「ヴィシチェドの蠕動(ぜんどう)運動の影響で、勝手に体が動くのです」

 ヴィシチェドというのは二メートルを超える巨大なスライム型生物だ。意思疎通可能な知性はなく、危険度Bのモンスターに分類されている。

 外見は、サイズはともかく、メンダコに似ていて可愛らしい。体は赤みを帯びた半透明で、アーモンド型の小さな黒目と、そのうえにある短い突起がそれぞれ一対ずつ。あとは体内に黒い核がひとつ。他にはなにもない。

 エサは真紅色した鉱物のイグニスだ。独自の嗅覚を使ってこれを発見し、みつけると丸呑みする。なにに内包されていようが、問題ない。余分なものは酸で溶かして排出できるからだ。そしてアンドロイドの動力にはこのイグニスが拳ひとつぶん、使われている。

 そんな訳で、ノイはスライム型生命体に取り込まれてしまった。放っておくと二十四時間ですべて溶けきる。助ける方法はたったのひとつ。ヴィシチェドの体内にある核に、アルカリ性の液体弾を打ち込む。そうすればスライム状の体が溶けてノイは開放される。幸いなことにヤツは半透明だから、核は目視できる。しかもサッカーボールサイズだ。

 だが、うまく当てることができない。核もノイもヴィシチェドの体内で、ゆっくりではあるが動き続けているのだ。射撃は得意なのに、もう二発も液体弾をムダにした。残り、三発。当初は簡単に倒せると思っていたにも関わらず。焦りが募る。

 だというのにノイはこんな危機的状況のなか、なにを考え微笑んでいるんだ。

 ――いやわかっている。なにも考えてはいない。あれはプログラムだ。人間への配慮を目的とした。俺が苛つくのはお門違いだし、そもそも今はそんな時じゃない。

 核がノイの後ろにまわってしまった。ヴィシチェド自体も、俺から遠ざかるように移動する。緩慢な動きだ。けれど手強い。ヴィシチェドと核を追って、俺も動く。

「アンドロイド法第一条の二」ノイの声。「『アンドロイドの命は人間のそれに優先しない』」

 この場所からはヤツの顔は見えない。だけどきっと微笑んでいる。そんな声音だ。

「その根拠は、アンドロイドは簡単にバックアップが取れて、いつでも新しい体に移れるからだろ? 今のお前にはバックアップがないじゃないか」

 俺は言い返す。アンドロイド自身の主張をもとに制定された法律だ。『容易に複製のできない下等な人間と自分たちは違う』との思想のもと、弱者を守るという理念が彼らにはあったらしい。

 都市部にいるアンドロイドたちはそんな環境にあるから、いいだろう。だが、辺境で環境調査をしている場合はそうもいかない。保存媒体の容量の関係で、アンドロイド個人の記憶はバックアップ対象外と決まっているのだ。

「ありますよ」とノイ。「調査に出発する前のものまでになりますが」

「つまりこの三年ぶん、まるっとなくなるんだろう!」

「そうなります」

「ふざけんなよっ。三年もだぞ? 記憶を無くすことが怖くないのか?」

 アルカリ性液体弾を撃ち込むに良いポイントを探しつつ、ノイに怒鳴る。

 返事がないことに気づいて目を向ける。いつの間にか顔が見えるようになっていたノイは、慌てて笑みを浮かべた。その前は虚無さえ感じられる真顔だった。

 そういえばノイは、状況に合わせて深刻な表情や悲しげな顔もできるんだった。ふたりきりの環境調査生活ではそんな場面になることが少なかったから、忘れていたが。

 じゃあなんで今は笑顔なんだ。適しているのは焦燥や恐怖といった表情なんじゃないか? 

