出撃:丑(うし)の場合
「……まあ、参考になればいいが」
丑は卯の方を見た。 だが、体格差がかなり大きい為に、卯は丑に見下ろされている状態になっていた。
「俺とお前だと体格や持っている能力が違うから戦い方も違ったものになる筈だ」
丑は虚空から取り出した武器を少し振り回して調子を確認し、大丈夫そうだと目を細め
「何れにせよ、色々見るのは良い事だ」
丑は白銀に鈍く輝く鍵を鍵穴に挿し込む。 彼が大きいために、大きめのはずの鍵が、普通の大きさの鍵に見えた。 捻るとカシャン、と軽い金属音が響き、外に出るためのゲートが開かれる。
×
そこは、暗く冷たい世界だった。 静かに大振りな雪が降り続け、ゆっくり積もっていく。
「相変わらず寒くて暗い」
白い息を吐き、丑は無表情に呟いた。
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卯は丑の様子を観察する。 普段は子に肩や背中に乗られて、足代わりにされているが、一体どのような戦闘を行うのだろうか。
「(やっぱり、さっき振り回してた武器を使うのかしら)」
彼は体格が良く、戦闘後で疲れたり、傷付いたりした仲間達を、組織内の医療施設に運ぶ姿をよく見かけるので、見た目通りに筋力はあるはずだ。
そういえば、届いた荷物を子の研究所、卯の情報棟、午の食事処、酉の研究室に運ぶ姿も見かけたことがあるような。 辰巳の娯楽施設、戌亥の医療区画にも何か大きな機材を運ぶ姿を見た事もある。
「(……もしかして、ものを運ぶのが好きなのかしら)」
凍えそうだとばかりにぷるぷる震える『ねこ』を温めながら卯は思った。
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丑は背が高く、体格もしっかりした偉丈夫だ。 短く切った髪は大抵根元は黒っぽく、先に行くに連れて白くなる、不思議な色合いをしている。
付けている仮面は縦半分隠れたものに目元のみ隠すものを足したような形状で、顳顬の辺りから角が生えている。
因みに、その下には本人自身の角が生えているので、仮面の角は恐らく自身の角を守る為のものだと思われる。
話によると、以前居た組織で牛と『穢れ』を混ぜられたそうで、元々は普通の人間だったらしい。 その組織は子、寅が所属していた組織と同じで、丑と寅は子の部下だったそうだ。
「あんなゴミのような組織は消えて良かったと、心底思っているが」
丑は無表情のままで言った。
「一応、子と寅に出会えた事だけは感謝している」
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暗く冷たい世界には、街があった。 暖かい色の灯った家が並び、その中では楽しそうに談笑する家族の様な者達が見える。
「この世界には二面性が有る」
丑は言う。
「ここだけを見ていると、とても暖かく、幸せな世界なのだろう、と思えてしまう」
だが、と丑は暖かい家達を通り抜け、暗く雪の積もった細い路に入った。
「見ろ。 あの暖かい場所とは程遠いだろう」
すえた臭いに思わず顔を顰めた。 細い路地の奥で、申し訳程度の服を纏ったもの達が身を寄せ合っているのが見える。 そしてそれらは、暗く、恨めしそうな瞳で此方を睨んだ。
「俺は、見向きもされない場所から、依り代を見つける」
丑は黒い物体を複数取り出す。
「何もしないよりは、バケモノになって浄化されてもらう方が長く命が保つからな」
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魔法少女達との戦闘が終わった。
浄化されたもの達は、魔法少女達の手によって、病院や、然るべき施設に送られた様だった。
なるほど。 何もしなければ細い路地の人達は凍死や餓死は免れないが、一度依り代になってしまえば、研究所対象として多少は優遇された生活が送れるようになる、ということか。
丑の魔法少女達との戦い方は、卯にとっては奇妙に映った。
丑は魔法少女達に攻撃を仕掛けず、話しかける事もせず、ただバケモノが魔法少女達に浄化されるのを見届けているだけだった。
それについて丑に問うと、
「この世界の魔法少女達はかなり弱い」
そう言った。 もしかすると、正の魔力が少ない所為かな、と、子の世界で知った事を思い出し卯は考えた。
「俺が少し手を当てただけで、かなり遠くに吹っ飛ぶ」
だから、この世界では戦えないのだと。
「あと数年経てば、この世界でも俺と戦えるほどの強い魔法少女が生まれるだろうから、それまでの辛抱だ」
きっとその頃には、この暗く寒すぎる世界も明るく、暖かくなっていくのだろうと、卯は思った。
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「……結局、出撃は見られたけれど」
卯は考える。 丑ではなく、下位戦闘員や怪物の戦う姿しか見られなかった。
「『下位戦闘員だけを扱う戦い方』が学べて良かったでしょ?」
横から割ってきた子をちらと見て
「そうね。 私の苦手を克服できそうな気がする」
卯は溜息を吐いた。