最後の微笑み 《SF》
《あらすじ》
疫病により絶滅の危機に瀕した人類は、疫病に罹らない吸血鬼たちに特効薬の開発を頼み、冷凍睡眠装置に入った。
それから三百年。特効薬は完成しておらず、世界は吸血鬼のものとなっている。人間の血が手に入らない彼らは代替血を食糧としている。現在の吸血鬼は、元から存在する《オリジナル》と、オリジナルから進化したと言われる《新世代》の二種類がいるのだが、オリジナルは代替血を不味いと嘆き、新世代は代替血もそれを含んだ新しい食糧も好んでいるのだった。
新世代のアオエが、人類についての本を読んでいると恋人の陽炎が声をかけてくる。陽炎はオリジナルで、アオエとは食糧の好みが合わない。だがアオエが「人間の血を飲んでみたい」と言ったことで、彼に人間の血を提供することを決めた。
陽炎はオリジナルの中でも地位があり、人間の冷凍睡眠装置維持や特効薬研究に携わっているのだ。
彼女はアオエを《施設》に連れていく。無人のそこには死んだ吸血鬼の成れの果ての灰が山とある。実は装置で眠る人間を狙った吸血鬼の一部が蜂起したことがあり、灰は彼らだと陽炎は説明する。そしてその騒動の時に多くの人間も死んだという。
そうして陽炎は現存する最後の人間、ミシェルをアオエに見せる。ミシェルの存在を知っているのは陽炎だけ。生かさず殺さず、眠らせたまま月に一度採血し、彼女はひとりで本物の血を楽しんできたのだ。それをアオエにも分けると言い、アオエは喜ぶ。
陽炎はミシェルを起こし噛みつき、吸血する。次にアオエ。存分に満足したふたりはミシェルを再び冷凍睡眠させる。
だがその時アオエは苦しみ始め、吐血する。新世代には本物の血が合わなかったのか、己の血も吐き続けて死亡。灰になる。恋人を失った陽炎はショックのあまり、自ら胸に木の杭を打ち込み絶叫する。
冷凍睡眠装置の中、朦朧とした意識の中でミシェルは陽炎たちが死んだようだと安堵し、次に目覚めたときはきっと特効薬ができたときだろうと夢想して微笑む。
そうして人類は永遠の眠りについた。
そうして人類は冷凍睡眠装置に入り、永い眠りについた。いつの日か特効薬が完成し、人口を一千万にまで減らした脅威の伝染病に打ち勝つ日を夢見ながら。
アオエはその文を口に出して読むと、ぱたりと本を閉じて膝の上に置いた。
「人間って、ずいぶん自分勝手だ」
不満そうに口を尖らせている。彼はまだたったの112歳。生まれたのは人類を滅亡させかけたパンデミックのあとだ。生きている人間なぞ見たことがない。
「仕方ないよ。彼らの力ではどうにもならなかったんだから」
アオエに答えたのは恋人の陽炎かげろう。見た目はアオエと変わらない年齢に見えるが、実際は四倍の歳だ。パンデミック前から生きている。
陽炎はレトロなワンピースの裾をひらひらさせながらアオエの座るリクライニングチェアに歩み寄ると、彼が閉じたばかりの本、『人類の危機と我ら吸血鬼の存亡について』を取り上げた。
「なんでこんな古い本を読んでいるの」
「宿題かな。できたら読んでおいてって言われた」とアオエ。
「大学で?」
「いや。インターン先」
「何の会社だったっけ」
「食品会社」
「なるほどねえ」
陽炎はアオエの向かいに座り、本を開いた。ゆっくりとページを繰りながら
「懐かしい」と呟く。
「何が」
「冷凍睡眠装置。この写真のは初期型だもん」
「へえ」
アオエは興味なさそうな返事をして、テーブルに置かれたカップを取った。中身はドリップコーヒー。インターン先の会社の新商品だ。温かいそれを、こくりとひと口飲む。
「お、これ美味しい」
その声に陽炎は目を上げてアオエを見た。
「コーヒーの香りと血の香りがうまくミックスしている」
「年寄りからしたらゲテモノだよ」と陽炎は苦笑した。
「《オリジナル》たちは可哀想」とアオエ。
「可哀想?」
《オリジナル》である陽炎はおうむ返しに訊く。
「なまじ本物の血の味を知ってるから、代替血に満足できない。本物の血が飲めなくなってから三百年も経つのにさ」
