出撃:子(ねずみ)の場合
「え? 『参考にしたい』って?」
訊き返す子に卯は頷いた。
子は12名居る『仮の面』幹部の中で、一番小さな体躯をしている。 なので、立ち回り方等を参考にしたい、そう卯は思ったのだ。 因みに、子の次に最上位幹部で小さいのは卯である。 他の幹部達はただの人間と比べても、普通に背が高い。
「そうは言ってもね、アタシは滅多に出撃しないんだよねん」
研究所の椅子に座っていた子は足をぶらぶらさせながら少し、考える仕草をし
「ま、久々に出撃するのも悪くないかもねん」
ぴょい、と椅子から飛び降りた。
「……大丈夫か?」
研究室から出る際に、丑が声を掛ける。
「ダイジョーブ! 丑っちは心配し過ぎなのん! 寅っちもねん!」
そう、子は言い返した。 後を尾けようとしていた寅の存在にも気が付いていたようだ。
「さ、行こっか」
子は白金に輝く大きめの鍵を、その小さな手で握り込む。
「何か得られると良いねん」
準備を終えた子は卯にそうとだけ告げると、外に出るためのゲートを開いた。
×
そこは、真夜中の世界だった。
墨汁を垂らしたかのような漆黒の空があり、更地のような地面から蒼く光る石が所々に覗いている。
「ここ、お気に入りの場所なんだよねん」
子は手を広げ、くるりと一回転する。 その拍子に白衣がふわりと広がった。 出撃は? と疑問に思った卯の心境を知ってか知らずか、
「じゃあ何か居るか、探してみよっか」
そう言い、子は歩き出した。
×
子は、薄灰色のショートヘア(猫っ毛。子なのに。)に、鼠のような耳と尻尾を生やした、小柄な女性だ。 基本的に大きめの白衣を纏い、ゴツいゴーグルを目に掛けている。
白衣の中はジャージだったり、オーバーオールだったり、と色々な服装をしている。 今は白いワイシャツにプリーツスカート、紺のニーハイに登山靴のような丈夫な靴という、動きやすそうな、そうでもなさそうな格好をしていた。
先を歩く子は全く気にしていないようだったが、尻尾はスカートの下から出ている為、中が見えてしまわないか心配になった。
「ダイジョーブダイジョーブ、スパッツ履いてるよん」
後で聞いてみたらそんな発言をした。 見せなくてよろしい。
×
「うーん、やっぱり何も居なかったねん」
少し残念そうに、そして何処か寂しそうに子は卯の方を仰ぎ見た。 掛けていたゴーグルを額の方に上げ、翡翠のようなアーモンド型の大きな目が伏し目がちに礫や砂利すらない、キメの細かい地面を見下ろす。
「言い忘れてたんだけど、ここってね、アタシが昔居た組織の管轄だった土地なんだよん」
「『だった』?」
子の言い方が気になり、卯は聞き返した。 小さな動作をするだけで、冷たく澄んだ空気が身体の表面を撫ですり抜けて行く。
「そう。 今はもう、その組織は無いんだよねん」
子は程良い高さの岩を見つけ座ると、横に座るように卯を促した。 岩は弱く蒼い光を放っていたが、しばらくしたら光らなくなるのだろうと、容易に想像できた。
「変なもんに手を出そうとして、返り討ちにあって滅びたんだ」
気の強い妖精とか、でっかい『穢れ』の塊とかねん、と、何かを思い出したようで、楽しそうに笑った。
「アタシはあの組織には生んで貰った事以外に何ら思い入れもなかったから良いんだけど」
それでも、子は少し懐かしむように目を細めた。
×
真夜中の世界は空気が流れていないようで、風の音も何も聞こえなかった。 薄ら光る地面や石以外に何もなく、ずっと何もせずにこの世界に居たら気が触れてしまいそうだ、と卯は思った。
「この世界には『キラキラ』も『穢れ』も無い、ただの空間なんだ」
ややあって、子は口を開いた。
「『使い切った』世界って感じかもねん」
「……それはどう言うこと?」
子に問うと、
「この世界は、こうなる前はちゃんと人間や妖精、『穢れ』とかが居て、魔法少女達と戦ったり、世界を浄化したりしてたんだ」
君達が管理してる世界みたいにねん、と子は答えてくれた。
「さっき言った通り、アタシの居た組織は余計なものに手を出して、それの所為で妖精の魔力と『穢れ』がぶつかる羽目になって」
色々端折ってるけど、気にしないでねん、と子は言う。
「相殺しあった結果、この世界から魔力が消えたんだ」
そこまで言ったところで、
「まあ、正しくは、『穢れ』の方が勝っていて、手加減してくれたようなものだけど」
手加減というか、自分自身が消えないように、魔力を使うのを止めた感じだったけど。 と、子は溜息を吐いた。
「それの所為で組織は壊滅しちゃったんだ」
×
「……結局お散歩しただけだった」
本部に帰ってきて、卯は零した。
「あはは、別にいいじゃんそんなので。 しっかり構えなくても、『キミはキミ』。それで良いんだよん」
よしよし、と卯の頭を撫で
「また一緒に行こうねん」
と、研究所に帰って行った。 安心した様子の丑と寅に出迎えられる子を見て、今の彼女は幸せそうで良かったと、卯は思ったのだった。