楽園 《SF》
さなこん参加作品 (ルール・書き出しが共通)
《あらすじ》
神様が『飽きたから世界を終わらせる』とのたまった。人間たちは生き延びようと右往左往。
国民全員を助けると約束する国があるのに、日本じゃ自助努力。自分で大金を出して逃げる先を確保しなくちゃならない。
まだ十七歳でひとりぽっちのあたしは大金なんてないし、当然行くあてもない。わずかなお金を握りしめて、終わりの日まで無様に生きるだけ。
そんなあたしにできることは、カウントダウンを告げるテレビのニュースキャスターに「爆ぜろ」とののしることぐらい。
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
このキャスター、好きなアナウンサーランキングに毎年入るヤツだ。確かにイケメンだけどおじさんだし、笑顔がうさんくさい。
「皆さまご準備はお進みでしょうか」とイケメンキャスター。「わたくしはかねてからお知らせしていたとおり、本日が最後の出演となります。明日から最終日までの放送は全てAIが作成してお送り致します。開局以来初の試みですが局員一同、この放送のために万全の準備をして参りました。ぜひともお楽しみいただければ幸いです。
では、最初のニュースです──」
「あんたは逃げる先があっていいね。爆ぜろ」
あたしはリモコンを取ると適当な録画番組を再生した。お笑いだった。観客の笑い声がうるさくてボリュームを下げる。
今日の朝食はカップ麺。鍋に水を入れて火にかける。
慣れたものよ。
三ヶ月ほど前に突如、神様が現れた。空にどどんと浮かんだ神様のおっしゃることには。「わしは飽きた。世界は五月三十一日に終わるからな」
集団幻想かはたまた悪の組織による陰謀か。世間は大いに沸いたけど、やがてこれは本物の神様ではないかということになった。神様が現れたのは日本だけじゃなくて、同じ時刻に世界中でこの現象が起きていたらしいのだ。信じる宗教によって神様の姿は違ったようだけど、セリフは同じ。それから人類は大急ぎで逃げる準備を始めた。
超がつくお金持ちは、近年販売が始まったた他惑星の別荘地に移住。地球とまるっきり同じ生活ができるという火星は価格が高騰して、買えたのは数百人のみ。人類の0.1パーセント以下らしい。その他の惑星だって、トップオブトップのお金持ちしか買えなかった。
その次がスペースコロニー。これはピンキリらしいけど、庶民にも手が届く値段のものも沢山あった。ロマンを求める人種には、半永久的に動くという宇宙船。それで地球に似た星を探しに行くらしい。
もう少しリーズナブルで、宇宙に出たくない人用には地下に造られた核シェルターの街。
更にリーズナブルなものは冷凍冬眠カプセル。これに入ると百年後に自動的に目覚めるらしい。
つまり。
日本ではお金がなければどうにもならない。
よそには国民ひとり残らず助けるといってがんばっている国もあるらしい。だけど日本はダメ。自助努力。政府は貧乏人を切り捨てた。
で、あたしも切り捨てられたひとりなのだ。
ずずずっとラーメンをすする。
「やっぱ豚骨は好きじゃないなあ。塩がいい」
ぴこん!と音がして、『注文します。商品名と個数をお願いします』とAIスピーカーが尋ねる。
「商品はあんたのオススメ。個数は五十」
ぴこん!『声紋認証不適合』
「だよね。そう思った」
昨晩から何度も聞かされた。だったらあたしの声に反応するなと言いたい。多分だけどこの家には幼児がいて、会話は誰でも受け付け、指示的なものは大人だけという設定にしていたのだと思う。
不適合を連発されるのはイラッとするけど、まあ、ガマンしてあげよう。きっとこの家の持ち主はずぼらでテキトー。おかげで窓を割っても鳴るような警報器はなかったし、電気も水道も止められてなかったし、カップ麺と缶詰が残されていた。
あたしの所持金は底を尽きそうなのだ。食費を浮かせられて、しかも布団で寝られるなんて素晴らしい。この家の人には爆ぜろとは言わないであげる。
ラーメンのスープを最後の一滴まで飲み干す。食べられるときに食べておかないとね。
「ごちそうさま」
ぴこん!『おそまつさまです』
「あんた何にもしてないじゃん」
AIにツッコんだとき、窓の外をゆっくりと赤い回転灯が通りすぎた。
まずい。息を潜めて様子を見る。
割った窓は二階のベランダのものだから、通りからは見えないはず。でも万が一ということもある。そっと手を伸ばしてリモコンを取るとテレビを消した。
まったくさ。あと七日で世界が終わるんだから、生きるための不法行為ぐらい見のがせっての。というかパトロールすんな。さっさと避難しちゃえばいいのに。
と、通りに警官とおばあちゃんが現れた。おばあちゃんがこっちを見ながら一生懸命に話している。
もしかしたら昨日、ガラスを割る音をあのおばあちゃんに聞かれたのかも。
ふたりは室内の私に気づいていないみたい。きっとミラーカーテンなんだな。ナイス、家主!
