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白い死神。


『No.509が関わるとその被験者は死ぬ』


そんな噂が流れているらしい。俺の髪が白く、白い顔に白衣を着ている事から、『白い死神』と呼ばれているらしい。

「オマエ、良いのか? 勝手に色々と言われているが」

「別に構わない。噂に踊らされる方が愚かだ」

「……まぁ、オマエならそういうと思っていたが」

溜息を吐き、No.610は言う。

「仕事が来なくなっても良いのか?」

「寄越す奴は噂も関係無く寄越すから問題ない」

「だろうな」


『No.509。今日から___の担当に就け』


異動のメッセージが届いた。


端末を操作し、メッセージを閉じる。唐突な指令は、いつもの事だ。手続きが滞らないよう、異動の準備を始める。


×


「___。今日から新しいオマエの担当だ」

No.610に連れられた先で、被験者と顔合わせをした。

「……!」

被験者は俺が例の『白い死神』だと気付いたらしく、顔を蒼白にしていた。体格や顔で怖がられる事はよくあったが、ここまで怯えられる事は無かったような気がする。

「安心しろ、噂は噂だ」

と、No.610が___に話しかけていた。

少し、申し訳ない感情……いや、実験に支障が出ることもあるのだと、何となく呆れに近い感情を感じた。


×


特に大きな問題は無く実験は滞り無く終了した。

「——実験終了だ。……お疲れ様」

そう、___に声をかけると___は顔を強張らせ、びくりと硬直する。

「……あまり気にするなよ?」

___に薬品を投与しながら、No.610は俺に声をかける。

「気にしてはいない。ただ、実験に影響が出そうだと思っただけだ」

それを首を振って否定し、

「次の実験までは休眠だな」

と、___を水槽に入れているNo.610に確認を取る。

「……あぁ。ゆっくり休め」

No.610の言葉に、___は安心したように笑った。

……言葉だけで、相手に安心を与えるのはすごい事だ。


「……安らかな顔をしているな」

目を細め、No.610は明日投与する薬剤のリストの付箋を水槽に貼り付けた。

「……そうだな」

安らかも何も、ただ筋肉が緩んでいるだけだと思うが。そう思いながら、表情の動かない現在の担当生物(No.408)のことを思い出した。


×


___が死んだ。


休眠装置の生命維持用の機器が外されており、アイツは栄養不足で活動を停止したらしい。せめてもの救いは、寝ている間に死んだ事だろうか。暴れた形跡は無かった。


「……残念だったな」

「仕方無いだろう。結果が芳しくなかったと聞いた」

暗い顔のNo.610にそう返した。仕方の無い話だ。


この組織は、結果が全てなのだから。


×


『___の担当に就け』


新たな指令が届く。No.408の世話をしながら、色々な実験の補助や監視監督として被験者達を見ていく。


「___。今日から新しいオマエの担当だ」


同じ台詞をNo.610が被験者に伝える。噂で顔を引き攣らせる被験者を放置し、実験を開始する。


「——実験終了だ」

資料に目を通し、俺はファイルを閉じた。

「ゆっくり休め。安らかにな」

No.610が労りの声をかける。

休眠装置に入れられる被験者を眺めながら、___の明日の予定が組まれているのを確認し、俺は内心で少し安心に似た感情を感じた。


×


___が死んだ。


「……過度なアレルギー反応を起こしたらしい」


No.610は云う。その被験者は、酷く姿が変わっていた。


水槽の中いっぱいに膨れ上がり、ぶよぶよと濁った液体の中に浮かぶただの肉塊だった。


「仕方がない。結果が芳しくなかったからな」

呆然と立つ俺に、何処かで聞いた台詞をNo.610が吐いた。


×


『___の担当に就け』


メッセージが届く。

「次はこいつが死ぬのだろうか」と何となく考えながら異動の準備を始めた。


「___。今日から新しいオマエの担当だ」


No.610が同じ台詞を被験者に伝える。噂で顔を引き攣らせる被験者を放置し、実験を開始する。


「——実験終了だ」

資料に目を通し、俺はファイルを閉じた。

「しっかり休めよ」

No.610が労りの声をかける。

休眠装置に入れられる被験者を眺めながら、___の明日の予定が組まれているのを確認し、「___に明日なんて来るのだろうか」と、そんな思考が過った。


×


___は死ななかった。


その事に安堵の息を吐いた所で


『___の担当に就け』


異動のメッセージが届く。


×


「___。今日から新しいオマエの担当だ」


同じ台詞をNo.610が被験者に伝える。噂で顔を引き攣らせる被験者を放置し、実験を開始する。


