ニセモノのトリ
気が付いた時はまだ弱々しい負の魔力の塊で、まだ穢れにもなりきれていないような状態だった。核が無くて不安定で、強い風が吹けば霧散してしまうかもしれない。
周囲に意識を向ければ、自分と同じ感情を纏った魔力の雲のような塊が周囲に溜まっていた。そこは少しだけ窪んだ場所でいて、乾いた空気と大きめの砂粒で全てが構成されていた。
しばらく様子を窺う。
周囲の塊に意識のようなものを感知することは無かった。本当は何かしら有ったかもしれないが、何も反応を感じ取れなかった。
と、凄まじい勢いで周辺の空気が動いた。空気の動きに合わせて周囲の魔力が動き出す。
×
空気の流れが止まった頃には、意識とは何処からどこまでを現すかは知らないが『自身』だと思っていた部分が少し減っていた。周囲の魔力の中へ混ざってしまったようだ。このままでは本当に霧散してしまう。どうにか、『自身』をこれ以上失わないためには。
ふと、少し離れたところで『自身』を感知した。
周囲の魔力から、散ったはずの『自身』を感知する。まだ繋がりが途絶えていない。もしかすると、取り戻せるかもしれない。意識を強く持つ。『自身』は此処だと。もっと強く。
『自身』を、返せ。
その時、じわりと周囲の魔力を意識が侵食し、『自身』が広がっていくのを感じた。
これだ。これをもっと繰り返せ。これが『自身』だ。
もっと、もっと。周囲の魔力に意識を伸ばす。
これも『自身』だ。 もっと、もっと広がれ。
×
気が付くと、すっかり周囲の魔力を全て『自身』にしてしまったようだ。意識を向けるとその箇所が望んだ通りに動く。とても気分が良い。
次は、どうしようか。
と、再び周囲の空気が動き始めるのを感知した。このままでは、空気の流れに折角取り入れた魔力達が持って行かれてしまう。
ーーいやだ。
『自身』を、奪われて堪るか。
空気の流れに逆らうように、奥の方へ『自身』の全てを寄せる。
広げ過ぎたか。空気の流れに持って行かれそうになる。 もう少し、奥へ、更に奥へ。
繰り返しているうちに、気が付けば空気の流れは再び止んでいた。
運良く、何処も持って行かれずに済んだ。空気の流れは厄介だ。どうにかして対策を取らなければ。
密集させた『自身』を元の箇所に戻そうとしたが、半分が思うように動かなくなっていた。
しかし意識が無くなった訳ではなく、触れている感触はある。寧ろ、先程よりも、鮮明に伝わってくる。思うように動かせないだけで、『自身』のままのようだ。
動きの鈍った『自身』へ強く意識を向ける。
空気の流れを避けようとして密集した『自身』は、壁や地面と後から更に押し込もうとする『自身』によって圧縮され、柔らかい塊になっていた。
ーーなんだ、これは。
物凄く重い。そして、とても動かし難い。
しかし、これなら間違いなく、空気の流れに『自身』を持って行かれないだろう。意識を集めて、『自身』を縮めていく。
動き難さよりも、『自身』が持って行かれないことを優先した。
×
『自身』を集めた姿にも慣れてきたようで、それなりに動けるようになった。
慣れるまでにそこまで時間をかけたつもりはないが、空気の流れが起こる周期を把握できるようになり、また空気の流れで運ばれてくる魔力を集めて初めの頃よりそれなりに大きくなった。
もう、窪んだ所は自分にとって小さくなってしまった為、此処を出て他の場所を探す事にした。
×
ずるり、ずるり、地面を這って動く。
もう少し効率の良い動き方を見つけたかったものの、自身が不安定過ぎて這う以外のことが出来ない。早くしなければ、日が昇ってしまう。あの輝きは、『自身』には眩し過ぎる
ヘドロ状になって気が付いたが、明るくキラキラした光を受けると、『自身』が焼けるように熱くなる。そして、少し『自身』の表面が削れる。
その事に気が付いた時には、かなりその光を消してやりたいと思ったが、今の自身にはどうしようも出来ないことを知り、仕方なくこちらでその光を避けることにした。
×
長い間、程よい場所を求めて移動を繰り返しているうちに、『自身』に出来ない魔力があることに気が付いた。それができる魔力は、特定の色味を帯びている。その色味であれば、どんな量でも取り込めるようだ。
『自身』にならない魔力は不要なので、それ以外は無視する。
×
忌々しくも輝かしい光がない時は、暗い天井に小さな煌めきがある。その煌めきさえも、少し邪魔に思えてしまう。どうやって消そうか。
思案していると、ふと意識が向けられたのを感知する。 自身と同じ、意識持ちの魔力の塊のようだ。それの形は安定していて、地面も素早く移動出来るようだ。
ーーなんで『』は安定していないのに、お前は安定しているんだ
それを怨みがましく見上げた時、じわりと何か力が溜まるのを感じた。
ーーああ、こんなに大きい奴なんて、潰れて仕舞え。
ゴシャ
突然、目の前のそれが思い通りに潰れてしまった。少し驚いてしまった。溜まった力の影響かと思考する。取り敢えず潰れたそれの一部を取り込んでみる。
ーー不味い。
取り込んだそれを吐き出す。
駄目だ、『』とは違う魔力だ。次を探そう。
×
それから何度も安定した形を持った大きな魔力の塊に出会った。取り込めるモノも居たが、取り込めないモノの方が多かった。
