出撃:未(ひつじ)の場合
「う〜ん、頑張ってみる、ねぇ〜」
未は卯に言う。
「ちょ〜っと、『起きる』から、気を付けて、ね」
「『起きる』?」
卯が聞き返した時、既に未は髪を掻き上げていた。
その途端、未の雰囲気が大きく変わった。
くるくると巻かれていた角が、後方へ力強く伸び、閉じていた仮面の目がしっかりと開いて目出し穴から夜空のような虹彩が覗く。
「じゃ、いこうか」
普段と違い、はっきりと発音する声に卯は戸惑う。 いつもの眠そうな未は何処へ行ったのだろう。
戸惑う卯を他所に、未は外に出るためのゲートを開いた。
×
そこは、『夢のような世界』だった。
さほど暗い時間ではないはずなのに星が煌めく空に、何故だかずっと空に映っている虹。 虹色の立髪のユニコーンらしき生き物に、銀色の立髪のペガサスのような生き物。
空気からもどことなく甘い綿菓子のような香りが漂って来そうだった。
ふわふわな地面の感触に不安そうな卯を気にせず、
「それじゃあ始めようか」
未は黒い物体を取り出すと、それを宙に舞うぬいぐるみに投げつけた。
バケモノになったぬいぐるみを未は夢のような空間から外の世界へ放つ。
「ふふ、バケモノで魔法少女を釣るんだよ」
にんまりと細められる瞳に、以前申に『起きた未』について問うた時の申の反応を思い出した。 言いたくなかったのかもしれない。
×
未は『眠っている』姿と、『起きている』姿の2つの姿がある。 本質的に言うと、『眠っている』未が本来の姿だ。
未は特殊な体質をしているようで、本来は『穢れ』が体内には発生するはずのない生き物だった。
しかし、どうしてだか、未の体内には、『穢れ』が発生してしまった。
未の異常性を恐れた未の元仲間達は、未を自分達の国から追い出した。 元々、その国でも珍しい才能を持っていた未に嫉妬していたもの達のとっては、未を排除するとても良い理由付けにもなっただろう。
その為、未を助けようとするもの達は一切居なかった。
本来、『穢れ』に弱いその生き物達は国の外では生きられない。 しかし偶然にも、未は『穢れ』への耐性を持って居た為に、通常のそれらよりも長く生きる事ができ、そのお陰で、未は申に出会った。
それは運命的な出会いだった。
誰も助けてくれなかった未を、申だけが助けてくれたのだ。 これ以上に素晴らしい理由はあるだろうか。
端的に言うと、未は申にベタ惚れである。 他者の介入を許さないほどに。
その申は今、あの時未を助けた事を後悔しているらしいが、後の祭りである。
×
未の戦闘方法は、釣れた魔法少女達を『夢のような世界』へ呼び込み、その際に個別にして魔法少女毎に新しいぬいぐるみで対応をするやり方だった。
「こうすれば、ぼくは疲れないし、さっさと配布された量の消費も出来るし、便利なんだよね」
未はそう言っているものの、卯は消費される道具の割に、回収出来る魔法少女の粉の量が少ないような気がして、些か不安に思った。
×
「そろそろ終わっちゃうみたいだな」
卯とお茶を飲んでいた未はふと顔を上げて椅子から立ち上がった。
その途端、空の一部が破け、魔法少女達が降ってきた。
「やぁっと来たみたいだね」
降ってくる魔法少女達を見て楽しそうに未が言った所で、
「お前はここまでな」
「うぎゃ」
何処からか急に現れた申が未の頭をわしっと掴み、髪型を崩す。 すると未は糸の切れた人形のように、くたりと膝から崩れ落ち、動かなくなってしまった。
「時間がかかり過ぎたな」
そう言った申は夢のような世界に合った可愛らしい色合いと格好だった。 虹色の毛並みに、首元に可愛らしいサーモンピンクの蝶ネクタイが付いている。
「……ふぁんしー」
(似合って居なさ過ぎて)卯はそうとしか言えなかった。
×
「あれぇ、申くん。 どうして、ここにいるの〜?」
「やっと起きたな」
眠そうに目を擦る未に申は呆れて溜息を吐いた。
「早く魔法少女の粉回収しろ」
「はぁい」
のんびりした口調で未は返事する。 仮面がいつもの状態になっているので、いつもの眠そうな未に戻ったようだ。
集まった魔法少女の粉はキラキラと煌めいていたが、何故だかふわふわで瓶の八分目まであったものの、圧縮するとかなり量が減りそうだと思った。
×
「災難だったねん」
帰ってくるなり、子は卯に言った。
因みに、黒い物体の消費量と魔法少女の粉の調達量について子に聞くと、
「未っちは他の方法でも粉が集まるから、別に良いんだよん」
そう答えた。