5.魔女の友人
魔石の話が出たことにより、クリスティーヌが皇城に来て初めて欲しがったものは山脈の奥に眠る鉱石だった。地中奥深くに眠っており、その時間が長ければ長いほど魔力を込められやすいので、出来れば古く大きい物が良いとのこと。
石は石でも宝石ではなく、鉱石そのものをお願いするところはまさに魔女らしく周囲を引かせた。
手配しようと即決した皇帝は。
今後建てる予定となる大浴場を考えているのか不適に微笑んでいた。
周囲の者ははその笑みの真実を知らず、ただ冷淡に微笑む死神として映らないだろうが。
彼は、新たな浴場を作ることに機嫌が良かっただけだった。
「クリスティーヌ様。新しい侍女をご紹介致します」
クリスティーヌが皇城に来てから五日目のこと。
侍女長は歳の近い侍女を連れてきた。
フワフワとした金色の髪を左右にそれぞれまとめている姿は愛らしい。
身長はクリスティーヌよりも高いが、年頃は近い。
「ミルラ・カートソンと申しますわ、クリスティーヌ様」
お辞儀をする少女の可愛らしい笑顔に衛兵は表情を綻ばせた。まるで天使のような愛くるしさ。少女は無垢な可愛さを残しながらも、大人の女性へと成長をする途中の可憐をも兼ね揃えていた。
「ミルラは、カートソン一族の四女でございます。お父君は徴税官長でいらっしゃいますため、クリスティーヌ様の良きご友人になられるかと存じます」
侍女長の説明を聞き、それまで一人用の椅子に座り国書を読んでいたクリスティーヌは立ち上がりミルラの近くまで寄ってきた。
ミルラはグッと息を潜め、笑みを浮かべる。
魔女と呼ばれる皇帝の婚約者は、城内でも城外ですらも臣下を恐怖に陥れていた。また、今まで何一つ浮いた話も、結婚の噂さえも無かった皇帝がついに婚約した相手が十二歳の少女だということは、国民を盛大に驚かせた。
これにはミルラも同様に驚いた。ミルラは今年で十四歳になる。歳も幼く、皇室を野心的に狙うには五つ年が上の姉の方が有利であったため、自身は皇帝の前に名乗りをあげることすらも無いだろうと思っていたからだ。
ミルラは、あどけない少女の風貌をしている割に野心的な性格だった。
十二歳の、身分も魔女だという少女より私の方が絶対に良い。
年が近い故に奇妙な対抗心を持っていた。
そのミルラに侍女として仕えないかという声が掛かったのは運命としか言いようがない。
(もし皇帝が、可愛い少女がお好きだっていうなら私にだってチャンスはある)
ミルラは、恐ろしいながらも美しい皇帝が好きだった。純然たる憧れを抱いていた。その年特有の、自分には無いものに惹かれるお年頃だった。
気位高き一族の少女らしい思考の持ち主ではあった。恐ろしい者にほど近づきたくなる、そんな年頃の少女の考えは一般的かと言われるとそうとも言えないが、少なくとも魔女よりは常識を持っていた。
「クリスティーヌ様は長らく塔で過ごされてきたと聞いております。年頃の話せる方もいらっしゃらなかったでしょうから、是非お近づきになりたいですわ」
「……友人ならいますよ」
少し警戒した魔女の反論に、ミルラは心の中で笑った。
魔女の友達? 同じ魔女仲間がいたというの。
それにしたって、彼女のような陰気な友人だっただろう。お似合いなことだ。
「左様でございますか。きっと貴方様と同じように魔力がお強い方なのでしょうね」
ミルラのように身分相応な交際関係を持つとは思えない。何より魔女という忌むべき存在を馬鹿にしていた。
ミルラの態度には流石に侍女長も眉を寄せた。いくら年が最も近く身分も相応しいとはいえ、彼女はまだ子供。衝突して余計に関係を悪化させるぐらいなら引き離した方が良いかもしれない。
口出しすべきか悩んでいるところだったが、それよりもクリスティーヌが先に口を開いた。
「ええ。私よりも魔力が強く、そしてこの世界の誰よりも知恵と常識に富んだ方です」
「まあ、それはそれは。そのような素晴らしいお方にお会いしてみたいですわ」
魔女の友人に常識があるとするならば、今頃魔女はこの城から出ていくべきだというのに。
それがミルラの本心だった。
会わせられるなら会わせてみろ。
そんな挑戦を汲んだらしいクリスティーヌは手を翳すと、手元に鋭利な氷が浮き上がった。
詠唱も無く氷の魔法を生み出したのだ。
初めて見る魔法。部屋の中から急に冷気が感じた。
