カルムとリム
そのドアの向こうの応接室
「さて、私が当該ギルドのマスターであるカールだ。宜しくお見知り置きを。で彼女が魔力でとんでもない数値を出したと言うことか」
ジークフリードが返事をする前に受付嬢が口を挟んだ。
「はいマスター ただ彼女曰く他の2人はそれ以上だと彼女は話しております。再度検査するにしても現行の測定機では壊れるだけになります。」
「ふーむ・・・ならばわかった。悪戯に機械で試すより私が試した方が早いのかもな。しかし3人となると人手がいるな。そうだ丁度カルムとゾルがいるな。彼らを呼び、試すか?
カルムは昇進試験をするかどうかの狭間だしゾルはその話をすれば喜んでくるだろうし。ただ測定器が壊れると言われても私自身が一応その目で数値も確認しよう。」
「ええそう言うと思って機械は3台ここに。それと恐らく測定器は壊れるでしょうから、先程使いも出しておきました。彼らは丁度倉庫で先日の魔物の査定をしていたところでしたから、まもなく着くはずです。」
「はっ?えらい如才ないな。君も大概優秀だな。わかったそれではこちらの部屋に全員来てくれ。」
「話が早くて助かるのは良いが、彼女の言うとおり測定器は壊れて、その腕試しの相手も我らは恐らく殺してしまうぞ。加減をしてもそちらは判断出来るのか?」
「それは大きくでたものだな。ただものではない雰囲気は分かるが我らも中々のものだぞ。まあそうだな、ならば体の一部を欠損したら勝負有りとするか。なあに一部であれば治療師が治せるから心配するな それとも怖気付いたか?」
「いやそれで良い。要は復帰できるレベルでの決着だな」
そして彼女が用意した魔力の測定機を1台づつマスター自ら魔力を注入し始めた、すると測定機はゆっくりと光り始めた。
「ふむ力をセーブして注入してみたが大丈夫そうだな、イメージと同じ光り方だ。では3人それぞれお願い出来るか?」
アスモ達3人はそれを手に取り、魔力を注入し始めた。
瞬間アスモとアスタロトの機器は大きく破裂し、瞬間だけ遅れ、ジークフリードのも破裂した。
するとマスターは驚き、目つきが変わった。暫くして落ち着くとその奥の扉を指差し、受付嬢にうなずき扉に向かった。
しばらく後をついていくと結界で囲まれた広い闘技場があった。
そこにはカルムであろう20を超えたぐらいであろう魔術師とやはりゾルであろう剣呑な雰囲気を持った狂気を宿したような30代半ばぐらいの剣士が待っていた。
「なるほど化け物とは聞いたがわかるな、汗が止まらなくなっている」
「良くそんな冷静にコメントが出来ますね。今俺は背筋が凍る雰囲気を味わっていますよ。」
マスターが尋ねた
「ならやめるか?」
「いいえ死なないのであればこんな機会はそうないので是非」
「そうこないとな。では始めようか」
言った瞬間マスターは一足飛びにアスモに斬りかかった。
それは光であった。
しかしその光は新たな光で終わりを告げた。
そうアスモが持っていた盗賊から奪ったなまくらな剣の一振りで。そしてそのなまくらが壊れたのと同時にマスターの剣が壊れ、そしてその腕が千切れるように飛んだ。
隣ではカルムが放った見たことも無いような業火がアスタロトの手の前でまるで壁があるように止まっていた。
またその隣ではゾルがやはりジークフリードの一撃で片足が失われていた。
「これで良いのか?」
アスモが語りかけるとマスターが青白い顔をして答えた
「ああカルムも敢えて欠損する必要はないだろう。ある程度予想はしていたが俺たちの負けだ。」
そう言うと後ろで待機していたのであろう治療師が現れ3人の治療を始めた。
「なぜ魔法を使わなかった? お前達は魔力の高さで今回試す事になったのだが?
