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12.死神皇帝の憂い


 水車広場でジルのことを待っていたクリスティーヌは、戻ってきたジルの姿を見て立ち上がった。


「待たせてしまい悪かった」

「いえ、それよりも……」


 クリスティーヌはジルが手に持つ飲み物の量に驚いた。器用なことに飲み物を四つ持っていた。片手に二つ、もう片手に二つとバランスよく持っていた。

 視線に気付いたジルは苦笑した。

 

「どれにするか悩んでいてな。悩むぐらいなら全て買うことにした」

「そうですか……」


 飲みきる頃にはお腹がタプンとなりそうだ。クリスティーヌは笑った。




 水分補給を終えた後、ジルが話していた通りクリスティーヌの買い物をすることにした。露店通りに戻りいくつかの商品を眺める。ブティック通りにするかと相談も受けたが、クリスティーヌは多様な物が売っている露店に惹かれたため、そちらが良いと頼んた。

 気に入る店を少しずつ覗いていく。特に小物が多く並んでいるお店で足を止めては財布となる小物を探す。

 その中で革製の雑貨を扱う店を見つけたため足を止めた。

 並ぶ商品を見ていれば使いやすそうな硬貨入れを見つけた。更に紐で綺麗にデザインがされている。凝った作りで女性に好まれるデザインだった。


「これがよいか?」


 手に取って障り心地やデザインを眺めていたクリスティーヌはジルの言葉に頷いた。中を開けてみれば思った以上に中も広くこれなら今持つ硬貨も問題なく入りそうだ。


「ジーク、これにします。あの、こちらを頂けますか?」

「はいよ」


 露店の商人がやってきて値段を教えてくれる。クリスティーヌは先日教わった通りに硬貨を取り出し、手のひらに乗せて確認してから商人に渡した。商人が受け取り釣銭らしい小さな小銭を渡される。家庭教師からは教わっていた小銭。出掛ける時に渡された硬貨は高額に近いため、こうした小銭を目の当たりにするのも初めてだった。硬貨よりも作りは質素だった。