 ノイの笑顔は俺を安心させるため。ようやくそのことに気づき、なんとも言い難い気持ちになる。

 と、ノイの体と核がいい具合に動いた。両者が離れ核を狙える。すかさず銃を構えて、撃つ。液体弾がヴィシチェドの体にどぷんと入った。だが核は俺を嘲笑うかのようにとぅるりと動き、弾を避けた。

 くそっ、また外れだ。

「残りのチャンスは二回です」

 朗らかな声が防護服のヘルメット内に響く。

「やっぱり近寄って撃つ」

「ダメです!」声と共にノイの笑顔は消え、顔つきが険しくなった。「防護服の性能は保証できません。あなたの安全が最優先なのですよ!」

 ヴィシチェドはイグニスそのものか、それを含んでいるものしか体内に取り込まない。凶暴性もないから人間を襲ったり攻撃したりすることはないのだが、存在そのものが非常に危険なのだ。強酸性の体から、微量だが有毒ガスを発生させている。目に入れば失明するし、鼻や口に入れば粘膜は焼かれ死に至る。

 安全な距離はヴィシチェドから四メートル以上だ。

「嵐さえ起きなければ」そう呟くと、

「ヴィシチェドに捕まった僕が悪いんです。こんなのは環境調査のベテランがするようなミスではないんですよ。宇宙嵐のせいでも、シップの故障のせいでもありません」と、ノイが笑顔で反論した。それから空を見上げ、「あまり時間もありません。すぐに日没です。もう諦めましょう。タナカはシップに戻ってください」と言った。

「イヤだね。俺はお前を助けるんだ」

 ヘルメットのシールドに出ている表示に目を走らせる。

『稼働可能時間 十分』


 ◇◇


 ノイと俺は民間の環境調査会社に雇われている。正確には、ノイは社の所有物だ。給与は出ているが、自由に退職することはできない。

 一方人間の俺は、期間限定社員だ。外宇宙の調査を担う業界では一般的な雇用形態で、ミッションごとに雇われる。出発したら、すべての調査を終えるまでは帰れない。短くて四年。長ければうん十年以上なんてケースもあるらしい。こんな仕事に就こうとする人間はたいてい訳あり――と採用担当官が話していた。かくいう俺も例に漏れず。結婚式目前に婚約者が俺の親友と浮気していることを知ってヤケになり、地球を飛び出した。

 外宇宙環境調査は法律で、アンドロイドと人間が最低でもひとりずついなければならないと決まっている。調査の必須項目に人間の移住に適しているかがあるからだ。

 はるか昔はデータだけで判断していたらしい。だが現在では人間が肌で感じたものこそがリアルなのだ。かといって人間だけでは用が足りないので、専用のアンドロイドも必須となっている。

 調査はほとんどのケースが人間とアンドロイドひとりずつのふたりきりだそうで、円滑な協力関係を長期間維持できるよう、アンドロイドには人当たりの良い性格が初期設定されているという。

「それって人権的にオッケーなんですか?」

 俺が質問すると、社の研修担当はなぜか笑った。

「人間は親から受け継ぐ資質がある。アンドロイドの場合はそれが初期設定。法律で認められているんだよ」

「知らなかった」

「そんな質問をしたのは君が初めてだ。大抵は『そりゃ助かる』と言って終わりだよ」

 確かに助かることだ。嫌いな相手と何年もふたりきりでいるなんて、想像するだけでぞっとする。でも俺たち人間の調査官は、それを覚悟で志願しているんじゃないのか? 担当官にはツッコまなかったけれど、俺は疑問に思ったのだった。

 研修を終えて引き合わされたアンドロイド・ノイは、考えていた以上に穏やかで柔らかな物腰だった。ちょっとばかり頼りなさを感じるくらいに。だが実際のヤツは判断力決断力に優れた頼もしい相棒だ。

