どくはく。
「面白いものを君に、見せてあげるよ」
悪魔はそう、薄く笑う。
酷く周りが信じられなくて、心が歪に歪んでしまったボクには
それが、唯一の『救い』だと思ってしまった。
×
皆、嘘吐きだ。
物心付いた時から、嘘に塗れて暮らしていた。両親は比較的、『誠実』でいようとしていたらしいが、誰も信じていなかった。表面だけ、信じている振りをしていた。
ほら、信じている振り。
これも、『嘘』だ。
兄弟も皆、『嘘』を吐く。『こういう事があった』『こういう事をした』『誰が何処に居た』『何処で何をしていた』『誰を見た』『誰が殺した』。
全て、嘘だった。
……本当は、何処かに『本当』が混ざっていたのかも知れなかったけれど、そんな事はどうでも良かった。
誰かを貶める為ならば、白は黒になる。
放たれる『嘘』が、身体に纏わりついて、ボクの身体が腐っていく。
×
つまらなかった訳じゃない。
退屈だった訳でもない。
ただ、苦しかった。
何を信じたら良いのか分からなくて。
信じたくても信じられなくて。
信じる事も信じられなくて。
身体を『猜疑』が蝕んで、どうにかなりそうだった。
×
急に現れた彼は、『救ってあげる』とは言わなかった。そう言われたならばきっと、ボクはその手を離してしまっただろうに。
ボクを救う気は、さらさら無いようだった。ただ『面白い』か『面白くない』か。それにしか興味が無かった。
彼は、酷く歪んでいた。其処に居るけれど、其処には居ない。と思いきや、本当に、其処に居る。
いつも周囲を警戒して、それなりに存在を察知出来た筈のボクですら、存在をうまく掴めなかった。
窓辺に腰掛け薄っぺらく笑って居たけれど、その『嘘だけど嘘じゃない』笑みに、どうしてだか手を伸ばしてしまった。
酷く歪んだバケモノに、歪なボク。
きっと、丁度良かったんだ。
ただ、都合が合っただけで。
×
ボクはただ、彼の指示を正確にこなしただけだった。
『余計な事、余計な感情を挟まずにただ指示され事を行う』それが一番大事だと彼は言った。
彼はボクを信用していない。だけれど、ボクも彼を信用していなかった。それでも、何をするのか分からない、何の意味があるのか分からない指示を、ただ正確に行った。
誰かに見つかっても、誰かに聞かれても、気にせずに。ただ指示通りに、感情と思考を殺して行動をした。
×
「君、面白いね」
ある時、彼は吟味するように目を細めて言った。
久しぶりに、指示以外の言葉を聞いた気がした。
「ただの思考停止した木偶みたいだけど、一切失敗してないなんて」
お陰で色々とやり易かったよ、と彼は言う。
彼は、初めて『ボク』を見る。
「そろそろ、『面白いもの』が見られるよ」
×
国が崩壊した。民達があちこちで暴動を起こし、建物が破壊されていく。
「……そんな、」
何処かで分かってた筈、ともう1人のボクが言う。手を貸した相手は『バケモノ』。バケモノは、ものを壊すのが得意な生き物。
「あーあ、滅んじゃったねぇ。君の国」
元凶のバケモノは愉しそうに言葉を掛ける。
「『面白いもの』って」
振り返らずに、震える声を溢す。建物の倒壊が遠くで見えた。
「『国の崩壊』のことだよ」
国が無くなったならば、
「それなら」
その『国の恩恵を受けていた』王子は
「ボクは……これから一体、どうすればいいんですか!」
言ってもしょうがないとは、分かっていた。分かった上で、彼に言葉をぶつけた。
「知らないよ」
彼がそう答えるだろう事も、分かり切っていた。
「オレはオレで、君は君。君の将来の事なんてオレの知った事じゃない」
『何だか期待外れだった』と言いた気な様子で、彼は首を傾げた。
「自身の未来すら自身で切り拓けない奴の事なんて、どうでも良いね」
彼は窓の淵に足を掛け、「あ、でも」
「『国を正した英雄』ぐらいにはなれるんじゃないカナ」
ボクを振り返った。
「このまま君が国に残れば、その『高貴な血』『身内でありながら国の不正を自ら暴いた者』として、祭り上げてもらえるよ」
それだけ告げると「じゃあね。もう会わないと思うケド」と、飛び降り、姿が見えなくなってしまった。