只者ではないのは雰囲気からわかったが、まさか魔法ではない形で負けるとは思わなかったぞ。」
「俺等は使えない訳ではないがそれは少し質が違う。正直手加減がわからん。死なしては駄目だったからな」
「そうか、そういう理由か、しかし・・・・化け物だな」
「確かにお前達はAランク以上だ。果てが今は見えない。取りあえずAランクは俺の権限で認めよう。前例がなさすぎて本部と揉めそうだが、ここで認めないと俺の命に関わりそうだ。受付には急いで認識票を発行させる。それ以上は信じる奴がいなさ過ぎて面倒だ。依頼をクリアした方が分かりやすい証明になる。そっちで頼む。」
「いいだろう、どうせ討伐依頼はやりたいと思っていたのでな。ただランクに依って受けれる依頼が決まってるという話だったがそこは面倒なのですべて依頼を受けれるようにしてもらいたい。」
「ああ、その点は少なくてもうちのギルドでは問題無い。Aランクは基本最上級ランクの階層に属するから余程でなければ受けれるし、仮に余程の依頼があった場合もマスター権限で承認しよう。まあその間にいくつか高難易度を達成していればそれも証明になるしな。」
とそこにアスタロトが割って入り、
「とりあえずこれで要件は終わったのであれば我らはこれ以上拘束されるのは面倒だ。すまないがもういいだろうか?」と言い出した。
「簡単にすますな。あと様子を見た感じだとアスモはお前の上に見えるが違うのか?」
アスモとアスタロトは互いに顔を見合わすと、やれやれといった感じで互いを見、アスモが口を開いた。
「我らは仲間だ。それで答えになったか?」
「ああ、なんとなくな、まあ時間は確かにとらせて悪かった。これも仕事でな。」
そういうと、よろけた体を無理やり動かしながら出口に向かったので、アスモ達もそれについていく形になった。
一旦応接室に戻った後、簡単な説明を受け退散することになり、アスモ達は何も食べていなかったこともあり酒場で食事をすることになった。
アスモ達はギルド内の酒場に戻るとテーブルで酒と食事を始めた。
一見すると少年たちが酒を飲んでいるのはおかしい筈なのだが周りはもう何も言わないし 目線も向けない。先程の事が頭から離れないようだ。とそこに先程のカルムと呼ばれた青年が話かけてきた。
「すいません皆様、先程はありがとうございました。もし宜しければ同席しても構わないでしょうか?」
「構わないが何か用事でもあるのか?」
「はい、僕は正直このギルドではエリートと呼ばれております。しかし今日僕は世間知らずだったことがわかりました。そんなあなた達にお願いがあります。・・・・もし宜しければ一度我が家に来てあるお願いを聞いて貰えないでしょうか?お金はあります。どうかお願い致します」
するとジークフリードが答えた
「それは我らに利益は無いな。閣下は閣下のすべき事があるのだ。その時間を割くだけの利益が我らにあると思えないが?」
「確かにお金はその強さで有れば必要がないレベルで手に入るでしょう。ならば同情を買うわけでは無いですが理由を説明させて下さい。・・・・・実は僕には妹がいますが、彼女の病気の治療法を見つけないといけないんです。しかし彼女の治療法はまだ無いのです。僕も俊才とは呼ばれていますが理由は妹の為にただ治療法を見つけようとした副産物なのです。」
するとアスタロトが興味を持ったようで
「見たところお前はその感じではいろいろなところに頼み、調べ、金をかけたのだろう。それでもダメならば無理では無いか?それに俺らは治癒師ではない。さらに魔法は一度も見せていない。」
「たしかにそうです。ただ先程少し魔法が異なると話をしていましたので、もしかしたら治せるかとも思ったのです」
「どうするアスモ?さっきはお前の余興に付き合ってやったのだ、今度は俺の関心に時間を割いても良いのでは無いか?」
「そうだな。まあ気紛れな気分の中でこいつは良いタイミングで話掛けたかもな。 ふむ、良いだろう付き合ってやろう」
「ありがとうございます。正直雲を掴むような気持でお願いしているのは詫びさせていただきますが、可能性にかけたいのです。本当にありがとうございます!ここの支払いが私がさせて頂きます。どうか我が家へ来てください。」
そう言うとカルムは立ち上がり、店を出ようとした。
すると後ろから受付の声が掛かった
