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遭遇。


「ねぇ、だいじょうぶ?」


 小さな声に目を開けた。

 声がした方を見ると、声に見合ったちんちくりんな毛玉が俺を見上げていた。毛玉からは曲がったツノと尖った耳が覗いている。ツノは小さいから幼体(ガキ)の妖精だろう。


『何だテメェは』


 気持ちよく昼寝していたのに、それを妨げられて不機嫌な声が出た。


「げんきそうだね。おみずでたおれてたわけじゃないんだ。よかった」


 ここは"啼泣(ていきゅう)の湖"と呼ばれる場所だ。その(ほとり)で寝ていたので、毛玉もとい妖精は俺が溺れて気絶してる奴だと思ったらしい。


「もしかしてきみは、このきれいなおみずのようせいさん?ずいぶんおおきいねぇ」


『妖精じゃねェよ』


 脳内花畑(そんなもん)と一緒にすんな。

 それに今の俺は人の姿だから、勘違いするなら精霊だろうに。コイツは世間知らずなのか、と思ったが妖精は大概世間知らずだったことを思い出した。


「うーん、なにゆってるかわからないや」


 妖精は申し訳なさそうに俯いた。

 そりゃあ使用言語が違うのだから分かんねーだろうよ。俺がコイツの言葉を理解してるのは単に習得しているからだ。ところで、


『なんでここに妖精が居るんだ?』


 "啼泣(ていきゅう)の湖"は妖精の国から比較的近い場所にある。だが、俺が住み着いてから今まで一度も生物も妖精も訪れる事はなかった。


 理由の一つはここが負の魔力が溜まりやすい場所だからだ。負の魔力があれば自然と穢れが集まり、多くの穢れが集まると毒のようなものを発生させる。それを疎んじて正常な生物は寄って来ないという訳だ。


 妖精が来るのがおかしい理由のもう一つは、"妖精"は正の魔力の塊だから。


 その対極、というわけでは無いが反対の存在として挙げられる"穢れ"は負の魔力と感情でできている。負の魔力は単体では塊にならない特性があるからだ。それに核と意思が宿れば"バケモノ"に成る。


 そして、正負の魔力は打ち消し合う性質がある。体のほとんどを正の魔力で構成されている妖精は、大きくても大体は人間の膝丈くらいの大きさしかない。


 一方の穢れは兎も角、その集合体であるバケモノは、基本的には小さくとも人間の半分くらいの大きさはある。


 つまり、妖精とバケモノが対峙すると魔力が相殺され、保有量が少ない妖精が消えてしまう。それ故に妖精供は穢れやその塊であるバケモノを酷く(いと)う、ということだ。


 故に妖精の、しかも幼体がこんなところに来るなんて、余程のことがなければあり得ない。


 ちなみに"啼泣(ていきゅう)の湖"は細波(さざなみ)が立てる音が咽び泣く声に似ているからそう呼ばれているのだが、悲しみで流した涙でできている、という噂がある。悲哀関連の穢れしか居ないから(あなが)ち間違い無いのかもしれない。


 改めて妖精を見ると、寝ているかのように閉じられた目は目蓋が腫れて赤くなっていて、頬には涙の跡があった。


 ……気にしたって俺には関係ねーだろうに。


 じっと見つめる俺に何を思ったか、仔羊は虹色に煌めく高濃度の正の魔力を有した木の実を差し出した。


『何のつもりだ?』


 俺に消えろと言ってんのか?喧嘩を態々(わざわざ)売りに来た訳じゃねェだろうな。


「ここらへんはきのみがないから、おなかすいてるかなって」


 確かに腹は空いていたが、湖の中に穢れ(エサ)がたくさん居る。けどまあ、一応受け取った。


 うわ、触った側から相殺されて俺の方が削れ始めてる。なんつーもんを寄越したんだコイツは。


「ね、ぼくのおはなしきいてくれる?」


 そういうと仔羊はぺそぺそと涙をこぼした。別に聞くなんて言ってないが、情報を得る為にも黙っていた。木の実は自分から少し離れた地面に置いた。


「あのね、みんなぼくをあっちいってってするんだ。きたないからって」


 そう言うと仔羊は隣に座り込んだ。ってオイ、誰が座っていいって言ったかよ。長居する気か。


「ぼくね、ようせいなのにちょっとよごれちゃってるんだって。それでめがきれいないろじゃないからっていしをぽいぽいしてくるの」


『ああ、だから薄汚れて怪我してんのか』


 そんで、泣いてる。仔羊は涙をこぼしながら他に何か話していたが、興味は特に無いので欠伸して適当に聞き流した。


 妖精が"汚れている"と言うのは()()()()()のことだ。そして妖精の目は基本明るい色をしている。つまりコイツは、多分暗い色か灰色が混ざった色をしているのだろう。


 すぐ終わると思った身の上話は意外に長く、しかも泣きながらなのでもう何言っているか解らなかった。

 そろそろうんざりしてきたので止めることにした。


「おい、ぺそぺそうるせーぞ妖精」


「うわ、しゃべった!」


 ぴょっと飛び上がった仔羊は目をぱちくりと瞬いた。表現としてだ。実際目は開けていない。


「なんだ、おしゃべりできたんだねぇ」


と嬉しそうに飛び跳ねる。


 お前と話す気は無かったんだ、気づけよ。


「あ」


 妖精は声を上げて見上げる。つられて仰ぐと空は橙色に染まり始めていた。


「もうすぐこわいよるがくるから、かえらなきゃ」


「おー、とっとと帰れ」


 そして二度とこないで欲しい。シッと追い払うように手を振った。


「きみはかえらないの?」


 妖精は首を傾げた。


「俺の(ねぐら)はここだからな」


「そっか。このおみずのようせいさんだったね」


 違うけどな。

 とぼとぼ、とやけに寂しげに歩き始めた妖精は少し歩みを止めた。


「ねえ」


 振り向いた仔羊はさっきとは打って変わった静かな、幼稚さが消えた声で言う。


「あしたもきていいかな」


 その様子に何やら居心地が悪くて、


「好きにしろ」


と、そう言ったら、翌日から妖精は毎日来るようになった。


「誰が毎日来ていいって言ったかよこのチビ!」


 両頬を引っ張るが、餅のように伸びるばかりで痛くも痒くもないらしい。妖精を追い払う(まじな)いを仕込んでおけばよかった。


「すきにしろってゆったから」


 えへへ、と照れながら笑う妖精の姿に溜息を吐いた。こいつは真性の阿保だ。


仔羊(ガキ)はとっとと帰れ」


「ぼくのことしんぱいしてくれてるの?」


 仔羊はぱああと顔を輝かせた。今度は比喩では無い。妖精(こいつら)はエフェクトを現実化させるという魔力の無駄遣いをする。


「ちげーよ邪魔なだけだ。それ食ったら失せろ」


 虹色の木の実を投げよこす。


「えへへ、ありがとう」


 仔羊は笑ってそれを齧った。


By妹


許可はもらってます。

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