「……なるほどね」
陽炎は本をそっと閉じて、窓の外に目をやった。
街の様子は人類が眠りにつく前とあまり変わっていない。街だけじゃない。家の中も、生活様式もだ。科学の進歩というものがあまりなかったせいだ。
三百年前、突如流行した疫病に人類はなすすべがなかった。強い感染力に高い致死率。病気の研究も特効薬の開発も間に合わず、社会は破綻をきたした。
これに危機感を抱いたのが吸血鬼たちだった。それまでは人類に狩られないようひっそり生きてきた彼らだったが、唯一の食糧である人間の血が手に入らなくなっては自分たちの存亡に関わる。ゆえに数名の勇気ある吸血鬼が己の正体を明かした上で、人類に交渉を持ちかけたのだ。
『疫病の研究は我ら吸血鬼に任せ、人間は冷凍睡眠装置に入って命を守れ』と。
勿論のこと人類は断った。寝ているすきに血を飲む魂胆だろうと言って。だが議論している傍らで、人間だけがばったばったと病に倒れて死んでいく。一方で吸血鬼は罹患しないだけでなく、人間の血を飲めばその者の感染の有無が分かった。
結局、人類は吸血鬼の提案を受け入れ、希望と若干の恐怖を胸に眠りについたのだった。
だが今現在、特効薬は出来上がっていない。全世界の吸血鬼たちが一致団結して研究したにも関わらず、病の解明ができなかったのだ。食糧にしていた輸血パックの底がつき始めるころ、彼らは方針を変えた。
その結果が人工的に作り出した代替血だった。
「代替血ってすごいよな」アオエは顔の前でカップを軽くゆすり、その香りを楽しんでいる。「吸血鬼を進化させたんだから。陽炎がなんで嫌うのか、ちっとも分からないよ」
陽炎はアオエの言葉には答えず、本の表紙を撫でた。
彼の言うとおり、新しい食糧は吸血鬼を進化させた。本来の吸血鬼――今では《オリジナル》と呼ばれている――は子孫を残すことができない。可能なのは、血を吸った人間を同族にすることだけ。そうして吸血鬼人口を保ってきたのだ。
だけど代替血を食糧にするようになった吸血鬼の一部は生殖によって子孫を残せるようになり、直射日光に当たっても灰にならず、代替血が混ざっていれば人間が好んだ食べ物を美味しく食べられるようになった。――『人類の危機と我ら吸血鬼の存亡について』にそう書いてあるし、学校でも習う。
進化を遂げた新世代吸血鬼は爆発的に増え、人類のための研究よりも、代替血の安定供給や新食糧開発に力を入れるようになったのだった。
「だけど」とアオエはカップ越しに陽炎を見た。「ちょっと気にはなる」
「何が」
「人間の血。どれほど美味しいのか」
僅かに開いたアオエの口から、ちらりと犬歯が見える。新世代吸血鬼のそれはオリジナルよりも小さい。
「こればっかりは本物を飲むしかないね。最高なのは人間に牙を立てて直接、だよ。生き血が一番美味しい」
「いつか飲んでみたい」
陽炎はそう、と答えると立ち上がった。
「私の可愛い恋人」うっすらと微笑む陽炎。「こんなおばあちゃんと交際してくれる吸血鬼なんてアオエだけだよ」
「陽炎が好きだからな」
「でもオリジナルである私は子を産むことはできない」
「陽炎がいれば十分だ」
「アオエは本当に可愛い。――ついておいで。人間を見せてあげる」
「いいの?」
「特別。内緒ね」
陽炎は人類に交渉した吸血鬼のひとりだった。病の研究と冷凍睡眠装置に入った人類の管理、両方に携わっている。アオエはそのことを知っていたが、彼女が部外者の自分を簡単に招けるほど責任ある立場だとは知らなかった。しかもどちらの施設もトップシークレット扱いで、一般市民はどこにあるのかすら知らされていない。
思わぬ展開に心浮き立つアオエだった。
◇◇
陽炎の見た目は人間で例えれば、16歳くらいの少女だ。小柄で華奢。オリジナルたちは吸血鬼になったときに成長が止まる。だから外見はその人を判断する基準にはならないのだが、それにしても陽炎はこの世界の幹部には見えない、とアオエは思うのだった。