音を立てないように椅子から床に滑り降りる。万一に備えて靴をそばに置いていて良かった。体を低くしたままリュックを背負う。
こそっと外をのぞくと、警官が門扉を開くのが見えた。玄関の鍵はしまっている。けど、目をつけられたなら逃げないと。
ちゃんと昨日のうちに、勝手口から出ればそのまま裏道に逃げられるって確認しといたんだから。
◇◇
AIスピーカーの家を出てから運がない。まず、入り込める家がない。
「やっぱ東京なんて来るんじゃなかったかな」
世界が終わる前に一度でいいから行きたいと思って来てみたものの、女子高生に人気の店はどこも閉まっていた。ま、あたしは女子高生でもないけど。学校になんて行かせてもらえなかったから。
店は頑丈なシャッターが下ろされていて強盗できないし、開いてるお店で万引きしようとしたけど監視カメラが怖くてできなかった。
所持金はあと五十円。AIスピーカーの家から持ちだした缶詰めは残りいっこ。パイナップル。
世界が終わるまでは、あと──。
頭上の大型ビジョンの画面が変わる。マジメくさったオープニング。ニュースだ。人気のイケメンキャスターが、
「おはようございます。世界の終わりまであと一日になりました」と言う。
あいつはこの前、もう出演しないと言っていた。ということはこれはAIが作り出した映像なんだ。きっと。
あと一日なのにいまだにニュースをやっていて、ビジョンもついている。ついでに電車も動いているし、さっきは自動運転のバスが通った。ある意味、さすが日本。ギリギリまで通常運転するつもりなんだ。宇宙に出ていく船も、核シェルター街に入るためのエレベーターも今夜まで動いているらしいし。あたしには関係ないけど。
でもさすがに人も車もほとんど見ない。せっかくだから赤信号の渋谷スクランブル交差点のど真ん中に立ってみた。写真撮りたかったな。
──どうせ誰もいない、か。
「渋谷はあたしのもんだぁ──っ!!」
せっかくだから大声で叫んで見る。
うん、悪くない。このあとは原宿でやってみるか。あ、その前にハチ公をみたい。どこにあるんだろ。駅のほうかな。
くるりと向きをかえて横断歩道を渡る。
と、何かが聞こえる気がした。なんだろと足を止めて耳を澄ます。よく分からない──。
突然、背中側に気配を感じた。バッと振り返って息をのんだ。犬だ。大型犬ばかりが十匹くらい。あたしのほうに走ってくる。
何が起きてるの!?
もしかし置いてきぼりにされた犬たちかな。
なんとなく殺気を感じる。
もしかしなくても、あたしは獲物!?
逃げなきゃと走りだす。
だけど足の速さで犬に勝てるはずがない。
反撃?
