出撃:辰(たつ)の場合
「ふむ、まあ参考になれば良いが」
腕を組み、辰は卯を見下ろした。
「それなりに其方には実力があると、周囲は褒めていたぞ」
くる、と向きを変え
「向上心があるのは良い事だ」
辰は外に出るためのゲートを開いた。
×
そこは、とても静かな世界だった。
朱く塗られた柱と、漆喰の真っ白い壁。 黒い瓦の木造の建物が立ち並ぶ霧の深い街は、人が居なかった。
柱の露出した、独特な建築様式の建物達はかなり古びている。
漆喰の壁はひび割れ、編まれた竹の土台が露出し、柱の塗装は所々剥げている。 凸凹の石畳の隙間からはススキやエノコログサが生え、長い間手入れがされていないようだ。
「……ここは?」
「なに。 ただの、儂が守っていた街だ」
「……守って、いた?」
「儂が邪神になってから、この有様よ」
長い白銀の髪を靡かせる辰の顔は、雑面に隠れて分からなかった。
「一先ず、其方にこの世界の一部を見せたかった」
戸惑う卯に辰は言う。
「目的地まで歩くが、構わないか」
卯は頷く。
「移動がてら、昔話をしよう」
×
辰は昔、守り神として街で祀られていたらしい。 しかし、ある日突然、侵略者がやってきて街の教育機関を乗っ取り、言い伝えを妖精達に都合がいいように捻じ曲げられたそうだ。
そうして、徐々に守り神は辰から妖精へ、辰は守り神から邪神へ、転向されていったのだそう。
信仰するもの達が居なくなるにつれ、辰の力も段々と弱まっていった。
「以前は儂を護衛するモノ達が多数居てな」
その内、辰が力を失くすのに伴い、力を与えられずにただの生き物に成り下がったモノ、辰を護ろうとして殺されてしまったモノ、いつの間にか消えてしまったモノが数多く居たのだという。
「良き神で無くなってしまっても尚、儂を慕い、共に居てくれるのが巳だだ1匹だけなのだ」
愛い奴だろう、と辰は嬉しそうに笑っていた。
×
先程までいた街から離れると、賑わいのある通りに出た。 霧は晴れたが小雨が降っており、地面は泥濘んでいる。
「扨、始めようか」
辰は面の形状を雑面から他のモノ達と同じような形状に変化させ、黒い物体を取り出した。
「あのモノにするか」
そう言って定めた相手は何かに苛立っている狼の獣人だった。
「お前の『穢れ』を使わせてもらおう!」
黒い物体を依り代に向けると、黒い物体は依り代から『穢れ』を吸い上げる。
『穢れ』を吸い上げられた依り代は倒れ、異変に気付いた周囲はパニックに陥る。 その様子を見て辰は
「愉快だな」
そう、くつくつと喉の奥で嗤った。
腰に刺した柳葉刀を抜き、黒い物体と重ねる。 黒い物体と一体化した柳葉刀を辰が振るうと、周囲の建物が風圧で破壊された。
「怒りの感情は、他の感情より強い力を与えてくれる」
辰は更に周囲を破壊する。 と、
「よくも、そんな酷い事が出来るわね!」
魔法少女達が現れたようだ。
「ふむ、来たか」
すっと静かに感情を鎮め、辰は独り言つた。
×
辰は周囲を破壊しながら魔法少女達と戦う。 下位戦闘員もバケモノも使わず、1人で複数の魔法少女達を相手取った。
「うぐっ」
攻撃を仕掛けた魔法少女を1人捕まえ、壁に押さえつける。
「弱い、な」
辰はつまらなそうに溜息を吐く。
「そろそろ終わりにするか」
辰が得物を魔法少女に振りかぶったその時、放つ禍々しい気配が少し薄まった。
「……時間切れ、か」
魔法少女に当たる直前で手を止めた辰は、つまらなそうに得物に纏わせた魔力を振り払い、
「今回はこのくらいにしておく」
そう告げ、周囲に散らばった魔法少女の粉を瓶に集める。
「……まあまあだな」
集まったキラキラは鈍い色をしているものの、瓶の2つ分の量だった。
×
「辰っちはねぇ、『仮の面』に居てもらってる側だから、やり方は全部任せてるんだよねん」
子は卯に言う。
「どっちにしろ集まってるし、魔法少女達がいるから破壊された世界は元通りになるよん」
瓶を棚に並べながら
「とどめを刺そうとしてるのは、ある意味パフォーマンスだから、深く考えなくていいんだよん」
卯を安心させるように優しい声色で子は告げた。 本当に、演技だったのだろうか。
「『穢れ』を纏わせるなんて、どうやって思い付いたんだろうねん」