「——実験終了だ」

資料に目を通し、俺はファイルを閉じた。

「ゆっくり休め。安らかにな」

No.610が労りの声をかける。

被験者は休眠装置に入れられる。


___が死んだ。


『___の担当に就け』


死ななかった。


『___の担当に就け』


死ななかった。


『___の担当に就け』


死ななかった。


『___の担当に就け』


死ななかった。


『___の担当に就け』


死んだ。


『___の担当に就け』


死ななかった。


『___の担当に』

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

行方知らず。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。

死んだ。



「No.509、明日はメンテナンスだな」

No.610が声をかける。

「そうだな」

相変わらず、担当していたNo.408は目を開けただけで動きもしなかった。

「俺が活動停止している間、No.408の事は頼んだ」

「勿論だ」

No.610は頷く。

「……ゆっくり休めよ」

「活動は停止するが休眠ではないと思う」

疲れたように笑うNo.610に、そう返した。

「そうだったな」


×


メンテナンス用の休眠装置の蓋が閉じ、意識を緩慢にさせるガスがゆっくりと混ざっていく。甘く脳を痺れさせるアルコールのような、鼻の奥を刺すような酸のようなにおいがする。

……あまり、これのにおいは好きではない。時折、このにおいが好きだと言う者も居るが。


ガスが混ざるのと同時に、ゆっくりと生温かい液体が注がれていく。これは、皮膚に呼吸と栄養補給をさせる為の成分で構成されており、この液体があることで休眠状態でも生きていられる。

この液体も、俺はあまり好きではない。皮膚に触れると張り付くような感覚と、輪郭が溶けていくような感覚がするからだ。


俺の場合、体質なのか知らないが意識が落ちるまでに随分と時間がかかる。だから、記憶の整理として最近の事を思い出す事にした。


『白い死神』の話は、はっきり言って俺は無関係だ。そもそも、大量に被験者が死ぬこの組織で死神も何も無いだろうに。

噂に踊らされた職員を含む、被験者達の引き攣る顔を思い出し、同時にそのうち半数以上が既に居ない事を思い出す。


直前までしていた、No.408の管理は正直に言って何をしているのか分からなくなっていた。子供の姿に構成され目が開いた所までは良かっただろうが、その後が全くの無反応だった。


話しかけてみても、音楽を聞かせてみても、ぬいぐるみや様々な映像を見せても無反応だった。


こちらが見えているのか音が聞こえているかどうかも分からず、『異常なし』の報告以外が書けなかった。


時間通りに薬品を投与するのは、No.610にもできる簡単な仕事だ。あいつなら俺が活動停止している間も問題は無い(心配は要らない)だろう。


仕事のミスを防ぐ為に、職員、研究員はなるべく仕事の掛け持ちは行わないように調整されている。No.610は大きな実験や研究の仕事をしていない。


……。


…………。


………………。



仕事をしていないのだっただろうか。うちの組織は、被験者は皆職員であり、職員は皆被験者である。


だから、何の仕事もしていないのはおかしいことでは無いのか。


もう一度、最近の事を思い出す。


毎度、俺の移動先で被験者に紹介をし、被験者に労りの声をかけていた。


被験者が死ぬ時も、そうで無い時も。


ふと、皮膚に触れる液体がいつもと違う事に気が付く。肌に張り付く感覚が薄く、ひりひりと肌を刺していくような気がした。


そういえば、労りの言葉に僅かではあるが違いがあった。死んでしまった被験者と生きていた被験者で、直前にかけた言葉が違っていた。


生きていた被験者に掛けた言葉は


『しっかり休めよ』。


死んでしまった被験者には、


『ゆっくり休め。安らかに』



……本当の『白い死神』はNo.610(あいつ)なのではないのか。メンテナンスが終わった後に、聞くしか無いだろう。


No.610が「そんなわけがあるか」と呆れたように笑う事を願いながら、はたとNo.610が俺へとかけた言葉に引っかかる。



ガスのにおいに、薬草のような苦いにおいが混ざっていると、思考がままならないままに身体が脱力していく。



あいつは、何と言っていたか。




『……ゆっくり休め』




薄れる意識の中



疲れたように笑う




あいつの顔を思い出した。







「…………安らかに」


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