1.死神皇帝と12歳の魔女
気分転換に歳の差カップルを書きたくなったので書き散らしてます。
おびただしい鮮血によって玉座は赤く濡れていた。
胴体から離れた首がコロコロと玉座から転がり落ちる様子を、周囲は恐怖に震えながら眺めていた。
誰もが怯えて玉座に立つ男を見ていた。
彼が手に持つ剣により、いつ自分が殺されるのか。皆が恐怖に怯えていたのだ。
男は自身の父である皇帝を何の躊躇も無く息の根を止めた。命乞いする時間すら無く、鮮やかな剣技でもって、実の父である皇帝の首を斬り落としたのだ。
皇帝の命が途絶えた事により、次期帝位継承の権利を持つ長兄に皇帝の位は移譲されるのだが、今この場にその嫡男の姿は無かった。
とすれば、次の継承権を持つ彼こそが、皇帝となる。
「ジル・ヴィラルドルフ・ヴァルナ」
彼は赤く染まった剣をマントで拭うと鞘に納めた。そして新たな自身の名を告げる。
「今宵より私の名を呼ぶのであれば、そう呼ぶように」
その場に居た誰もが否定することも、肯定することすら出来なかった。
ヴァルナ皇国、そして皇帝のみが許されるヴィラルドルフの名は歴代皇帝にしか授けられない称号。
かつてジルという名しか持たなかった少年は、皇帝の名を手に入れた。
黒き髪と金色の目は魔物の象徴と蔑まれていた。だが今は父の血により赤く染まる髪となり、頬に伝う血は涙が伝うようにも見えた。血の涙とは、まさに彼に相応しき言葉。
ジル・ヴィラルドルフ・ヴァルナが皇帝となったのは二十歳の時だった。
それより九年の歳月を得て、彼は全大陸を統一した。
彼の通り過ぎた道には屍の山が生まれることから。
彼は、死神皇帝の異名を手に入れた。
皇帝に即位して九年が経った後。
彼は相も変わらず全身を赤く染めながら剣を持ち佇んでいた。
九年の歳月で伸びた黒髪は一本の紐で緩く結ばれている程度。顔立ちは凛々しさを増してはいたが、無表情であることは変わらない。
全ての大陸を総てもなお、他人の血で染まる生き方は変わらなかった。
しかし一つの変化が訪れる。
ジルの目の前で、一人の幼い少女が老婆の最期を看取っていた。
老婆は大陸内で唯一中立の立場であった魔術師の塔の長老婆であった。その唯一の存在が今、幼い少女の膝の上で命を失った。
老婆の皺がれた手を優しく握りしめていた少女が起き上がる。
身長はジルの腰までも満たない小ささだった。ジルは彼女の年齢を老婆より聞いていた。確か十二歳。ジルよりも十七も年下の少女だ。
見下ろす形となってしまった少女の表情は見えない。もしかしたら泣いているのかもしれないが、ジルは慰める術など知る筈もなく、ましてや人を労る方法すら分からない。なので事実だけを述べる。
「助けが遅れたことを詫びよう。だが、そなただけでも無事で良かった」
「はい。約束通り助けに来てくださったこと、ありがとうございます」
まるで十二歳の発言とは思えないと、周囲の兵士は驚いた。しかも、身内である老婆を亡くしたばかりの少女だというのに、その声色は淡々としていた。
「長老との約束を知っているのだな」
ジルはこの年頃の少女がどのような性格であるかなど知らない。故に、少女の口調がいかに大人のような冷静さであろうとも、それが普通なのだと認識して話を進める。
「ばば様から聞いておりました。魔術師の塔が襲撃に遭った時は皇帝自ら救いに来ると。そして私を護る約束をしたと言ってました。……まさか本当に来られるとは」
「約束は守る」
いくら冷酷で残酷で、人の心が無いと罵られようとも皇帝は約束は破らないと。
その言葉に少女は緊張していた空気を少し和らげてジルを見上げた。
初めて目が合う少女の瞳は金色だった。ジルと同じく魔術の力が強い者の証を持っている。
この幼い少女こそ、次期魔術師の塔を統べる者と言われていた魔女、クリスティーヌだった。
「魔女クリスティーヌよ。長老婆が私と交わしたもう一つの約束も知っているか?」
「はい」
「その約束を守ると?」
「約束は守るものですから」
先ほど皇帝が告げた言葉を同じように返す少女は、まだ幼さを残した顔でジルを見上げていた。
「魔術師の塔が何者かにより襲われた場合、皇帝自ら救出を行う。そして、次代の長となる魔女クリスティーヌを救出する。その見返りに、魔女クリスティーヌを皇帝に嫁がせる……その約束に偽りは無いと?」
皇帝が告げた言葉に、周囲の従者達が盛大にざわつき出した。だが皇帝も、魔女と呼ばれる少女も眉一つ動かさずにお互いを見つめあっていた。
「そうです。約束通り私と結婚して頂けますか?」
まるでおままごとの延長線のような求婚に、初めて皇帝が笑った。笑顔すらも周囲を凍りつかせるような強面だった。
「先を越されたようだ。喜んでその申し出を受け入れよう、クリスティーヌよ」
血に染まった手を拭くでもなく皇帝は差し出した。彼は女性をエスコートする術を知っていたが、手を清潔な状態で行うべきであることを知らなかった。
けれども少女はその手を受け取った。自身の手が赤く染まる事を少しも厭わなかった。彼女もまた、手が汚れることを気にも留めなかったのだ。
周囲は恐ろしそうにその光景を眺めていた。
血濡れた死神皇帝が、幼き魔女クリスティーヌを妻に迎え入れる話は。
大陸総てに行き渡る逸話として知られることとなった。