そうだ、暴漢対策に包丁を持っている。
止まってリュックをおろす。
って、犬はすぐそこ。間に合わないっ!
その時、
パ──────ンッ!!
と高い音がなった。続けてまた。
犬が急旋回をして逃げて行く。
「大丈夫か」
声のほうを見ると、銃を持った男があたしのほうに歩いてくるところだった。
銃。ゴクリとツバを飲み込む。一難去ってまた一難というヤツだ。
「ああ、これ」男は手にした銃を見た。「サバイバルゲーム用のエアソフトガン。おもちゃ。犬には当ててないよ。空に向けて撃ったから。暴漢対策に持っていたんだけど、さっそく役に立ったな」
「おもちゃ?」
そう、と男。
「あんた、悪いヤツじゃない?」
男はぷっと吹き出した。
「今のところ普通の人間。極限状態に陥ったらどうなるか分からないけどな」
「そっか」
信じて良さそうな気がする。ほっと肩の力が抜ける。
「一応尋ねるけど君、避難先は?」
「ないよ」
「一緒に来るか? 俺もそう。アジトはある」
「……ヘンなことしない?」
「今のところは理性がある」
「ヘリクツが好きなんだ」
「屁理屈か?」
リュックを背負うと、よぉく男を見た。何となく聞いたことのある声のような気がする。顔も。けっこうなイケメンだ。ジーンズにパーカーという地味なカッコウが似合っている。知り合いにこんなヤツいたっけ?
「──続いてのニュースです」と大型ビジョンからイケメンキャスターの声がして、あたしは見上げた。
「あれ?」
目の前の男を見る。もう一回、キャスター。髪をきっちりセットしてきれいなおでこを出し、びしりとスーツを着ている。男は髪をおろしてラフなカッコウ。だけど、そっくりかも。
「あれ?」
「ああ、うん」と男。「あれは俺」
「え、なんで。イケメン人気キャスターならお金持ちでしょ。避難できるよね」
「まあね。金星の別荘を買ったよ」
「うわっ、すごっ」
「元々親が資産家だしさ」
「えっ、すごっ」
男は笑った。
「なんで避難しないの?」
「日本はさ、金が出せない人の対策をしなかっただろ」と男。「篤志家たちの寄付で多少は冷凍冬眠カプセルが用意されたけど、全然足りない。金のないヤツは死ねって言ってるのと同義だろ。それを知ってて金星で生き延びて、俺は幸せになれるのかなって思っちゃったんだよ。それなら世界の終わりの中で苦しむほうがマシな気がしてさ」
「分かった、あんたはバカなんだ」
アハハと男が笑う。
「勉強はめちゃくちゃできるんだぞ」
「いいね。あたしは勉強させてもらえなかった」
男は笑顔をひっこめると、あたしの頭をくしゃりと撫でた。
「知りたいことがあったら何でも教えてやる」
「ほんと?」
「本当だとも」
「ハチ公どこ?」
「ハチ公!?」
「うん。あたし東京に来るの、生まれて初めてなんだ。行きたいお店はしまってたから観光名所まわりをしてるの」
「なるほど。こっちだ」
男が進む。
「あ、あとスマホあったら写真をとってくれないかな」
「オッケー」
「おじさん、いい人だね」
「おじさん!?」
男は足を止めてすごい勢いであたしを見た。
「あ、ごめん。おにーさん」
「俺、まだ二十九なんだけど」
「あたし十七」
「十七……」顔をしかめるおにーさん。「ひとまわり下か。そりゃおじさんか」
あたしは男の背中をバンと叩いてあげた。
「だいじょうぶっ。まだまだイケるよっ」
「そりゃどうも」
「あたし美夜。おにーさんは?」
「修平」
「シュウヘイね。よろしく。さ、ハチ公行こうよ」
「そこ」
とシュウヘイが木の陰を指す。え、と見ると確かに台座にお座りしている犬の像があった。
