人形を作る。
これは本編第一章の前半に出てきた妖精騒動の黒幕のその後のお話。
「さてと。そこのお前ら……ってそんなに怯えるなよ。うっかり同情しちまうじゃねーか」
地下にある拘束部屋で、申は今回の黒幕三人に向き合う。
若い男、若い女、かなり若い子供の組み合わせとはベタだな、なんて思いながら、処置室へ連れていく為の準備を人形にやらせる。
無言で動作音もほとんどしない人形を、三人は不気味そうに見ている。
「可哀想になぁ。うちに手ェ出しちまったばっかりにこんな目に遭って」
酉の集めた資料によると、若い男は侵略部隊長の一人、若い女はボスの側近……の秘書、若い子供は開発部の最高顧問だったらしい。
「(まあ随分と優秀だったみたいだな)」
人形に目隠しをさせた三人を移送するよう指示し、その後を歩く。
目的地に着き、その重い扉が開く音にびくつく三人を見て戌は一体何したんだと申は首を傾げた。
目隠しを外された三人はこの部屋に戸惑っているようだった。
「てっきり拷問とかなんか血を見るようなことをするかと思ったか?」
黒いリノリウムの床と白いタイル壁の何も無い部屋に、猿の仮面をつけた男と自分達しか居ないのだから。
「じゃあ始めようか」
作業に取り掛かるため申は三人に制限を課していた魔法を解除した。
と、三人は隙ありとばかりに勝手に拘束具を外し、申に隠し持っていたらしい武器を向けた。
「いつ作ってやがったんだその武器」
牢の中にあったものでできているそれは、即興で作ったにしてはかなり良い出来であった。
「こんなとこで優秀さを発揮してどーすんだよ……」
突きつけられる武器に体を仰け反りつつ、呆れたように申はぼやく。
三人曰く、『死にたくなければ自分達を解放しろ』と。
「あ?三人揃ったからって、なんでテメェらが俺に勝てるんだよ」
申は面倒そうに頭をガシガシと掻いて溜息を吐いた。
「はぁー……実力差が分からないなんて、可哀想いや、コレはアレか。駄犬が恐怖で強く締めすぎたせいだな。怯えて錯乱してやがるぜ……ったく加減に注意しろっつったの忘れてんのか」
と呟いている。
三人は一斉に申に襲いかかった。いや、襲いかかろうとした。
「やめとけよ、消耗するだけだぜ」
出来なかったのは申が鬱陶しそうに手を振っただけで武器が霧散し、三人は急に襲った寒気で動けなかったからだ。
「まあ良かったなァ、俺が相手で」
と申は言う。
「多少のおいたは赦してやるよ、他の担当と違って俺は優しいからな……だが、二度目は無ェぞ」
と声に穢れを混ぜながらくつくつと笑う。
気温が下がった故かはたまた戦慄か、震える三人に申は話しかける。
「どう藻搔いても、テメェらはもう逃げられないし、この組織には勝てない。恐怖を知ってしまったからな……諦めな」
そしてまずは若い女に向けて、ゆっくりと諭すように言う。
「そもそも大人しく、誰からか紹介された居場所に所属していれば良かったのに」
次に、子供に向けて言う。
「ちょっとの不自由さえ我慢すりゃあ、こんな目に合わずに済んだのに」
恐怖による怯えと後悔で弱った精神を深い哀しみの感情でじわじわと蝕んでいけば。
若い女と子供は顔を青褪め、腰が抜けたように床へと座り込んでしまった。
顔を覗き込めば、強い精神負荷がかかったためか虚な表情になっている。申は仕上げとばかりに二人の目を覆うように手を当て、
『osopirnoub』
と穢れの言葉で言う。二人は目を閉じて倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「……さて、このしぶといヤツはどうしようかねェ」
と申は残った若い男の方を向く。若い男は震えながらも抵抗する姿勢を崩さず、自分一人でも逃げ出してやると言う強い意志が見える。
「その無駄に強い精神力、勿体ねェなぁ。魔装者側にいたらさぞ面白かったろうに」
「ん?コイツらに何をしたかって、これからすることの下準備をしただけだぜ」
「そうだ、おもしれーの見せてやるよ」
申は指を鳴らし、人形を一体呼び出した。
「コイツは"人形"って言ってな。この組織の中で一番等級の低い戦闘員だ。主に雑用……肉壁をさせるヤツもいるな」
現れた人形は箱を抱えていた。それを床に置くと、ごとりと重い音がした。
「まあ、悪い言い方をすれば奴隷みたいなもんだな。足りない人手を埋めるために作ったんだから仕方ないけど」
申は屈むと箱を開け、黒い塊を三つ取り出す。それは人の背骨のような形をしていた。
「それで、基本的に人形のベースになるのは人工的に作った器だけの生体なんだが……んー、サイズが合わねーかもな。まあ、そん時は本体を調節すれば良いか」
若い男に無防備に背を見せている申は、
「言ったよなァ、二度目は無ェってよ」
と素早く振り向くと同時に、迫っていた若い男の鳩尾へ拳を振り抜く。若い男は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