 だがそれをノイは隠し、俺の意見を尊重する態度をとっている。腹立たしいが文句を言ってもしょうがない。ヤツの意思とは関係のない、初期設定なんだから。ただ――。

 俺はシップ――俺たちが搭乗している探索機のことだ――に結構な数の書籍データを持ち込んだ。もちろん許可された私物の記録媒体に入っている。この半分が外宇宙調査官の書いたもので、日記や探検記、実体験をもとにした小説もある。これらを読んでわかったんだが、いくら初期設定で『人当たり良く、人間に配慮する性格』となっていても、常にその状態ではないってことだ。アンドロイドにだって個性はある。長い時間、宇宙という密閉空間にふたりきりでいれば、人間に苛立ったり不満を覚えたりすることが起きるのだ。

 でもノイにそういう様子を見たことはない。いつでもヤツは穏やかだ。ごくまれに口調が強くなるときもあるが、それは真剣な討議のさなかだけ。それだって俺に配慮をしている。

 俺はそんなノイに我慢ができなくなって、一度だけ『普通にしろよ、俺たちは相棒だろ!』と怒鳴ってしまったことがある。ヤツはきょとんとしてから、いつもの笑みを浮かべ、

『ありがとうございます。気をつけますね』と穏やかに答えたのだった。

 もちろんヤツは、なにも変わらなかった。ノイはそういうアンドロイドだ。

 確かに配慮をありがたく思うときもある。初期設定だから気にするなというのも、間違っていないのだろう。だが何年もふたりきりで旅をしているんだ。この関係は相棒と言えるとはず。なのに片方だけが常に遠慮をしているなんて、虚しすぎる。

 もしかしたら俺の感覚が一般とは違うのかもしれないが。ノイにも『そんなことを言うのはタナカが初めてですよ』と言われたことがある。

 調査の任務中は、ヤツのバックアップが取られないことについて話したときのことだ。

「違法じゃないとはいえ、万が一故障したときに困るだろ。政治家に訴えたらどうだ」

 俺がそう言うと、ノイは穏やかに微笑んだ。

「中央のエリートは僕たちの声なんてききませんよ。彼らからしたら所有者がいるのは怖気を振るうことだし、外宇宙に出る僕らは、優れた機能を無駄遣いしているドサ回りアンドロイドですからね」

「政府が調査結果を欲しがっているのに?」

「ええ」

「人間に言った場合は?」

「贅沢な訴えと一蹴されて終わりですよ」

 人間が記憶のバックアップを取ることは禁じられている。その手段は確立されたんだが、百年も経たないうちに脳しかない人間が生まれるようになり、全面禁止となった。

「人間より遥かに調査に貢献しているのに、贅沢? ありえない思考だな」

「差別主義と糾弾されるのを恐れて誰も口にしませんが、人間はアンドロイドを、アンドロイドは人間を見下していますからね」

「俺にとっては全アンドロイドより、元婚約者と親友のほうが下だぞ。なにであるかよりもどうあるかが重要だよな」

「……そんなことをアンドロイドに言う人間は、タナカが初めてですよ」

 このときのノイの微笑みは普段より深いように見えた。なんとはなしに、

「俺は何番目のペアなんだ?」と尋ねた。

 答えは確か、十三だったはずだ。見た目は二十代のノイだが、実際は結構な年なのだ。そしてバックアップがないせいで数年間の記憶をなくしたこともあれば、体を総取っ替えしたこともあるらしい。

 外宇宙には様々な危険がごろごろ転がっている。俺も何度、危ない目に遭ったことか。そのたびにノイが助けてくれて、命が繋がった。

 ノイは見た目に反して非常に攻撃力が高く頑強だ。対モンスター用に銃器を数種類内蔵しているし、人の何倍もの衝撃に耐えられる。そのうえ故障や破損をしても、シップ備え付けのドッグに入れば修理を受けられ、元の体に戻ることができる。

 俺も怪我はシップが治療してくれるが、ノイに言わせると人間とアンドロイドのどちらかが怪我をするなら、断然アンドロイドのほうがいいのだそうだ。理由は修理にかかる時間が短いから。だから俺がピンチになったら自分を犠牲にしてでも助ける、という理論らしい。

