バトルっぽい話を書くように見せて酉の言及してる話。
先に言っておきます。拍車は馬を傷付ける為の道具ではありません。
「申クン、なんでこんな事になってるか分かるかい?」
腕を踏まれ床に縫い留められた俺は、ジトっと睨み上げるように、それでいて内心恐る恐る、酉を見上げ
「…………。憂さ晴らし?」
低く答える。今日は俺かぁ、と一瞬思い、諦めて覚悟する。
「正解!いやぁ、理解が深くて実に助かるよ」
にっこり。すごく良い笑顔だ。底に溜まってる怨みの感情さえ見えなければな。
酉は怨みとかの執着する感情のバケモノだ。そして怨みの感情を持つバケモノは、基本的に攻撃的。怒りとかの触発系のバケモノほどじゃねーけど。
人間なら短気だったかもしれないが、怨みのバケモノにしては十分に気長で穏便な性格をしている。本来の怨みのバケモノなんて、『そこに居る』だけで戦力差が遥かに上の相手でも怨んでまとわりつくし、情緒なんて存在を疑う程に安定していない。
怨みのバケモノの癖に、殆ど恨言を吐かず本来しない笑顔を浮かべ続けている。感情に忠実なバケモノが自身の衝動を抑えて活動するなんざ、ストレスがかかったってしょうがない。
そして、酉は強いバケモノ故に手加減しないと殺すし、手加減しないとなると俺や戌みたいなそこそこに強いバケモノじゃなきゃ相手ができないのも分かってる。バケモノは核とある程度の穢れがあれば死なないからな。他の人間とか妖精とか精霊は出血や痛み、ショックとかで死ぬ。
「さあさあ!今回はどんな風に逃げてくれるのかな?」
一瞬、敢えて俺を逃す為に腕を踏む脚を浮かせた隙をありがたく利用し、拘束から逃れる。執着系は難儀な性格してるよな。自らの意思で手放さないと、余計に執着してしまうなんてな。
「俺、お前が思ってるほど器用じゃねーんだよ」
迫り来る、俺が死ぬ気で避ければ当たらないギリギリを狙った攻撃を死ぬ気で避けて、地面を蹴って跳び、木の側面に着地する。
「知ってるよ。だから、今日はどんな無様な姿見せてくれるか、楽しみにしてるよ」
クク、と酉は心底愉しそうに口元を歪める。
「ほら、次はどうするのかなぁ?」
暗黒色の何かが瞬時に着地した木の幹を薙ぎ払ってへし折り、そのまま掴もうと伸びる。酉は初めの場所から一歩も動いていない。
「移動すんだよ」
他に何があるってんだ。伸びるそれが触れる直前に幹を蹴って空中に出る。
「それは分かってるよ」
つまらなそうに答える酉を尻目に、予め靴に仕込んでおいた加速の術式を発動させ酉の前に出る。
「……後ろ、かな?」
と酉が首を傾げ、丁度俺と直線上に重なっていた頭部を退かした。
「げ、」
刹那、酉の背後の地面から尖った岩が伸び、酉の頭があった箇所まで迫り上がる。クッソ、予定が狂っちまった。元からあんま期待してなかったが。
「やっぱり君、凄いねぇ」
首を傾けたまま、酉は感心の言葉を吐く。
「そりゃあどーも」
効いてないんなら褒められたって嬉しくねーよ。岩をそのまま無理矢理伸ばして足場として蹴り、別の方向へ跳ぶ。さっきから跳んでばっかだな。
「他の事考える余裕があるみたい、だねぇ」
それを追うように暗黒色の蔓のようなものが伸び、足首を掴もうと更に伸びる
「まぁ、な!」
のを、懐から出したキラキラを纏ったハリセンで叩く。この瞬間を待ってたんだよ!こうも上手くいくんなら、魔法少女からくすねた甲斐があるってもんだ。
「……っ、」
酉が小さく呻き、蔓の動きが怯むように一瞬止まる。いくら強くとも、流石にキラキラは痛かったか。隙を狙ってまた距離を取ろうと枝に手を伸ばしたが、
「ぐえ」
腹部へ、別の場所から伸びたそれが巻き付き、即座にその持ち主の元へ引き寄せられる。
「あ、」
見ると俺を迎え撃つように、酉が脚を上げて蹴りの構えをとっていた。待てよその角度って踵落としだよなお前靴に拍車(っぽい金具)着けてなかったか俺の腹に穴を開ける気、
あ、怒ってんな、コイツ。
そう、思考が結論付けた時、横っ腹に蹴りが叩き込まれた。
「ぐっは、」
予想通りに、俺の脇腹に拍車(っぽい金具)が深く刺さる。拍車だったらそういう使い方はしねーぞ正しい使い方学びやがれ。人間だったら肺に穴空いてんぞてめー。なんだよ、そんなにキラキラのハリセンが嫌だったってのか?
地面に叩きつけられた俺を足で蹴り転がし、俺はうつ伏せになる。そのまま背に押し付けるように腕を踏まれ、固定された。生憎、地面と接吻する趣味はねーんだけど。踏まれる趣味もな。酉じゃなかったら殺してんぞ。
「申クン、それ回収の報告してない道具だよね?」
そっちかよ。そういや報告書は一応書いてたが、提出すんの忘れてたわ。
初めと同じように、ピンヒールのヒールと靴底との間に腕を挟まれ、再び地面に縫い止められた。脇腹に穴を開けられた事以外はほぼ同じだ。
「報告提出し忘れてマシタ。スンマセン」
「よろしい。じゃあ今日はこのくらいにしておくよ」
と、酉は俺の腕から脚を退かした。やれやれ、やっとか。腕を動かそうとしたが、動かない。なんで?
「そこの地面に君を貼り付けたからね」
さも当然のように酉は言い捨てる。やっぱ怒って、いや、怨んでんじゃねーかよ。
「暫くそこで星でも眺めてなよ」
つまり、拘束が解けるまで俺を放置して帰るんだな。
自業自得なのは分かってるが、なんだか力が溜まってきやがった。
拍車は、カウボーイなどの靴の踵部分に装着している、金具の事です。
で、酉が靴に着けてるそれは、鶏でいう蹴爪みたいなものなので、傷付ける意図のあるものです。(だから尖ってるし、割と長い)
本物の拍車は馬が痛くならないように、色々工夫をしているみたいですね。