17.死神皇帝と魔女の再会
遅くなり申し訳ないです!
ジルが足早に進む廊下で靴音が響く。呆気ないほどに兵力も少ない城内を見てジルは不安がより深まった。
兄であるクローディは、ジルが幼い頃から見ていても愚兄だった。そんな彼を九年前に逃した時からずっと違和感があったのだが、今になってようやく確信したことがあった。
ザイド教国。魔術師を武力として扱う国。
ジルが数年前より制圧したと思っていた国が、九年も前からジルに対し敵意を抱いていたとしたら、クローディを匿いこの機会を持って行動することも容易いだろう。
優先すべきことは兄であり敵国の対処であることは理解している。
けれども一刻も早くクリスティーヌを見つけ保護したい。ジルは今、それだけを強く望んでいた。
兄を殺すことも彼女の無事を確認してからだ。
もし、今の機会をはかってザイド教国が行動するのであれば皇帝であるジルを皇国から引き離している今しかない。猶予は僅か。急いでクリスティーヌを見つけ保護し、兄を仕留めてしまいたい。
ジルは、不意に感じた視線に足を止めた。
周囲に人はいない。窓も無いため視線を感じるなどあり得ないのに、今確実にジルを見ている者がいる。
より鋭くなる視線の圧を感じ、ジルは重い衣装をものともせずに走り出した。
途端、天井が激しい音と共に崩れ落ちる。瓦礫が飛び散る光景。何処から襲撃を受けたというのだろう。発砲するような音は何一つ無かった。
「勘の良いお方だ」
瓦礫となって落ちた天井の先は空だというのに、空の上から声が聞こえた。
銀色の瞳を宿した男が宙に浮きながらジルを見据えていた。傍に召喚したらしい魔物の姿があることから、使役したのだと分かる。
「魔術師か」
男はジルの言葉に回答せず、手のひらから炎を生み出すとジル目掛けて放つが、ジルは表情一つ変えることなく炎を外套で受け止める。
外套を大きく振るい、炎を一瞬で消し去ったジルは、先ほどと変わらない表情で男を見つめた。
「クリスティーヌを攫うよう指示したのもお前だろう」
魔術師は答えず、しかしジルの言葉に意外そうな表情を見せた。
「彼女については、お前の後を追わせるつもりだ」
男が先ほどよりも勢いのある炎を生み出す。
男がザイド教国の者であるとすれば、元よりクリスティーヌ、ジルどちらの命も奪う腹づもりだったのだろう。更にはクローディをどうするかは分からないが、同盟などという戯言を告げる事もないだろう。恐らくは殺めるか、傀儡として使い続けるか。
ジルは不適に笑う。
クリスティーヌに害なす者。
そして兄の殺害を妨げる者であるならば。
迷いなく殺められる。
ジルは武器一つ持たないままに、魔術師と対峙した。
突然の騒音に、木陰に潜んでいたクリスティーヌは顔をあげた。
現状を確かめるために身を潜めていたため、始めは兵が逃げ出したことに気付いたのかと思い警戒していたが、音がした先からは魔力の気配を感じた。
「どういうことかしら……」
肩に乗せた悪魔を見る。悪魔は何処か怯えた様子でクリスティーヌにすり寄っていた。
もし、姿を消したクリスティーヌをジルが探しに来ているとするならすぐにでも合流したい。けれど自身が邪魔になることは我慢ならない。
自力で逃げようと思っていたが、銀色の瞳を持つ魔術師により周囲に結界が張られていて魔法を使うことを躊躇っていた。
使えばすぐに居所が分かってしまう。悪魔の召喚では干渉を起こさなかったが、クリスティーヌが魔法を使えば確実に居場所が露見してしまう。
「どうしましょう……」
今まで数多くの知識を得たクリスティーヌであったけれど、解決策は全く思い浮かばないことに焦燥した。知識など何も役に立たない。
早く、早くジルに会いたい。
その想いだけが強まり、ひたすらに焦る。
騒音がした先から再度大きな音が鳴った。
先程と方角が同じであり今なら分かる。ヴァルナ皇国で襲撃した魔術師と同じ魔力だ。
ギイイと、悪魔が鳴いた。どうやら騒音の先には使役した悪魔よりも強い魔物がいるのだろう。その気配に怯えている。
