鬼と、とある組織。
生成された小さな子供は、まだ水槽の中に居る。管に繋がれたまま、静かに外を見ているようだ。ただ、見ているだけ。何も感じていないように見える。
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「よう、No.509。相変わらず、面倒そうな仕事を請け負ったのか?」
水槽を眺めていた時、背後から声を掛けられる。
「……、No.610」
もう、元の名前も覚えていない。記憶から、何故か消されてしまったその名を呼ぼうとして、言葉が止まった。組織に入った時の、先輩だった男の名を。
「思い出せねぇものは思い出さなくていいと思うぞ」
明るく快活に笑うその男は、元々はそんな性格ではなかった……筈だ。それも、永い時の中で、忘れてしまっているようだ。何度目かの実験の時、急に性格が変わった。……確か、『穢れ』を混ぜる実験の後だ。『傲慢』の穢れを入れられ、その感情が、態度や性格に影響を及ぼした、ということだ。
俺も、その実験は受けた。その時に『憤怒』の穢れを混ぜられ、ついでに動物の要素も混ぜられたのだったか。性格は、変わったような感覚はなかったが、実験の直後から腕力が上がった。
「オマエ。そこは、痛くないのか?」
と、視線で指された箇所に触れる。小さな痛みと共にぬるりとした触感を感じる。……また、割れたのか。
「だからあれほど、『乾燥には気を付けろ』っていったじゃねぇか」
No.610は、その端正な顔を顰める。この組織は、何故だか古い奴ほど番号が大きい。だから、この水槽の中の子供は、No.408だ。
「塗ってやるから、屈んで頭を下げろ」
その言葉に従い、屈む。No.610は白い入れ物から、ありえないような蛍光色の軟膏を少量手に取る。
「触るぞ」
No.610は、俺の顳顬から突き出した黒く短い角の根元に、体温の影響か少し温い軟膏を丁寧に塗り込む。
「……大丈夫か」
傷に沁みるか、という意味合いで訊いたであろう言葉に、問題ないと首を振った。
「……奇妙な感情だ。」
生えてしまった角に触れる。少し爪を立てて触れると、鈍い感覚が、かなり鈍い痛みがある。
「だから、そんな触り方するんじゃねぇよ!」
オマエ自身の一部だろうが、とNo.610は慌てて俺の手を角から引き離す。
「痛くはないが」
あまり。という言葉は飲み込んだ。言えば、更に心配するだろうから。
「オマエなぁ……」
はぁ、と深く溜息を吐く男の、複数の色の混ざった髪が水槽を照らす光を受け、光った。そういえば、No.610も虎だか豹だか、肉食動物を混ぜられたのだった。
「お前は、大丈夫なのか」
聞いてみる。唐突に気になっただけだ。
「何がだ。……この牙の事か?」
肉食動物を混ぜられたばかりの頃、よく口の中や舌を切ったと言っていたのを思い出した。
「今は、大丈夫だ」
そう答え、安心させるように笑う。……同じ言葉を飲み込んだのだろう。