何が起きたのか分からず、ミルラは氷を浮かばせる魔女を見つめた。その瞳はこれから起こる事態に瞠目した。
浮き上がった氷の刃がクリスティーヌの掌を勢いつけて切り裂いたからだ。
侍女長とミルラが悲鳴を上げる。
止血をしなくては、まず手当てが必要だと駆けつけようとした侍女長に対し、血が流れたままの手を出して近寄ることを拒んだ。
『我が贄に応じて召喚に応えよ。美しき精霊、ニンフ』
古の言語による召喚により、魔女の周囲にいる者達は彼女が何を行おうとしているのか一切理解出来なかった。
ただ、彼女から噴き上げた鮮血が地に落ちることなく宙に浮き、その場で魔法陣を描いた後に輝き出した。クリスティーヌの金色の瞳が一層に輝き、彼女の辺りから風が舞う。
魔法陣から細長い腕が生える。それから次第に身体が出現し、魔法陣が消えると同時に一人の女性がその場に立った。
人とは思えない美しき容貌。見たこともない素材でできた衣服を優雅に着こなす女性。明らかに人間ではない長い耳。
精霊である。
ミルラと侍女長、そして様子がおかしいと部屋に訪れた兵士達は一斉に平伏した。ヴァルナ皇国は自然の要塞に守られし国であるため、自然を管理する四大精霊を崇拝、信仰していた。その精霊と同等の立場である精霊が目の前にいては、人間の常識などゴミ屑のようなものだ。
「紹介します。私の友人であるニンフです」
ニンフ。その名に跪きながらミルラは冷や汗を垂らした。ニンフという名の精霊は森や山などの自然を守りし守護精霊。下位ではあるが女神の座に属するほどの高位ある精霊であった。
神殿に飾られるニンフの石像でさえ、今目の前に立つ精霊の美しさと神々しさには敵わない。一切の装飾品が無くとも、誰もその美しさと高貴な出立には敵わない。
『久しぶりねクリスティーヌ。貴女の住まいが滅んだと妖精が言っていたけれど本当なのね』
古の言葉で話しかけるため、クリスティーヌにしか彼女の言葉は理解できていない。
『ええ。ヴァルナ皇帝に保護されました。今は皇帝の婚約者としてお世話になっています』
『まあ! 婚約者ですって? クリスティーヌったら結婚するの?』
ニンフは恋多き精霊としても有名だった。好みの男性がいれば精霊だろうと人間だろうと思いのままにしていた。
『妖精達に教えなきゃ。沢山の祝福を贈るわ。赤ちゃんが産まれたら絶対に呼んでね』
『気が早いです』
『うふふ、赤くなって可愛らしい。女の成長なんてあっという間よ。女の子はこうでなくっちゃね』
嬉しそうに会話をする二人を、直視できずに頭を下げていた者達は、いつまでこうしているべきかと悩まされる。それこそ、礼節ある者は高位的立場である精霊を前にして身勝手に発言も許されない。信仰への冒涜である。
「お分かり、いただけました?」
魔女が声をかける。
それは精霊にではなくミルラ自身に向けて。
ミルラは顔を上げることも出来ず。
「……はい……申し訳ございませんでした……」
悔しさも通り越して恐怖を抱きながら、頭を下げ続けた。
侍女長もまた頭を下げながら頭痛に効く薬が飲みたいと考えていた。せめて常識を学んでほしくて年の近い娘を側に仕えさせたかったが裏目に出てしまった。
精霊は高位ある立場だが、人間の常識など皆無だ。
精霊の友人など聞いたことも無い。
侍女長は、己が仕える女主人がつくづく恐ろしくなった。
侍女長、ならびにミルラ達を退室させてから改めてクリスティーヌはニンフを見た。
『貴女にお願いすることがまだあるの』
改まった幼き友人の頼み事。
麗しきニンフはニコリと微笑んだ。魔女とニンフの関係もまた契約から繋がるもの。高い魔力を代償に頼み事を聞くのもまた、精霊の戯れの一つ。
『オトモダチの頼みですもの。何かしら?』
優雅な笑みと共に、若き皇帝の婚約者の髪に触れる。
灰色の髪に触れるだけで感じる魔力の高さ。
嗚呼、何て美味しそう。
クリスティーヌの友人であるニンフには、人間の常識など何の意味も無かった。
分かることは、この幼さで高位召喚を出来る可愛らしい契約者の魔力をいつまでも受け取りたい。
そして願わくば、赤児の頃から見ていた可愛い魔女に素敵な恋が舞い降りますように。
ちょっとしたオマケも込めて、灰色の三つ編みに見えないおまじないを混ぜておいた。
この小さなお友達が、少しでも素敵な恋に落ちますように。
麗しき友人である精霊ニンフは、自然界の精霊であると共に、恋の女神としても知られていた。