彼の愛しい恋人は自宅を出た10分後には《施設》に彼を招き入れていた。途中に警備も職員もいない。陽炎が数回、生体認証でロックを解除しただけだ。一見簡単に見える入場だが、それは陽炎が重要な幹部だからスムーズに済んだのだ。
そう気がついて、アオエは改めて恋人を尊敬する。彼の両親はオリジナルとの交際に反対だった。説得が成功しなかったアオエが選んだのは、両親と縁を切ることだった。
陽炎とアオエが最初に入った部屋には、人ひとりが入れそうな透明の筒型の容器が無数に並んでいた。だが全て空だ。
「これは何」と尋ねるアオエ。「冷凍睡眠装置?」
「クローン培養器」
「は? え?」
陽炎の答えにアオエは混乱して、足を止めた。クローンという言葉は知っている。食肉産業では普通に使っている。だがここのケースのサイズはどう見ても人用だ。
陽炎も足を止めると恋人を見上げた。
「ここで人間を培養していたの。輸血パックが底をつきそうになって最初にしたのは、代替血の開発じゃない。人間を増やすこと。その方が簡単だからね」
「……そんなことは習っていない」
「全ての真実を明らかにする必要がある? 不利益になることは伏せておきたいでしょ」
不利益、と呟いたアオエはぐるりと部屋を見渡した。
「ここは培養ルームのひとつ。他にもたくさんあるよ」と陽炎。
「いや、何で空なのかな、って」
「ああ。やってみてから分かったんだけど、同じ個体から無数にクローンが作れる訳じゃなかったの。回を重ねるほど粗悪品になってね。血もまずくなったから、それで代替血を開発することになったんだよ」
「クローンを交配させれば良かった」
「培養液から出すとすぐに病気になったの。吸血鬼わたしたちには分からないけど、この世界には人間にとって危険なウイルスがうじゃうじゃしているみたい」
「代替血を作るほうが楽だった?」
「そういうこと」
行こう、と促して足を進める陽炎。
「本では『人類は冷凍睡眠装置に入った』の一言で済ませているけど、実際は大変だったよ。全人類分の装置はなかったから各地で使用権を巡って殺し合いが起きたし、無事に装置に入っても、入れなかった人間が装置を破壊したりしたの。
で、結局無事だった人間と吸血鬼の数は同じくらい。しかも無事な人間の中には疫病に罹患しているヤツもいたから、私たちは圧倒的に食糧不足だった」
「ふうん。習っていることと全然違う」とアオエ。「――それよりもここ、無人なのか? 人の気配がないけど」
「そう」
「研究施設は別?」
「ここだよ」
陽炎はアオエを見てにっこりとする。
ということはつまり研究はもうされていないということか、とアオエは考える。人間の血を飲む夢は叶いそうにもない。
ふたりは施設の中を進む。次の部屋も、その次の部屋も空の培養カプセルが並んでいる。
「実を言えば、もうひとつ大きな嘘がある」と陽炎。「知りたい?」
「ああ」
「君の世界が崩壊するかもしれないけど」
「構わない」
アオエはそう答えて陽炎の手を握りしめた。新吸血鬼から見れば、親兄弟がいないオリジナルは孤独だった。しかも彼らは仲間と親しくしている様子もない。陽炎は特にそうで、それがアオエが彼女に惹かれた理由のひとつでもあった。
「新世代がオリジナル吸血鬼から進化したというのは、大嘘。人間のクローンを私たちが吸血鬼にしたの。そうしたら新種になったんだ。理由は不明。疫病のせいなのかクローンを繰り返していたせいなのか、神様のいたずらか」
予想だにしなかった陽炎の言葉を、アオエはゆっくりと考えた。
嘘と真実に、差があるだろうか? 吸血鬼自身が進化したか、吸血鬼が産み出したものが新種だったか。そこには大差はない。
彼はそう結論づけて、世界が崩壊するほどの嘘ではないと考えた。むしろ気になるのは――
「どうしてクローンを吸血鬼にしたんだ」
アオエの質問に陽炎はちらりと視線を寄越し、繋いだ手に力を込めた。
「労働力が必要だったの。ある程度はオートメーション化しているけど全てではないから。なのに吸血鬼も半減してしまったから、クローン吸血鬼を作ったんだ」