「根性のあるヤツは嫌いじゃねーが、愚者は嫌いなんだよ」
血を吐いた若い男に対し、
「へぇ、穴は空かなかったのか。丈夫だな、無駄に」
と無感情に言った。
「まあいいや、そこで観てろよ。まずは助手のごしょーかーい」
申はそういうと人形の仮面を外した。
露わになった顔に目を見開いた、若い男に申は言う。
「顔見たことあるだろ、テメェらの組織に居たヤツなんだから」
「コイツもテメェらと一緒で、逆恨みで楯突いてきたから返り討ちにしてやったのさ。ま、コイツは単身で来たけど」
申は人形の面を付け直した。
「この組織は敵に容赦しない。ちゃんと再三再四警告したんだぜ?」
「それを無視した成れの果てだ」
人形はゆらりと動くと倒れた若い女と子供の元へ向かい、二人を抱え上げた。
「何をしようって……引き際を見誤った憐れなヤツ
は、人形の材料にするんだよ」
申は人が一人横になれそうな大きい台を引っ張り出す。
「居場所のないヤツに居場所を作ってやるんだ。優しいだろ?」
「居場所が無くなったのは俺らの所為?違うね。テメェらの組織が、所属していたテメェらが、弱くて、愚かだった所為だ」
人形が二人をその台に座らせる。申は箱から取り出した黒い背骨を一つ手に取り四つに分解し、一つ目を若い女の頸に押し付けた。
するとそれから鉤状の針が飛び出し、首に食い込む。反射でガクガクと痙攣する様子を申は意に介さず、二つ目の上部を一つ目の連結部分に差し込んだ。
「おいおい情けねェ声上げんなよ、後でお前にも同じ事するんだぜ」
二つ目から飛び出た針は長く伸びて胸全体を装甲のように、拘束するように包んだ。それと同時に痙攣は止まったようだった。
申は三つ目を取り上げ、
「……別に一緒でも問題ねーからいいか」
四つ目と繋げてから、二つ目の連結部分に三つ目の上部を差し込んだ。
三つ目から飛び出た針は背中の肉に食い込み、四つ目から飛び出た針は腰に巻きつく。
「よし、こんなもんか……おっと、仕上げをしなきゃあな」
申は箱の中から何やら液体の入った容器と、大きい注射器を複数取り出した。
「配合は特に変えなくていいよな」
新しい針を取り付け、容器の液体を注射器に取る。そして、取り付けた装置の上部と中頃、四つ目の連結部分にそれぞれ異なる液体を注入した。
途端に若い女の髪は白く色が抜け、申はその髪を短く切り揃える。そして真っ黒なグローブと外套を着せ、真っ新な仮面を顔に嵌めた。
「はい、完成」
そこには、申を手伝っていたものとほぼ同じ容姿の"人形"が座っていた。
「な?面白いだろ?」
と申は嗤った。そのまま子供を人形にする作業に取り掛かろうと子供の頸にも装置を当て、
「やっぱコイツには大きいな……向こうに運んでくれ」
側で待機していた人形は子供を抱え上げると、扉から出て行ってしまった。
「アイツは大きさが基準に満たなかったら改造するんだよ。大丈夫痛いことはしないっつーか、痛がることはねーよ。もう死んでるからな、心が」
「じゃ、試運転も兼ねて早速命令してみるか。あの男をこっちまで運んでくれ」
と、出来たばかりの人形に命令を出す。びくりと跳ねた人形は、錆びた蝶番のようにゆっくりと緩慢な動作で座っていた台から降りた。
若い男は迫る人形から逃れようとする。が、弛緩したのか上手く動けず、なんでこんな目に、と嘆く姿に申は言う。
「テメェらは弱かった。だから負けた。だからこんな目に遭ってるんだ。神に見捨てられたんだよ」
人形は若い男の腕を掴むと、そのまま台の方へと引っ張っていく。
「だから、どうしようもなかった」
喚きながら引き摺られる若い男に申はじっくりと、
「仕様が無かったんだ。運が無かった」
言い聞かせるように、
「これは運命だった。だから怖がることはない」
洗脳するように、囁く。
「恐れずに受け入れろ。そうすれば、楽になれる」
若い男はとうとう心が折れたか、抵抗を止めた。
「……」
申は小さく溜息を吐いて、若い男の頭に手を差し込み意識を握り潰した。
「愚者は嫌いだと、言っただろうが」
若い男の手から、小さなナイフが滑り落ちた。
今度こそ本当に抵抗を止めた、身体だけになった若い男を台に置く。
「脳内花畑共の方がまだ物分かりは良かったぞ。複数人いたとはいえ、こんなのが侵略隊長だったとは……大変だったろーな」
申は人形にする作業を終え、二体の人形と共に処置室を出た。
「はぁ、これで……本当に良かったのか」
人形なんてものにする以外に何か他に方法があったかもしれないと思ってしまう自分に、何を言ってるのだと自分が嗤う。
人形の提案をしたのは。
「……しかし、心を折るために"神に見捨てられた"なんて台詞を言ったが、強ち間違っちゃいねーよな」
「嵌めたのは、神だからな」
「可哀想に」
by妹。 許可は貰ってます。
人形の作り方は各幹部で少し異なります。
(全員が人形を作っている訳ではないけれど)
また、人形を肉壁に使うのは主に辰と午、酉。時折申。