09.魔力を極めた者たち
エノンたちの前に突如として姿を現したトリムとマニル。その濃縮された魔力の気配と鍛えあげられた肉体は、ジエンほどでは無いにせよ、二人が優れた戦士であることを物語っていた。
この状況で戦いを続ければ、リアナが無事で済まないことは明白だった。
「ハルファス! リアナを連れて逃げろ!」
エノンの指示を受け、すぐにハルファスは戦線から身を引く。そのままリアナを抱きかかえると、ハルファスは加速し夜の闇へと消えていった。
「追え、トリム。マニルはエルフをやれ」
屈強な男がハルファスを追いかけようとする。
「させるかよ」
手を銃のハンドサインにして狙いを定めたエノンは、トリム目掛けて魔力弾を発射しようとする。それを再びジエンが撃ち落とす。
「言ったはずだ! お前の相手は俺だ!」
「ああ……! 邪魔なんだよさっきから! お前を先に片づけるのが手っ取り早そうだな」
ついに一対一に持ち込まれたエノンは、一気に魔力を濃縮させ攻撃の準備を整えた。
「お望み通り展開してやるよ、大気魔法陣をな……!」
「おお! ようやくその気になってくれたか!」
エノンは体から濃縮した魔力を放出する。放出された魔力は霧のように辺りへ散る。拡散した魔力の霧はやがて濃度が薄れ消え去ってしまうが、エノンが大気中の魔力を操作すれば再び可視化された。
だが可視化された魔力は先ほどのような霧状ではなかった。空中へ浮かぶ無数の幾何学模様、魔術を行使する際に体内や床や壁に描くする魔法陣だ。エノンは大気中の魔力濃度を操ることで、それを大気中に描いたのだ。足りない魔力は自身から放出した魔力で補っている。
エノンが開発した最強の魔術の一つ『大気魔法陣』の完成だ。
「これが……大気魔法陣! 素晴らしい! まさかこの目で現物を目にする日が来るとは!」
エノンの大気魔法陣を目にし一層上機嫌になるジエン。そんなジエンをよそに、エノンはすぐさま攻撃を開始する。
大気魔法陣の最大の利点は本来ならば一つずつしか扱うことのできない魔術を複数同時に扱えることだ。それもエノンのような様々な魔術を扱える魔術師ならその効果は大きくなる。
エノンは魔法陣を活性化させるとジエンに対し無数の魔術を発動する。火炎弾を発射する魔術、放水の魔術、突風の魔術、雷撃の魔術、闇の魔術……他にも様々な魔術を放つ、威力も絶大だ。一つでも対処を誤れば致命傷になることは間違いない。
「フン!」
ジエンはその場から飛び上がると、自身の両足に魔力を集約させた。するとジエンの両足は火属性の魔術によって燃え上がった。
するとジエンは、まるでエノンの放った魔術の上を走るように移動し始める。
「魔乗歩か……厄介な技を使うな」
「その通り! 武を極めるなら必須の技だ」
魔乗歩はその名の通り魔力の上を移動する特殊な歩方だ。脚部に魔力を集約させ、脚部が魔術に触れる瞬間、それと同等の魔力を放出し相殺することで魔術の上を歩くように移動することができる。
魔力によって身体強化を行う炎揮の使い手であるジエンであれば、なおのことその精度は高い。
「直線状の魔術なら側面は魔乗歩を行うのに都合のいい床になってしまうな……なら!」
エノンは無数に生成していた大気魔法陣を二つの大きな大気魔法陣に作り替えると、それをジエンの左右に配置した。
魔法陣から高速の雷撃が放たれる、魔法陣の変形から魔術の発動までに一秒も要していない。エノンが最も得意とする雷属性の魔術だからだ。
「くっ……」
流石のジエンもこれには命中してしまう。魔乗歩で空間を縦横無尽飛び回っていたジエンは地面へと叩き落される。しかし、思ったよりダメージが入っている様子が無い。雷撃が命中する直前に炎揮の魔力操作で雷撃によるダメージを最小限にしたのだ。
「魔力放出で勢いを殺してもこの威力……流石だな」
「お前は予想以上に魔力の扱いが上手いな。敵として相まみえているのが残念だよ」
エノンとジエンの間に火花が散る。この戦いの決着は、まだまだ着きそうにない。
決着の着かない戦闘回ってどう締めたらいいのかわからんな。