「俺たちは労働力として生まれたのか」
「最初はね。でも今は新吸血鬼のほうが圧倒的に多い。世界は新世代のものだよ。――気を悪くしたかな」
アオエは考える。第一世代だったら腹を立てたかもしれない。だけどアオエは第三世代だった。確かに陽炎の言うとおり、今の社会で活躍しているのは新世代がほとんどだ。
「大丈夫。それよりどうして半減したんだ」
尋ねながら次の部屋に足を踏み入れたアオエは、並ぶカプセルの間に、この場に似つかわしくないもの――灰の山を見つけて瞬いた。
「……灰? まさか」
そう、と頷く陽炎。
「あれが減ったオリジナルたち。片付けるのが面倒でそのままにしてる」
「何で。この施設で君たちにも疫病が流行ったのか」
「違うよ。輸血パックもクローンも底をついて、代替血はまずいとなったらどうなる?」
「……眠っている人間を欲しがったのか」
「そ。一部の吸血鬼が蜂起してね。守る側とで結構激しい戦いになったよ」
「陽炎が無事で良かった」
アオエの言葉に陽炎は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私はこう見えて、真祖の一族だから強いんだよ」
「真祖って?」
「オリジナルの中でも源流なの」
「俺の恋人、カッコよすぎる」
「ありがと。でもねえ。その騒動で人間も激減。装置から出されて血を飲み干されたり、病気で死んだり、まあ、色々と。研究も中止になって、施設はこの通りに無人。今は私が残った人類の管理をしているだけ」
なるほどとアオエは頷く。
次にふたりが入った部屋にカプセルはなかった。陽炎が『ここはクリーンルーム』と説明する。人間の保管室に入る前には、体についているありとあらゆる菌を落とさなければならない。アオエには感知できない殺菌用光線やら、むせ返るような消毒の噴霧を浴びる。
それを終えて進んだ先で、アオエは戸惑った。小さな部屋の真ん中に、横たわるカプセルがひとつ。
「今残っている人類は、このひとりだけ」
陽炎の声ががらんとした部屋に響く。
「……もっといるのかと思っていた」
「残念ながら」と陽炎。
ふたりはカプセルに歩み寄った。上半分は透明で中の様子が見える。
「私のとっておき、ミシェルよ」
アオエは更に近づき、中を覗きこむ。《ミシェル》は男性だった。目を閉じている。自分と変わらない年齢に見えるが実際にどのくらいなのか、人間についての知識がない彼には分からなかった。
ミシェルは袖のない服を着て、両腕は体の脇で掌を上にして伸ばされていた。その腕には無数の小さい赤い点がある。
「これは疫病の印か」
「注射針のあと。ここの」と陽炎はカプセルについた操作盤を指差した。「これを押すとね、カプセルの中で自動で採血をしてくれる」
にっこりと陽炎。
「採血……」
アオエは人間を見た。未知の何かが腹の底からせりあがってくるのを感じた。
「人類がここに保管されていることを知っているオリジナルは他にはいない。みんな私が排除した。ミシェルは私だけの食糧よ。死なないように調節しながら月に一度だけ、血を飲むの。アオエも飲みたい?」
アオエの喉がごくりと鳴った。未知の何かが飢餓だと気づく。
「飲みたい」と答える声が欲に掠れた。
微笑む陽炎。
「これからはアオエと私、ふたりのミシェルね。生かさず殺さず、永遠に楽しもう」
陽炎はそう言って指を伸ばした。が、そこで動きを止めた。
「せっかくだから、最初の食事は最高のものにしようか」
彼女は指を僅かに移動させて、当初とは違う操作をした。プシュッとカプセルから音が漏れる。
「陽炎?」
陽炎は恋人を見て微笑む。アオエはこれから起こるだろうことを予測し、期待と飢餓が高まる。自分の中に吸血鬼の本能があることに驚くアオエだった。
しばらく待つと透明部分が頭のほうを軸にして開いた。ミシェルの瞼がゆっくりと持ち上がる。青い瞳が焦点が合わずに揺れている。
「ミシェル」陽炎が囁く。「さあ、起きて。食事の時間よ」