「すいません、アスモ様。身分証ですが少し手続きが特殊になりましたので明日以降お渡ししますが宜しいでしょうか?大変申し訳ありません。」
アスモがそれを聞き
「わかった、ならそのランクに見合う依頼も明日までに用意しといてくれ」と答えた。
「では行くか」
そして一団は夜になった店の外へ繰り出した。
カルムの家は街の目抜き通りにあるものすごく大きくは無いがそれなりに大きい小綺麗な家だった。
なるほどそれなりのランクとの事だったが、それに見合う報酬があるのだろう。
妹の治療にお金をかけたのを差っ引いて考えると結構なお金はあるらしい。
彼らが入ると9歳ぐらいの女のコが近寄って来た。
「お兄ちゃんお帰りなさい!あら?お客様かしら?」
「そうだ今日はリムにいい事があるかも知れないよ」
「皆様この子が私の妹のリムです。道中話をした通り、呪いに掛かっており、目が見えず、腕も片方しかありません。また臓器も一部欠損しております。」
「なるほど、ふむ、少し触るぞ。」
アスタロトはそう言うと彼女の額に手を当て暫く目をつぶった。
目を開けるとカルムに話しかけた。
「治すのは可能だ」
「本当ですか!可能性でお願いしたのに!やはり何かが違うと思ったのは間違っていなかった! 何でもします!是非お願い致します!」
「それは構わないが幾つか聞きたいことがある。まず一つ目はこの子はなぜ呪われたのだ? 二つ目は呪いの種類は何だ?魔女の類か?それとも過去の怨念か?三つ目が彼女に今備わっている特異稀な資質は元来のものか?それとも呪いの副作用か?副作用ならば取り除いた方が良いのか、残した方が良いのか?」
すると大人しく事の成り行きを見守っていたリムが答えた。
「一つ目は我が一族に対する嫉妬です。二つ目と関連しますが一族を恨みに想う人達の差し金による魔女の呪いです。そして三つ目ですが資質については一部が元来であり、それ以外は呪いによる死を逃れる為に後天的に身に付けたものです。出来れば治して頂くのに支障が無ければそのまま残して欲しいです。」
幼い少女とは思えない程しっかりした言葉でリムは言った 逆に言えば幼い身でありながらここまで話が出来るほどの出来事があったと見るべきか。
それを聞きアスタロトはまた告げた
「ふむ、ならば方法は幾つかあるが一番簡単なのがその呪いを私の血で喰らい尽くす事だ。ただしある意味私の血が入ると言うことになり、今後私に敵対することができなくなるがそれでも良いか?」
「血で治す?貴方達は人では無いのですか?それは悪魔の契約の様な類と言うことですか?」
「悪魔の契約?なんだそれは?察するに奴隷契約みたいなものか?そんな便利なものがあるのだな、なるほどそれは人が弱い故の特徴だな。ふむ逆に言えばそこまでなってしまう可能性があるという事か。私自身では敵対できないレベルで収まると思っていたが余計な負荷を与えるな。しかし他の方法は少し面倒なゆえ他の方法は私がそれをやるだけの報酬を提示出来るかによるな」
カルムがそこで口を挟んだ
「ならば恨まれる原因にもなった我が一族の魔術の教本は如何でしょうか?ただし書いてあってもそれを実行出来るかは基本わかりません。一族以外できなかった故、恨みを買ったわけですから。ただ僕の見立てでは貴方達なら仮に今できないとしてもいずれ可能と確信していますが」
「ふむ・・・・それは面白いな。良かろう。ならば少し待ってもらおう。時間がかかるのは簡単な理由だ。私は現時点でこの呪いの仕組みが朧げにしかわからない為だ。ただ今までの経験で治せるのはわかっている。つまり私が魔法体系をある程度理解できれば可能と言う事だ。故に体系を理解する時間をもらおう。」
「わかりました。それで結構です。」
「時間はどれくらいかかりそうですか?」
「我らは今それを学ぶ学校にはいろうと考えている。それ次第だな。逆にこの国の教育期間に我らを入学させる伝手は無いか?」
「ならばギルドを介して紹介状を書いていただきましょう。それで如何ですか?」
「ギルドで紹介をしてくれるのか?」
「年端もいかないものがギルドで高いランクを取得して、なおかつ学校に行ったことがないと言うのは前例がないはずです。それゆえに逆に可能性は高いかと。」