かの魔術師が攻撃を仕掛けているとすれば、その相手はクリスティーヌにとって味方でしかない。
クリスティーヌは小さな足で騒音の先へと走り出した。
ジルは胸元に隠し持っていた小刀で燃えている外套を切り裂いた。次々と降りかかる炎を素早く交わしながら魔術師との間合いを測る。
時折魔術に当たるものの、身に纏った結界により大事にはならない。それでもかすり傷や火傷が少しずつ体に刻まれていく。
魔術師はこれでもかというほどに魔力を放つが、それでもジルには当たらない。何故だと焦れば焦るほど的外れな方向に放ってしまう。
あと一息。皇帝を殺し、魔術師の塔の生き残りであるクリスティーヌを殺せば終わるというのに。
魔術師の男はザイド教国に仕え、主人から誉ある任務を与えられていた。賊国の皇帝ジルを殺し、魔術師の塔などというふざけた組織の長となるクリスティーヌを殺害せよ、と。
そうすればこの大陸で最も優れた魔術師としての称号を与えられるだろう。銀色の瞳に相応しい魔術師としての地位。ザイド教国での立場を確固としたものとするために。
魔術師は躍起になってジルを狙う。ろくな武器を持っていないというのに、ジルはまるで未来を読み取るように男の攻撃を交わしていく。
己に近づいて来る皇帝が恐ろしく感じる。じわりじわりと忍び寄る死神の姿を彷彿させるのだ。
「く……化物が……!」
冷淡な金色の瞳に見据えられれば仕留められる。魔術師は恐ろしさからそんな考えにまで至った。
ジルは薄ら笑いを浮かべる。戦では皇帝であろうとも常に最前線に向かい、戦地で常に呼ばれた名をここでも呼ばれると思わなかったからだ。
ジルは魔術など使えない。が、強い魔力を持っている。その特異な体質は身体に影響を及ぼすのか、相手の行動が手に取るように分かる。魔術師が放つ炎がどこを狙うのか、どこが弱点であるか。
小刀を持つ手に力を込め、魔術師に向けて迫ろうとした瞬間。
魔術師が遠くを見た。
まるで、何かを発見した様子にジルも視線の先を流し見る。
すると、息を切らせながらこちらに走ってくるクリスティーヌの姿があった。
無事だった、という安堵と同時に襲い掛かる恐怖。
ジルは急いで魔術師を見た。
男は、瞳孔を開いた目を血走らせながらも笑い、傍で自身の身を護らせていた魔物をクリスティーヌ目掛けて放った。
ジルは、迷いなく魔物の目の前に立ち向かい。
クリスティーヌを庇う形でその魔物の牙を身に受け止めた。
肩から痛みと共に血飛沫があがる。
目前で起きた光景に、一瞬何が起きたか分からなかったクリスティーヌは。
魔物に襲われその場に跪いたジルを見て声にならない叫び声をあげた。
魔物もまた悲鳴をあげる。
噛み付き襲ったジルの手にあった小刀によって腹部を大きく斬り裂かれたためだ。
深傷を負った魔物が泡のように消え去った。が、その隙をついて魔術師の男がジルに向かい炎を唱える。
肩の痛みにより動きが鈍っていたジルには交わすことが出来ず、魔術師の放つ炎を眺めるしか出来ず。
目を閉じることなく命が尽きるであろう瞬間を見つめていた。
しかし、自身の異名を持つ死神は訪れず。
目前に居た魔術師が鋭利な氷によって貫かれている姿を眺めることになった。
何もかもが一瞬すぎた。
ジルが魔術師を仕留めようとした時にクリスティーヌが現れて。
クリスティーヌに魔物が放たれ、その牙をジルが受け止めた。
深傷のジルを殺そうと魔法を放つはずだった魔術師は。
同じ魔術師であるクリスティーヌによって殺められた。
一瞬すぎる出来事だったけれども。ジルはクリスティーヌの居る方に視線を向けて。
息を切らせながら無我夢中で魔法を唱えたのであろうクリスティーヌに微笑んだ。
「無事で何よりだ」
まるで何時ものように話すジルに、クリスティーヌは感情が昂り涙が溢れた。
「……っ……! 無事じゃないのは、ジルの方でしょう!」
小さな少女から放たれた叫び声が砦中に響き渡り。
遅れて向かっていたヴァルナ皇国の衛兵に居場所を知らせる事となった。
戦闘シーン的なシチュエーションがうまく書けず申し訳ないです。勉強しなければ…