「……しょ……」
ミシェルの唇がかすかに動き、声のようなものが漏れる。
「そう、食事。とても大事なね」
身動ぎをするミシェルを陽炎が手伝い、半身を起こす。人間はゆっくりと顔を動かし、ふたりの吸血鬼を順に見た。
「……特効薬……」とその口からかすれた声がこぼれる。
「もう少しで完成よ。でもその前に食事の時間」
陽炎は言い終えるか終えないかのうちに、ミシェルの両肩を掴み右の首筋に噛みついた。噛みつかれたほうの口から短い悲鳴が上がり、陽炎からはごくごくと喉を鳴らして飲み込む音がする。
アオエは己が高ぶっていることを自覚する。早く、早くそれを自分も飲みたい……。
思わず陽炎に手を伸ばした瞬間、彼女は頭を上げて振り返った。口の端しから赤い血が垂れ、恍惚としている。
「さあ、アオエも」
言われる前に彼はミシェルの肩を掴んでいた。食糧は青ざめ恐怖の表情を浮かべている。それがアオエの欲望を煽った。夢中で首に噛みつく。牙が獲物の肉をずぶりと穿ち、血が、代替血なぞとは比べものにならないほどに豊潤で濃厚な血が口の中に流れてくる。
アオエは我を忘れて血をむさぼった。
そんなアオエの髪を指ですくいながら、満足げな顔をする陽炎。彼女は自分より三百歳も年下の彼を心底愛していた。長い人生の中で、他人を愛しいと思うのも、自分の食糧を分けてやりたいと考えるのも初めてだった。
「アオエ。そのへんで終わりにして。ミシェルが死んでしまう。アオエ」
食糧にしがみついているアオエを、陽炎は無理やり離す。力は新世代の彼よりオリジナルの陽炎のほうが強い。ようやく離れたアオエの口の周りは血まみれだった。
「素敵でしょ? 本物の血も、直飲みも」
陽炎はそう言って恍惚としている恋人の口の周りを舐める。
「ああ……。君の気持ちがようやく分かった。代替血は血じゃない」
「でしょう?」
陽炎はミシェルを見る。彼は蒼白な顔でカプセルに倒れていた。半目になっているが意識はありそうだった。それを彼女は元どおりの体勢に直す。
「飲み過ぎてしまったから増血剤を多めに投与しないと」操作盤で指示を出す。「念のために来月の採血はやめにしよう。次は再来月。アオエ。残念だけど直飲みは今回だけね。何がミシェルの死因になるか分からないから、装置から出すのは危険なの。生かさず殺さず。彼には永遠に眠っていてもらうのが一番」
カプセルの蓋がゆっくり下がってくる。
それを見ながら陽炎はアオエに手を伸ばす。と、彼は突然腹を抱えてくの字に体を折った。息が荒く額からは汗がだらだらと垂れている。
「アオエ! どうしたの!」
「腹……痛い……飲みなれないからかな……」
途切れ途切れに答えたアオエだったが、次の瞬間床に倒れ、口から大量の血を吐き出した。
「アオエ!」
陽炎は恋人の傍らに跪き、その背を撫でる。だけどアオエの吐血は止まらない。
これは飲んだ以上に吐いている。
すぐに陽炎はそう気が付いたが、その時にはもうアオエの脈は弱くなっていた。新世代に本物の血は毒だったのか、単に体が受け付けなかったのかは分からない。ただ確実にアオエは死にかけていた。
陽炎は恋人を抱き上げ、出口に向かおうとする。だけど彼女の腕の中でアオエは灰になり、空中に舞った。
陽炎はふらふらと部屋の中央に戻る。カプセルの元に以前同胞に使った武器がひとつ、残っている。陽炎はそれ、木の杭を両手に持つと己の胸に突き立てた。絶叫が部屋に響き渡る。
その声は冷凍睡眠装置の中で眠りにつこうとしていたミシェルの耳にも届いていた。薄れゆく意識の中彼は、化け物が死んだようだ、と思い喜ぶ。自ら復讐を果たしたことには気づけなかったが、彼は満足だった。次に目覚めるときはきっと、特効薬ができているだろう。どこにいるのかは分からないが、共に装置に入った仲間に今日の悪夢を語って聞かせよう――。
その時が楽しみだ、とミシェルは微笑む。
そうして人類は永遠の眠りについた。
《pixiv》
さなコン2(2022)応募作品




