遭遇そのに。
「ねぇねぇ。もしかしてきみ、みんながいう"ヒト"っていういきものなのかなぁ」
「……」
「なぁに?」
会う度に何かしら傷があるのは、脳内花畑共が穢れを排除したがるから仕方が無いにしても、程度が酷くなってきているのは気のせいではないと思う。
「んもう。そんなにじぃっとみられたら、はずかしいよぅ」
身を捩る仔羊を叩いたら、毛の塊の中からたくさん小石が出てきた。それなのに仔羊は相変わらず呑気に笑うばかりで、その様子に腹が立った。
「何笑ってんだよお前」
「ふふー、きみといるからだひょぉ」
頬を引っ張られても嬉しそうにしている、コイツの気持ちが全く分からない。
「仕返しとかしねーのかよ」
引っ張るのを止めてそう問うと、仔羊はぽやっとした顔を余計に間抜けにさせて首を傾げた。
「だって、じぶんがされたらいやなことはやっちゃダメ、なんだよ?」
だったら何で妖精たちはお前を虐めているんだよ。被虐趣味でもあるってのか。
「お前、何でここに来るんだよ」
命削ってまで来る価値があるのか。逃避なら他の場所だって在るはず。まさか相殺されると知らない訳では無いだろうに。
「きみがいるから」
その言葉が深く胸を穿った。ぎりぎりと全身が締めつけられるように軋む。
「……じゃあ俺が居なくなったら止めんのか」
痛みを飲み込んで、仔羊に問う。
「えぇ!?きみがいなくなるのはやだよぅ」
と仔羊はぺそぺそ泣き出した。話の主旨を汲み取れよ。やっぱり妖精は嫌いだ。
「泣くな、鬱陶しい」
"哀しみ"のバケモノが、何言ってんだろうか。
「ほら、もうすぐ日が暮れるから帰れ」
泣く仔羊をどうにか宥めて、日が完全に地へ入る前に帰らせた。
茜から紺へと徐々に変わろうとする空を眺め呟く。
「そろそろ場所変えるかなァ」
変なやつに懐かれたし、何か嫌な予感がする。
「ま、明日でいいか」
*
俺は仔羊に出会った日からまた何かに起こされたら面倒だと思って、仔羊がやって来るまでは湖の底で寝て過ごすようにしていた。
暗いし、何より静かだからだ。
そのはずだったのだが、何やらうるさいし明るい気がする。目を開けると、いつもは真っ暗な湖底に水面からの陽光が届いていた。
いつもは漂っている穢れたちは怯えたように底の方に固まっている。それに数も少ない。
普段なら陽光も届かないくらい居るはずだが、と訝しみながら塊から穢れを2、3匹剥がして食う。
耳を澄ますと上の方で子供のような耳障りな声がやいやいと何かを呼ぶように騒ぎ立てているのが聞こえた。
浮上して様子をみることにした。大方の予想はついているけどな。
「あ!ようやくでてきた!」
「テメーら朝っぱらうるせーぞ!」
水面から顔を出すと陽光がやけに眩しい。まるで浄化されたように空気が爽やかで、体中がヒリヒリする。
湖の淵に目をやると十数匹の妖精が集まっていた。そのうちの数匹が箱のようなものを大事そうに抱えている。そこから濃い正の魔力が吹き出してここの瘴気を相殺しているようだ。
湖の穢れが少ないと思ったら、そういうことだったらしい。穢れの溜まり場にきて何を始めようとしているのか。
妖精たちを追い払う為に岸へ上がる。妖精たちは軽い武装はしているものの、大きさを見るに成人でも兵士でもない、幼体の集団のようだ。
「あさじゃないよ!」
「もう"ひつじのこく(13時から15時)"もすぎてるよ!」
「おねぼうはよくないんだよ!」
「うっせーな!俺の活動時間は酉の刻(17時から19時)からなんだよ!」
俺の時間感覚にケチつけんな!
「むう、まあゆるしてあげるよ!きょうはきみにおねがいがあってわざわざここにきたんだ」
何様のつもりなのか上から目線に言う妖精は、長い棒を掲げた。先端に何かがぶら下がっている。
「……何だその蓑虫みてェなもんは」
それは仔羊だった。体を縛られて棒の先に晒し者のように吊り下げられている。身じろぎしないから気絶しているようだ。
目の辺りが赤くなっているのは泣いたせいだろうが、頬や額が腫れて赤いのは泣いたせいではないだろう。
いつも薄汚れていた毛はあちこち泥や粘性の何かで汚れ、右の角の先が欠けてしまっている。
「こいつをあげるから、ここからでていってよ」
そうだそうだと不愉快な高い声でそれらは喚いた。
「は?」
何を言っているんだろうか、このゴミクズ供は。
by妹。
許可は(ry