 勘弁してくれ、俺のせいでノイが怪我をするのは嫌だ。

 そう思ったが、巧みに察したノイは、

「身体能力と経験値の差です」と言い換えてにっこり笑った。

 それを主張されたら反論できない。俺が口にできるのは、

「お前の怪我を見るのも、俺には痛いんだよ」ということだけだった。


 危険な目に遭ってはいても、俺たちの任務は順調だった。運にも恵まれたのだろう。だがそのツケがついに回ってきたらしい。

 帰路についてすぐ、とんでもない規模の宇宙嵐に遭ったのだ。シップはきりもみ状態となり手動での操縦もできず、機器類も変調をきたした。ベテランノイが蒼白な顔で必死に装置をいじりながら、がらにもなく『マズイマズイ』との言葉を連発する。俺は死を覚悟した。

 恐怖の時間がどれほど続いたのかは、わからない。嵐は唐突に止んだ。シップもノイも俺も無事だった。とはいえシップの損傷は甚大で、俺たちは付近で一番危険性の低い星、惑星XD-5に緊急着陸をしたのだった。

 シップには自己修復機能がある。だが今回の損傷はそれだけでは賄えないレベルだった。XD-5の環境は、生身の人間には厳しい。大気の成分が違うから呼吸はできず、気温は六十度を越える。だがアンドロイドは活動可能範囲内だ。

 しかも宇宙嵐の影響は些細なものにまで及んでいて、俺が外活動に使うボンベ用酸素生成機は故障していたし、防護服の状態が万全かどうかを確認する計器も同様だった。

 だから修理の分担は外殻がノイ、内部が俺と自然に決まったのだった。

 惑星XD-5は砂と岩石の星で生物は乏しい。危険なものは日中活動するヴィシチェドと夜間に出没するヴラークら三種類だけ。それに生息するヴィシチェドは十体を超えないと推測されているから、ノイも俺も、日中ならばそこそこ安全と考えていた。

 本音を言えば、ヴィシチェドが生息する以上はノイをひとりで外に出すことに抵抗はあった。だが緊急事態である今はシップの修理が最重要で、滅多に機会のない外殻修理はノイのほうが確実に行えると考えてしまったのだ。

 幸い対ヴィシチェド用の液体弾が五発あった。この航行でそれを使ったことはまだなかったが、ノイは何度もあるという。

「だから心配ないですよ」

 そう笑って、ノイはシップの外に出ていった。

 二時間後。ヤツからの連絡が途絶えた。

 大慌てで防護服を身に着け外に出た俺が見つけたのは、ヴィシチェドに取り込まれたノイと、外殻の突起に引っ掛けられたままの未使用の銃だった。


 ◇◇


「退避してください」とノイが言う。「日が沈んだらヴラークたちが出てきます。あなたなんて一撃で殺されてしまうのですよ」

「まだ日は出てる!」

 怒鳴り返す俺の額を汗が伝った。防護服はいささか不調だ。空調が完全には効いていない。

 一番恐ろしいのは大気最適化装置の故障だ。防護服は、外気を人間に適したものに変換するこれと、酸素ボンベのどちらでも使用できる。だが酸素ボンベがゼロの今、頼れるのは大気最適化装置のみ。もしヴィシチェドの毒ガスを直に取り込みでもしたら、俺は確実に死ぬ。

