出撃:酉(とり)の場合
「じゃあいこうか」
酉は卯の方を見る。 相変わらず胡散臭い笑顔だと、卯は思う。
「オレのは、『参考にしちゃいけないやつ』だからね」
少し不満そうな卯に苦笑しつつ、酉は卯に手を差し出した。
「……?」
とりあえず差し出された手を掴むとぐい、と引き寄せられる。
「少し、飛ぶよ」
そう言った酉は掴んだ腕をそのまま引っ張り上げ、ひょいと卯を横抱きにする。
「……?!」
「暴れないで」
卯をしっかり抱えると酉は背中から翼を生やした。
「腕をもう一対増やすのって、少し大変なんだからさ」
酉を見ると、いつのまにか長いクロークがなくなっていた。
「まあ、部分的には参考になるものもあるかもね」
酉は外に出るためのゲートを開いた。
×
そこは、真っ赤な夕焼けの世界だった。
紅い夕焼けは周囲に乱立する白い建物達を否応無しに染めている。
「目をやられないように、気を付けて」
赤い光に染まる酉は、卯を見下ろしそう言った。
「……」
卯は酉の腕の中から周囲を見回す。 普段は見られないような綺麗な景色に、卯は息を溢した。
×
酉は、申と同じく、自然に発生した『穢れ』のバケモノだった。 核の感情は『怨恨』と『嫉妬』で、核の物体はよくわかっていないのだそう。
「多分、作り物の鳥じゃないかな」
酉はそう笑って流した。
『穢れ』だった酉は、周囲の似たような『穢れ』達を取り込み、やがて強大なバケモノになった。 ただ強くなるだけではなく、『穢れ』や感情の中に含まれていた様々な知恵や賢さも手に入れた。 お陰で、一般的なそれらの中でも、ここまで強くなることができた。
強くなった酉は、特に何処かを征服しようだとか虐殺しようだとかの気持ちは無く、とある世界を縄張りとして大人しくしていた。 しかし、そこをよく分からない組織に突かれ、反撃した結果、住処を失ってしまった。
「キミさ、つまんないならアタシのとこにおいでよ」
住処を探していた時、そう、子に声を掛けられ、一瞬でも「面白そうだ」と思ったから、現在『仮の面』にいる。
「面白くなかったら出て行くつもりだけど、しばらく退屈しなさそうなんだよね」
そう、酉は言った。
×
「着いたよ」
地面に降り立った酉は、ゆっくりと卯を地面に下ろした。
移動の時間は長かったような、短かったような気がした。 が、
「……少し、寒かった」
卯は口を尖らせた。 手元の『ねこ』も不満そうにぷるぷるしている。
「ごめん、君に掛けた風除けは弱かったかな」
あまり反省してなさそうに軽く笑う酉を睨み付け、
「依り代はどうするの」
訊き返した。
×
「捨てられた人形にしようか」
古い人形を拾い上げると、虚空から黒い物体を取り出し、それっぽい文言を唱えて黒い物体をにぬいぐるみに押し付けた。
ぬいぐるみはバケモノに変化し、誰かの名を呼びながら街を徘徊し出した。
×
「出たわね、悪者!」
酉を指差し現れた魔法少女達は叫んだ。
「やぁ、君達。 また倒されに来たのかい?」
酉は魔法少女達を煽る。
「バケモノの浄化が終わったんならオレなんかに突っ掛からないでさっさと帰っちゃえばいいのに」
「何言ってんのよ! 今回こそは絶対、私達が勝つんだから!」
騒ぐ魔法少女達を見ながら、夕陽の所為で魔法少女達の色が判別し難い事に気が付いた卯だった。
×
「『ホーリー・バースト』!」
「ぐは、」
長い戦闘の後、聖属性の魔法少女が放った浄化技を酉は真っ正面から喰らい、地面に伏した。 その後、とどめだとばかりに、続け様に他の魔法少女達の浄化技を浴びせられる。
「やったわ!」
「これで世界は平和になる!」
と騒ぐ魔法少女達を他所に、卯は不安に思った。 酉は動けるのだろうか、と。 身を隠している卯は確認のしようが無かった。
×
魔法少女達が居なくなった後、卯は伏したまま動かなくなった酉に近寄る。
酉を覗き込み、手を伸ばして触れそようとしたその瞬間
「あっはっは、大漁大漁」
突如酉は身を起こし、上機嫌そうに笑った。 生きていたようだ。 『ねこ』が驚き過ぎて、背中や尻尾がトゲトゲになってしまった。
「ほら、面白いぐらい集まってるだろう?」
クロークの内側から、たっぷり魔法少女の粉が貯まった瓶を一つ取り出した。
「さぁて、散らばった魔法少女の粉も集めなきゃだねぇ」
酉は危なげなく立ち上がる。
「……」
少しでも気にした気持ちを返して欲しい、と心の底から思った。
×
「『自分の身を犠牲にする』なんて方法、正気の沙汰じゃないよねん」
子は困ったように肩を竦めた。
「でもまあそのおかげで、魔法少女の粉が効率よく集まってるのは確かなんだけどねん」
子は卯に言う。
「でもさ、第1週目でノルマ達成するって、バカだよねん」
本当に馬鹿らしい話だった。