短冊に願いを
地域がにぎわう七夕祭りの日。青年は笑顔で過ぎ行く人々をよそに、一人浮かない顔で町をほっつき歩いていた。
「玲奈。どうして君は、僕を置いて逝ってしまったんだ」
彼は半年ほど前に、恋人を不慮の事故で失っていた。彼女とは相思相愛で、将来をともに歩む約束までかわした仲であった。
なのにもかかわらず、突然失ってしまったのだ。自身の半身とも言える、かけがいのない存在を。その喪失感といったら、とても安易に文章などで表現できたものではない。
心の傷を癒してくれるのは時だけだとはよく言うが、立ち直るのが果たしていつになることか、見当もつかないのだった。
青年が悲しみにくれながら歩いていると、駅前の広場に辿り着いた。七夕のイベントを開催しているらしく、短冊がいくつもぶら下がった大きな笹が用意されていた。その横には、「ご自由にお使いください」という言葉とともに、白紙の短冊とペンが準備されたテーブルが設置されている。
「七夕、ね」
自分の願いを書いた短冊を笹につけ、星に願いを捧げる日。そのようなことで願いが叶えば、苦労しないに決まっている。
だが、気休め程度にはなるだろうか。月日が過ぎてもなお、彼女を愛し続けるこの思いならば、空の彼方まで届いてくれるだろうか。
青年はおもむろにテーブルに近づき、ペンを手に取る。そして短冊に、願いを綴り始めた。
「玲奈……」
どうか、彼女に会えますように。
か細い筆跡で願いを書き込まれた短冊をそっと笹にぶら下げると、青年は星一つ浮かばぬ薄暗い空を仰いだ。
「……なんてね。こんな願い、叶うわけないよな」
――いいえ。そんなことはありませんよ。
「誰だっ」
突然どこからか響いてきた声に、青年は仰天しながら辺りを見回す。
しかし、道行く人の中には彼に注目している人はおらず、近くによって来ようとする者もない。
「な、何だ。幻聴か」
――幻聴などではありません。私は確かに、あなたに対して語りかけました。
「!」
再び聞こえた声に、青年は戸惑うばかり。それでもなお、謎の声は続いた。
――信じてもらえないかもしれませんが、私は神です。
「か、神?」
――はい。あなたは今、短冊に願いを捧げましたね。
「まあ、そうだが」
――他の祈りは、全く心のこもっていない物ばかりでしたが、あなたの物は違う。とても、強い思いが込められている。それこそ、天にも届くほどに。それだけ強く祈られては、神として放ってはおけません。あなたのその願いを、私が叶えて差し上げます。
「ほ、本当か!」
――ええ、もちろんです。さあ、まぶたを閉じなさい。再びその目が開かれた時、あなたの望みが叶えられていることでしょう。
にわかには信じがたかったが、青年は声に従って目を固く閉じた。
例え幻であったとしても、また彼女に会えるのなら。
願いを強く念じた瞬間、身体の芯を貫くような強い衝撃が走った。
あれほどにぎやかだったはずの広場は、すっかり騒然となっていた。
大きな笹の前には黒山の人だかりができ、和やかなお祭りムードは既に一蹴されている。
「誰か、救急車を呼んでくれ!」
「駄目だ、もう脈がない」
次々に言葉が飛び交う中、青年は胸を押さえながら身体を地面に横たえていた。
彼が浮かべる幸福そうな笑みを明るく照らすのは、夜空に瞬く二つの光だけだった。