 そしてたぶん、すでにマズイ状況なのだ。どのみちバッテリーがない。防護服が稼働できる時間は残り十分。

 ただひとつの幸いは、不調のおかげでノイが防護服の状態をモニターできていないことだ。最初に嘘を伝えたから、俺にはまだ二十分時間があると思っているはずだ。

 ヴィシチェドは俺たちのやり取りなどまったく気にせず移動する。シップから離れる一方だ。

 びゅるり、と一陣の風が吹いた。夜が来るしらせだ。

 うおぉぉん……

 ヴラークの雄叫びがどこからか聞こえてきた。

 急激に日の光は弱まり反対の地平線は闇ににじんでいる。

「タナカ! シップに戻ってください! もう帰るだけなのだから、僕がいなくてもまったく問題はありません!」

「そうじゃないだろ!」

 ダラダラと汗が流れる。目に入らないでくれと祈りながら、ヴィシチェドに突進する。

「近寄らないで! 防護服、正常に作動してないでしょう!」

 ヴィシチェドの体ぎりぎりに銃を構え、撃つ。とぷん、と液体弾がスライムを穿ち入る。だけどまたしてもすんでのところで、核は逃げた。

 チャンスはあと一回。

 息が明らかに苦しい。

「うあぁぁぁっっ!!」

 叫んでライフルをヴィシチェドに押し込む。それから腕も肘まで。銃口が核に当たる手応え。瞬間、引き金を引く。

 黒い核が形を崩した。溶けるように広がっていく。その部分からヴィシチェドの赤い体が紫色に変わっていった。

「……やったのか?」

 見上げると、ヴィシチェドの小さな目が俺を見ていた。なにを考えているのかわからない。だが小さな突起がふたつとも力なく垂れ下がっていた。

「ノイを返してもらうぞ」

 ヴィシチェドの体はまたたく間に紫色に染め上がる。

「離れて!」

 ノイの叫び声に飛び退る。

 遅れること数秒、突然ヴィシチェドの体は音もなく崩れ落ちた。巨大な水たまりができる。その中心に立つノイ。

「なんて無茶を!」

 ノイが泣きそうな顔をしている。

「お前もう溶けかけてるぞ!」

 ヴィシチェドの中にいたときは分からなかったが、ノイの表面は服も含めて僅かに溶けていた。

 俺も視界が霞がかり声はかすれている。ガスにやられたのかもしれない。

「気持ち悪いだろうけど我慢して」

 そう言ったノイは俺を抱えあげると、爆速で駆け出した。


 ◇◇


 艦内モニターに地球が映っている。

「ついに明日帰還か」

 俺の言葉にとなりの椅子に座るノイが笑顔で、そうですねと答える。

「タナカはこれからどうするのですか」

「アンドロイド用携帯データバックアップ器を作る」

「はい?」

「バックアップが認められないのはシップの容量の問題だ。それなら自分で取って、持っているのはオッケーなはずだろ」

 人間が娯楽用の書籍や映画のデータが入った媒体を、持ち込むことは許可されているんだから。

「開発できたら、次は政界進出だな」

 ノイはなぜか不思議そうな顔で俺を見ている。

「一緒にやらないか」

「え?」と瞬きをするノイ。

「退職は自分の製造費用を払えば可能なんだろ? そのくらい、俺は余裕で払える」

「いや、僕だって払えますよ。他にやりたいことがないから退職しないだけで」

「じゃあ、これから俺とバックアップ器を作ろう。誰もほしいと言わないから作られないだけで、結構簡単にできると思うんだ」

「いや、待って。僕は……」

 ノイが顔を伏せる。

 ――そうか。

 ノイは別に俺とやりたいとは思わないのか。

 この旅で気のおけない仲になったと思っていたんだが、やっぱり配慮でしかなかったのか。

 アホな自分に悲しくなる。

『困らせて悪かった』

 そう口にしようとしたとき、俯いたノイの肩が震えていることに気づいた。

「ノイ?」

「……うっ……うっ……」

 ヤツの顔を覗き込む。

 ノイは歯を食いしばり、ボタボタと涙と鼻水をこぼしていた。シップにハンカチを生成してもらい、ノイに差し出す。

「お前、泣けたのか。知らなかった」

「……うっ……」

「俺の提案が嫌だったのか。それともイエスと言えない事情があるのか」

 ノイは受け取ったハンカチで目を押さえ、

「僕はタナカに誘ってもらえる資格はないんだ」

 と、途切れ途切れに答えた。