「わかった。ならそれで良かろう。ならば前金で彼女が生活を普通に出来るレベルにだけ治してやろうか?これは彼女の副作用の方向性を変えることで呪いを抑えるだけだ。身体的欠損は私の力で治せる。しかし彼女元来の力もそちらにまわしても精々5年しか持たん。元来の力の蓄積がなくなるのを考えると4年かもしれない。ただ我らが習うのにそんなにはかからないから当面は心配しないで良い。いざとなれば血で駆逐してやろう。
お前らは気付いていなかったと思うが彼女はこのままでは半年程度で死ぬぞ。」
そういうとアスタロトは手から薄い霧のようなものをだすと、それは彼女を覆い包んだ。しばらくして霧が晴れるとそこには腕も目も戻った彼女が現れた。
「視える!視えます 腕もある!それに体の中も心なしか戻った感じがします!ありがとうございました。」
「ふーむ、この感じだと血では確かに濃すぎるな。奴隷というか眷属になるな。やはり少し待った方が良いな。それではその教本とやらを貰おうか。」
「ありがとうございます!これがその教本です!」
カルムは奥の書棚にあった、一冊の古い本を取り出してきた。
いつの間にか、カルムの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
アスタロトはそれを気にもかけず、それに触れると、本は一瞬襲い掛かるような雰囲気を出した後、おとなしくなった。
「この教本は俺を歓迎していないみたいだな。しぶしぶ受け入れたみたいだ。なるほど一族以外
に対しての拒否反応といったところか」
そう言うと、本をめくり始めた。
「なるほど、簡単に見ただけだが、通常のものでは扱えまい。術式が術者に掛ける負荷が人の身では耐えれないレベルになっている。簡単に言うと身体を劇毒化するようなイメージだな。耐性がある人間でしか扱えまい。これは一族であっても耐性が低い人間は無理だろう。」
「そうなのですか?確かに一族では早死にする人間も多数いたと聞きますが。」
カルムは涙を手で拭きながら答えた。
「ああ、ただリムと言ったか?お前は先ほどの感覚では問題がない。兄貴もこの負荷はどこか身体的に異常がでるはずだから、その年で何もないのであれば問題はないはずだ。」
そういうと本を懐にしまい。アスモに話かけた。
「とりあえずここでやることは終わった。明日からダンジョンで少し稼ぐんだろ。今日はもう寝るか?宿も探さないといけないだろう。」
するとカルムが
「宿ですが、うちで良ければぜひ!もし嫌なら、ギルドで借りれるはずです。今日は空いているはずですので問題はないかと。もちろん宿代は私が払います。滞在している間は私が払わせて頂きます。」
「わかった。では宿に行くか。宿代は遠慮なくそちらに付けておこう。少しは金銭が発生した方がお前らも気が楽だろう。それに久しぶりの喜びを兄妹水入らずで分かち合いたいだろう。我らはこれで失礼するが、伝手の方はよろしく頼む。ギルドの横の宿がギルドの宿だろう。そこに常駐する可能性が高いから連絡は受付か宿に頼む。」
そういうとアスモ達はドアを開け去っていった。
残されたカルムとリムは互いに一連の出来事のあまりの速さに驚き、そして緊張が解け、現実感が沸いたのか二人見つめあい、涙を流しながら互いに強く抱きしめあった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!私生きれるよ!生きれるの!」
「そうだ生きれる!大丈夫だ。よかった!本当によかった。あの人達は・・・いや人では無いかもしれないがそんなことは関係ない。本当に神様のようだ。僕は忘れない。そしてあの人たちならきっとお前を完治させてくれる。夢のようだよ!」
そういうとまた二人で抱き合うのだった。
・・・彼女の完治は数か月後に訪れた。ある夜アスタロトがいきなり訪問し、治療したのだった。
しかも、アスタロトはその時に気まぐれだと言い放ち何かを彼女に施した。
そして言った。「娘よ、お前はのちに知るだろう。この僥倖がどれほどのものなのか。良かったな。いい星のもとに生まれて」と。
リナはその副作用の強化も含めアスタロトに恩恵を受ける形になり、のちにこの国の名を冠するアザエルの魔女と呼ばれ、語り継がれる伝説の大魔女となったのであった。兄も同様に活躍し、兄妹で国を代表する魔術師として名を馳せることになった。