そして、潰すと決まって、中央の辺りから何かが出てくることに気が付いた。
形を安定させる為には、なんらかの物体を核にしないといけないようだ。
どうにか、『自分を安定させる何か』を見つけなければならないようだ。
そこら辺に散らばった石に食指を伸ばす。ただの小石だ。……何か違う。吐き出した。
(自分を安定させる→自分の形と、自身の精神状態の安定)
×
核になりそうな物体を探してしばらく移動したが、どうもしっくりこなかった。移動を続けていくのが億劫になり、もう液状で(安定してなくても)良いか。そう考え始めていた。
いつものように、ずるり、ずるり、地面を這っていると、何か小さな輝きを見つけた。こんなに暗い中で、光を放っている。少し気になって、近くまで這い寄る。
×
それは『光る塊』を持った、魔力の塊ではない生き物だった。確か、『人間』と称される、肉を持った生き物。しかし、何故だか意識を感知出来ない。
肉を持った生き物にこれほどまで近付いたのは初めてだった。全てが、近付いた際に、或いは視界に入れて意識を向けた際に、奇声を上げての逃避、攻撃→攻撃の無効を知る→逃亡しかされなかったからだが。
光る塊は熱を持って居る。しかし、忌々しい輝きは持っていないようだ。ただ明るいだけ。
柔らかい石と光を通す石で構成された器に、その光る塊は閉じ込められていた。ただの明るさの塊でも明るいのが鬱陶しく、食指を伸ばして握り潰した。……熱を得た。間違えて取り込んでしまったが、何かの役に立つかも知れないから放っておこう。
恐らく一番重要な機関であろう、神経の詰まった箇所に食指を伸ばした。表面に触れると外気と同じ温度をしていた。生き物の筈なのに、何処からも何かしら動いているような気配もない。
これは好都合だ。もしかすると、核に出来るかもしれない。
×
結論を述べると、核には出来なかった。何故か同じ魔力を全体的に纏っていて、馴染み易かったのに。それに気が付いた時には空が白み始めていて、このまま出ると、忌々しい光を全身に浴びてしまいそうだった為、しばらくこの中に居る事にした。周囲の魔力は全て潰した後だ。何も来ないだろう。
肉を纏った生き物の、記憶を得た。肉をゆっくり溶かして馴染ませていると、神経の詰まった箇所からそれは急に流れ込んで来た。記憶と共に、知識も得た。人間を食すと、同類を取り込むのとは違う体験が出来るようだ。
あの光の塊は『炎』或いは『火』、それを閉じ込めていた器を『カンテラ』と呼ぶらしい事を知った。
×
また周囲が暗くなる。『夜』と言うらしい。昨夜に熱を得た所為か、夜の冷たさがとても心地良かった。
自分が今までいた場所は『魔力だまり』と呼ばれる場所で、風の流れで穢れが溜まりやすい場所の様だ。後は色の付いた負の魔力を『穢れ』、意識を持った負の魔力の塊を『バケモノ』と人間達は呼称している事を知った。
意外と取り込んだ人間は色々な知識や学があるようで、色々な出来事や物事、道具、行為などの知識を得た。
ただの喧しい生き物かと思って居たが、色々と役に立った。しかし、また核を探さねければ。面倒だと移動を始めたその時、再び、何か煌めきを放つ何かを感知した。
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それは小さな煌めきを反射する、石の像だった。
石は、『硝子』と呼ばれて居た物の様だ。明るい時に遥かに高い上を通ってゆく生き物に似た形状をし、表面はとても滑らかだ。
この際、なんでも良かった。
ーーもう、疲れた。
滑らかなその表面に食指を這わせると、意外にも馴染みそうな雰囲気があった。
それもそのはずで、何故だかその石の像は同じ色の魔力を纏っていた。これは好都合だと、己の全てを使ってその像を包み込む。
全てを覆った処、何処にも欠けた箇所は無く、馴染むまでにはかなり時間がかかりそうだと本能的に察した。それでも構わなかった。ようやく、地面から離れる事が出来る。素早く移動が出来る。自身を安定させる事が出来るのだから。
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気が付いた時、再び空は白み始めていた。それと同時に、身体が変化している事に気がついた。
まだ馴染み切っていないが、大丈夫だろうか。思い切って両端を伸ばして広げ、空気を掻いた。
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取り込んだ人間に、空を飛ぶ生き物の知識があって助かった。身体の動かし方が、そしてその動かし方の意義を理解出来る。
熱と硝子の扱い方もあの人間は知っていたようで、上手く利用する。無理矢理、動かないその身体を動かす為に熱でガラスを柔らかくし、滑らかに動かせるようにする。
ついでに、硝子を熱で溶かし柔らかくすると、自身に馴染み易くなる事に気が付いた。
偶然取り込んだ熱が、思いがけない処で役に立った。
あのガラスの像が象って居たものはあまり飛ぶ鳥では無かったようだが、何だって良い。強い光を背に感じたが、もう痛まなかった。
何かをするのはしばらく面倒だ。何処か良い場所を見つけたら、ゆっくり過ごそう。