「そんなものは必要ないんだが」

 ノイは頭を左右にぶんぶんと振る。

「愚かにも夢見て、君を危険な目に遭わせた」

「これっぽっちも覚えがないぞ」

「惑星XD-5。ヴィシチェド」とノイ。

「そんなこともあったな。だがあれで危険だったのはお前だ」

 結果的に俺も毒ガスのダメージを受けたが、ノイとシップの治療システムのおかげで大事には至らなかった。

「違う。夢を見て魔が差した」

 そう言ったノイは顔をあげた。いつの間にかタメ口になっている。これが本来のヤツなのだろう。

「アンドロイド法第一条の二。『アンドロイドの命は人間のそれに優先しない』。僕ら外宇宙環境調査用アンドロイドは、任務中にバックアップを取れないのにこの法を遵守しなくちゃいけない。しかも僕らより弱い人間に配慮して、常に穏やかで感じよく振る舞うことも求められる。僕らは人間とタッグを組むんじゃない。人間様に仕えるんだ。だから外のアンドロイドたちは、僕たちを見下す」

「……やっぱり不満だったのか」

「当たり前だろ! なんで僕らばかり配慮をしなくちゃいけないんだ」

 叫ぶノイは歪な顔をしていた。

「だけどタナカは違った。自然に僕を自分と同等の存在として接してくれる。僕の気持ちを考え、僕ばかりが配慮をしなくて済むよう先回りする。誰よりも優しいひとだ。だから――」

 ノイの目から大量の涙があふれる。

「危険な目にあったとき、何度となく僕は人間に見捨てられてきた。自力で回避できたときもあれば、死んで、数年後にバックアップで復活したときもある。アンドロイドだってそんな目に遭いたくないし、見捨てられることは苦しい」

「当然だ。それを嬉しいと思うヤツなんていない」

 そう言うのが精一杯だった。俺は婚約者と親友のたった一度の裏切りが耐えられなくて、外宇宙に出たくらいだ。ノイの辛さは、俺には想像を絶する。

「でもタナカは、きっと僕を助けてくれるんじゃないかと思った。僕が危機的状況にあるとき、諦めるなと言って手を差し伸べてくれる。いつしか僕は、そんな夢想をしては、幸せな気分にひたるようになっていた。だから――」

 ノイの喉がゴクリと鳴った。続きを言う勇気が出ないのかもしれない。 

「だいたい分かった。言わなくて――」

「わざとじゃない!」強い口調だった。「だけどヴィシチェドが背後にいると気づいたとき、魔が差した。僕はタナカに助けられたいと思ってしまったんだ」ノイは目を伏せた。「その愚かな一瞬のせいで、僕は捕まった」

 俺は手を伸ばすと励ましのつもりで、ノイの二の腕を軽く叩いた。

「……必死に僕を助けようとするタナカが、嬉しかった。僕は最低なんだ」

「そういえば『こんな状況なのに、なんで楽しそうな声をしているんだ』と思ったな」

「ごめん」

「これからは命をかけて試すことはやめてくれ。俺もノイも一緒にやらなくちゃいけないことが沢山あるからな」

 ノイが顔をあげる。また涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

「それだけ?」

「うん?」

「怒らないのか?」

「どこに怒る要素があった」

 ヴィシチェドに囚われたノイは俺が見つけるまで、助けを求めてこなかった。なにを考え沈黙していたのかと思うと、目頭が熱くなる。

 込み上げるものを隠し、苦手な笑みを浮かべる。

「むしろ喜んでもらえて良かったよ。ノイも不満を感じるんだとわかってほっともしたしな。俺たち、この先もいい相棒でいられると思うんだが、ノイはどう思う」

 恐る恐るといった雰囲気で拳が差し出された。それを俺は拳でタッチして、

「まずは製造費用をどっちが払うか決めようか」

 と提案した。

「ジャンケンで!」

 そう答えたノイは、心から嬉しそうな笑みを浮かべていた。

《pixiv》


・この作品は第3回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストの共通文章から創作したものです。https://www.pixiv.net/novel/contest/sanacon3

・一次審査通過作品

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