あざわらうたびに。
彼の名は他人の不幸は蜜の味。
端的に言えば、『嘲笑』の穢れだった。
彼は、旅をするバケモノ。旅先で出会う『愚かなもの達』を嘲笑う、唯の風。
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ざり、と踏みしめた光る大地は、柔らかい光を放っていた。
彼は『月』に辿り着いた。
無尽蔵に魔力が溢れる、魔法石で出来た地。自らの魔力で光る、不思議な地。
その地は、『女神信仰』が根強くある、信心深い住民でできていた。
住民は皆、黒い艶やかな髪を持ち、『白兎』のような耳が、頭の横に生えている。
男女の性差があったのかは不明だが、皆一様に同じような格好をしていた。
頭には四面体のような形状の、不思議な装置を付けて、それで意思疎通を図っていた。
その為に、彼らは『表情』というものがまるで無かった。
装置で一切違うこともなく意思疎通が出来る為に、声を必要としていなかった。
声も無く、表情も無い。きっと実に退屈な世界であっただろう。
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『女神』を信仰している土地のくせに、『空座』だった。
この土地では、稀に珍しい姿に生まれてくる子供がいる。
『女神』は月の光色の髪を持ち、白兎の耳が生えていない。
白兎の耳の代わりに、白兎の尻尾が生えている。
『女神』は見事に、前任の女神が居なくなった数日後に、生まれてくるのだ。
不死鳥のように蘇り続ける女神は、不変の象徴であった。
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かつん、靴音の響く宮殿は、実に静かだった。
生まれ落ちる女神は、特定の家には生まれない。
王家を除く全ての国民から、『女神』は生まれ落ちる。
『王家』は『月』の政を司る、その為だけに生み出された家系だった。
『月』の王は、代々女であることが定められていた。それは、『女神』の信仰に合わせた為だと考えられる。
女王は、『女神』が熟れるまでの空座を埋める役割を持つ。女神が熟れると、その女神の全てを支える役割に転化する。
女王は、『女神』に全てを捧げる。時間だけでなく、命までも捧げるのだ。
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カツン、書物庫に足を運ぶ。
国民でも、国民でなくても『バケモノ』の彼には関係のない話だった。
行きたい所に行く、見たいものを見る。読みたい本が有れば、そこに行って読むだけだ。
手にあるのは、厳重保管の歴史書物。誰の意思も混ざらずに、ただただ事実だけを述べている書物だ。
すとん、とその書物から、薄いノートが滑り落ちた。誰かの書いた日記のような、記録のような物らしい。
ぺらり、乾いた音が静かな部屋に響く。
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今代の『女王』は、絶大な才能を持っている。『女神』にも期待が出来る。
『女神』様がお生まれになる。美しい月の光の毛並みに、優れた容姿。妖艶な、見るものを魅了する『宝石』の瞳を持っている。
『女神』様は見かけは幼いながらも、賢い方のようだ。 教えた側から吸収し、見事に物にしていく。
『女神』様のご体調が優れないようだ。心なしか、宝石の瞳が、濁っておられるようだ。
『女神』様が居なくなられた。『女王』と共に。だから、『男の女王』はよろしくないと、言っていたのに。
『女王』が戻った。優秀な『女王』ならば、きっと、『女神』の代わりになってくれるだろう。役割通り、『女神』が戻るまでの空座を埋めてもらわねば。『女神』を逃した『女王』の罪は重い。
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しゃり。
彼は、色の無くなった地面を踏んだ。
ある時、『月』は滅びた。
腐った太陽に、全てを焼き尽くされてしまったのだ。
その太陽は、未だ何処かで『月の女神』を抱えているらしい。
「よくもまあ、長い間『不変』と『無尽蔵』を信じていられたものだ」
『変わらないもの』なんて、本当にあるわけがないのに。
彼は静かに、滅びた地を去った。