 早速買った財布を使うことにしたクリスティーヌは受け取った小銭を閉まってみる。特に問題無く使えそうだ。


「良いものがあって良かったな」

「はい。良かったです」

「おや。仲の良い兄妹だね」


 ニコニコとした商人に言われ、クリスティーヌは一瞬何を言われたのかと思ったが、その内容を理解して少し不満に思う。

 年の離れた二人を見て兄妹と思われるのも仕方ないことだとは分かっている。当たり前だと理性では分かっているけれども。

 憮然とした態度が無表情にも表れていたらしく、隣から笑い声がした。ジルだった。


「すまないが店主。私達はこう見えても婚約者同士でね」

「へ? こんやくしゃ?」

「ジ……ジーク!」


 まさか、そのまま正直に伝えると思わなかったクリスティーヌは慌ててジルを見上げた。クリスティーヌを見下ろすジルの表情は穏やかだった。


「そりゃあ失礼しました。いやあ、よく見れば確かにお似合いのお二人だ!」

「そうだろう?」


 さすが商人というべきか。すぐさま態度を改めた商人に関心しつつもいくつか会話をしてから露店を離れた。


「さて、次は何処へ行きたい?」


 先ほどまで行っていた商人とのやり取りなど忘れたようにジルに問われる。未だにクリスティーヌの頬は赤いというのに。

 けれども内心は嬉しかった。兄妹と言われたまま終わらせるのではなく、きちんと婚約者であると伝えてくれる事が。

 それでも、身長差があるため肩を並べることは出来ず、ずっと手を繋いで歩いている姿は、きっと他から見れば兄妹にしか見えないことだろう。

 いつか成長した時、まだジルの傍にいられれば。

 その時は胸を張って夫婦であると言い合えるのであろうか。


「クリス?」


 偽りの名を呼ばれてクリスティーヌは慌ててジルを見上げた。

 そういえば次の行先を尋ねられていたところだった。

 改めてクリスティーヌは次の行先を考える。先ほどから一つだけ気になった場所があったことを思い出した。


「泉に行きたいです」


 そう告げると、ジルはクリスティーヌの考えをすぐに理解したらしく微笑んだ。


「いいだろう」


 繋いだ手は冷たかったけれど、長い間歩いたクリスティーヌにはとても心地が良かった。




 馬車に暫く乗り、降りた先はこじんまりとした場所だった。

 周囲は雑木林に囲まれており、鬱蒼と茂る木々により陽の光も微かにしか地に届かない。

 中央に一つの泉があった。泉と呼ばれているが、実際は長い水脈を持ち、先ほどまでクリスティーヌがいた水車広場まで通じている。誰もが目にもかけないこの泉にある水源こそが、ヴァルナ皇国の水源であることを誰が知るだろうか。


「ああ、やっぱり」


 周囲の空気を感じ取るようにクリスティーヌは微かに笑った。彼女だけにしか分からないだろうが、かつて共に暮らしていた長老の魔力を感じ取ったからだ。


「ここに結界を張ったのは長老ですね」

「そうだ。誰にも教えていないというのによく分かったな」

「先ほどの水車広場から長老の魔力を少しだけ感じたのです。だから気になって」

「それでここに来たかったと?」

「ええ」


 クリスティーヌは周囲を見渡した。魔力は随分と自然に溶け込み風化していたが、未だに役目を全うしている。この結界は、悪意ある存在から水脈を守るために築かれている。


「この水源こそヴァルナの弱点とも言える場所だ。この水源を絶たれた時、国全ての水が絶たれる。なので九年前に魔術師の塔に赴き長老に頼んだのだ」

「それほど前に……」


 九年前といえばクリスティーヌは三歳か四歳の幼子であった頃。勿論記憶には無い。

 クリスティーヌは改めて泉を見た。結界は今も残ってはいるものの、このままではいずれ結界は消えてしまうだろう。

 消えかけていた結果に手を添える。懐かしい長老のほんの少し感傷に浸ったが、気を取り直して詠唱を始めた。この結界を更に強固とするために。更には精霊の加護により、より瑞々しさを取り戻すように。

 クリスティーヌの周囲が輝く。そして彼女を中心に光が広がり、泉や林全体を光が覆う。この光景をジルは九年前に見た。その時はクリスティーヌではなく、今は亡き魔術師の塔の長だったが。

 きらきらとした光が舞い降りる。林の葉が光も無いのに鮮やかな輝きを放っている。魔力が込められているのだ。


「そなたは何をしたのだ?」

「結界を張り直しました。より強いものへと。これでもっと長く持ちます。それと、精霊の加護を周囲に与えました」

「そうか。凄いな」


 素直に本心を告げるジルは、言葉では単調ではあったが心底彼女に感心していた。ジルは魔力が高いとされているが魔力が可視できるわけでも、魔術が使えるわけでもない。だから、彼女が何を成したのか分からなかった。それでも、クリスティーヌが輝いた後、周囲の空気がとても澄んでいると感じた。立っているだけで心が安らぐような感覚がジルにも降り注いだ。

 ジルには、その空気に溶け込むクリスティーヌが眩しかった。魔力により輝くだけではなく、その存在そのものが神々しく感じられた。

 

 触れてはならない存在にすら見えた。

 けれど彼女は、幼い顔立ちでジルを見上げてくる。

 褒められることを待つような幼さと、使命を終えた誇りある女性らしさを織り交ぜた表情を浮かべて。

 

「そなたは眩しいな」


 あまりに眩しくて、ジルには手が届かない。

 それでも引き離すことが出来なくなりそうで。


 クリスティーヌの手を取り、引き寄せて抱き締めた。驚いた様子で顔を見てくるが、あまり見られたくなくてきつく抱きしめる。

 誰が彼女を人形などと思うだろうか。

 これほどひたむきに自然を愛し、精霊を愛し。

 魔術を扱う者としての誇りを持つ彼女を。

 愛しいと思わない者がいるのだろうか。


 その尊い存在である彼女が、あまりにも死神には似つかわしくなくて。

 ジルは自嘲せずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] お互いがお互いを眩しく思う… 実に理想的じゃまいか! まぁ…兄妹に見えるのは仕方無いが… お似合いの夫婦にはなるでしょう。
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