「小っさっ!」
シュウヘイがまたアハハと笑う。
「こんなに笑うの、久しぶりだわ」
「あたしだって」
「『渋谷はあたしのもんだぁ──っ!!』は傑作だった」
「聞いてたの!?」
「聞こえたからカッコよく現れたんだよ」
「そっか。ナイス、あたし」
シュウヘイはアハハと笑いながらスマホを出して構えた。あたしはハチ公前でポーズをとろうとして、やめた。シュウヘイを引っ張って顔を寄せる。
「え、これハチ公が映るか?」
そう言って内カメラに切り替えたシュウヘイが一生懸命にスマホをあちこち動かす。やっぱりいい人だ。
「シュウヘイの最後のニュースをたまたま見たんだ。あたし『爆ぜろ』ってののしったの。シュウヘイが爆ぜてなくて良かった」
そう言うとシュウヘイは手を止めて、また頭をくしゃりとしてくれた。
◇◇
世界の終わり当日。いつもならシュウヘイのニュースがやっている時間。
あたしとシュウヘイはアジトの庭に立って、ふたりで空を見上げていた。
アジトは渋谷駅から歩いて十五分くらいの場所にある戸建住宅だった。あんなにビルがにょきにょき立っているすぐ近くに閑静な住宅街があるなんてびっくりだ。元々のシュウヘイの家は駅そばのタワマン最上階だけど、世界が終わったらきっと電気が止まってエレベーターが使えなくなるからと考えて、こっちの家も買ったんだそうだ。ムカつくくらい、お金持ち。
あたしを助けに来たときは、ちょうどタワマンからアジトに行く途中だったんだって。
お腹が減りまくっていたあたしは塩ラーメンをごちそうになって、それからたくさん話して、ゲームで対決もしてと楽しく過ごしているうちに一日が終わってしまった。
もっともっとシュウヘイと一緒にいたいなと言ったら、イケメンはソファであたしの肩を抱きながら眠ってくれた。心までイケメンだ。
満ち足りて、でも淋しい気持ちで目覚めたら、カーテンを開けたシュウヘイが声をあげた。で、あたしたちは庭に出て、空を見上げているのだ。
空にはいくつもの大きな光の爆発がある。地上でも遠くで火柱が上がっている。
「……あれってもしかして、スペースコロニーとかロケットとかかな」
「多分な」とシュウヘイ。今度は地上の彼方を見て。「火柱はどれも核シェルター街なんかがある方面だ」
「どこに逃げてもダメだったんだね」
うなずくシュウヘイ。
「次はあたしたちかな」
「どうだろう」シュウヘイは腕時計を見た。「あれに気づいてからだいぶ時間が経っている。新しい光も火柱も増えていない。一方で終わりを告げた神は世界中で同じ時刻に現れたんだ。となると『終わり』も同時刻に一斉に起こったと考えられる」
「つまり避難しなかった人は見逃したってこと?」
「あくまで推測にすぎないけど、多分。放っておいても生き延びられないと考えているのかもしれないしな」
ふうんと言ってシュウヘイの顔を見る。「これからどうする?」
シュウヘイがあたしを見る。「マンガなんかだったら生き延びた仲間を探しに行く展開だ」
「そうなんだ」
もやっとする。あたしはそれはイヤみたいだ。
「でも」とシュウヘイ。「俺はミヤと二人きりがいい。楽しいから」
「あたしも!」
嬉しくなってシュウヘイの手を取りつなぐ。
「よし。じゃあ朝ごはんでも食うか」
「賛成」
シュウヘイの手がもぞもぞと動いて恋人繋ぎになった。
「理性が持たなくなったら、悪い」とシュウヘイ。
「がんばれ。いい大人でしょ」
「いい大人だけど、恋は人を狂わせるものなのだ」
「意味わかんない」
あたしたちは笑いながらアジトの中に入った。
《pixiv》




