第9章
麗らかな春の日差しが差し込む王宮の1室。
姫巫女様を含んだご令嬢たちが紅茶やお菓子をつまみながらお喋りを楽しんでいた。
その中にはこの前の宴でわたしを敵視していたイリアス様の姿も……。
……出来る限りイリアス様には近寄らないようにしよう。
他の侍女たちに紛れ、部屋の片隅に控えていたわたしはイリアス様の姿を見つけ思わず身体を潜めた。
「ルイーゼさん、何してるんですか?」
「え?……あ、別に……」
一緒に控えていたソフィーナが不思議そうな視線を向けたのでわたしは慌てて笑って誤魔化す。
「……?それにしてもヴューイ様すごい人気ですねぇ」
「………本当にね」
まだ不思議そうな表情をしながらもソフィーナは視線をヴューイ様に移した。
流石と言うかやっぱり言うか…。
護衛してるハズのヴューイ様はアヴィスから少し離れた場所でご令嬢たちに囲まれ少し困った様に微笑んでいた。
「そんなにヴューイ様が気になるのかしら?」
「……イリアス様……」
少し呆れ気味でヴューイ様を見つめるわたしの前にイリアス様と何人かのご令嬢たちが立っていた。
……ヤバイ……見つかった。
イリアス様は明らかに不機嫌な表情で周りにいたソフィーナ以外の侍女たちはわたしたちをいつの間にか遠巻きに見つめている。
「あなた、この前の宴でヴューイ様と話をしていた侍女よね?」
「……はい」
「ヴューイ様と賭けをしてるのも……あなた?」
「……」
イリアス様の質問にわたしは黙り込んでしまう。
「………そう。あなたみたいな目立ちたがりの侍女を持つとアヴィス嬢もさぞ大変でしょうね」
黙るわたしをイリアス様が冷たい表情で笑う。
――――クスクス
周りにいたご令嬢たちもバカにした様に笑い出す。
わたしは何も言い返せなかった。
侍女の立場でご令嬢のイリアス様に言い返すワケにいかないし、わたしのせいでアヴィスに迷惑をかけているのは本当の事だから…。
「あまり侍女のクセに目立ち過ぎない事ね。どうせヴューイ様も暇潰しであなたを誘っているのだから」
そんなの言われなくたってわかってるわ……。
イリアス様の言葉にわたしは少し胸が痛み、唇を噛んだ。
「ルイーゼさん……」
「大丈夫」
傍にいてくれるソフィーナの心配そうな声にわたしは慌てて笑顔を作る。
「お茶会楽しんでいるかしら?」
そんなわたしの肩に誰かが触れた。
「………姫巫女様………」
イリアス様とご令嬢たちの顔色がさっと青ざめ、慌てて姫巫女様に頭を下げた。
わたしたちも姫巫女様の登場に驚きつつ、深く頭を下げる。
「そんなに畏まらないで。せっかくの楽しいお茶会が台無しになってしまうわ」
わたしたちの態度に困った様にため息をついて姫巫女様が言う。
姫巫女様……それは無理な話です。
身分と偽ってなくても姫巫女様と話すなんて恐れ多い事。
同じ部屋にいる事すら普通ではあり得ないんだから……。
「あなたが今ヴューイと噂になってる侍女かしら?」
深く頭を下げるわたしに柔らかい微笑みを向けて姫巫女様が尋ねる。
「………はい」
姫巫女様に嘘や誤魔化しは言えないわ。
わたしは少し考えてから深く頭を下げたまま答えた。
「じゃ、あなたがわたくしのライバルなのね」
「ライバル……ですか…?」
姫巫女様の言葉の意味がわからずわたしは頭を上げ、少し首をかしげる。
「あら、知らなかった?わたくしもイリアス嬢と同じくヴューイの花嫁候補なのよ」
「えっ!?」
姫巫女を10年務めればどんな相手でも思いのままのハズで姫巫女様が花嫁候補なら……もう決りよね…?
「大丈夫よ。わたくし姫巫女の特権は使わないから」
イリアス様と姫巫女様を見比べるわたしの心を見透かすようにクスクス笑う姫巫女様。
「……どうしてですか?」
「わたくしは幼い頃から誰にも負けないくらいヴューイの事が好きだったの。だからヴューイには特権など使わずにわたくしを選んでもらいたいのよ」
ヴューイ様の話をしながら微笑む姫巫女様は女のわたしから見てもとても可愛いらしく感じた。
……本当にヴューイ様が好きなんだなぁ。
「あの…わたし噂にはなっておりますが…ヴューイ様とは何の関係もありません」
少し俯きながらわたしは姫巫女様におずおずと言う。
ヴューイ様の行動にドキリとした事は何度もあるけど好きか?と聞かれたら正直、好きだとは言えないもの。
ヴューイ様だってわたしを本気で口説いてるとは思えないし……。
「フフ、ヴューイがあなたを気に入ったワケがわかった気がするわ」
わたしの言葉に姫巫女様は小さく笑うとご令嬢たちに囲まれてるヴューイ様に視線を向ける。
わたしも姫巫女様につられてヴューイ様を見るとその視線に気付いたのかご令嬢たちに何か言うとこっちに向かって歩いてきた。
「姫巫女様、イリアス嬢、ご機嫌いかがですか?」
「上々よ。楽しくお話しているし」
「ヴューイ様、こんにちは」
軽く会釈するヴューイ様に姫巫女様とイリアス様は挨拶をする。
「それはよかった。でもルイーゼさんをあまりイジメないでくださいね」
「あら?そんな事なくてよ。皆で仲良くお話していただけ。ねぇ、イリアス嬢?」
「は…はい、姫巫女様」
姫巫女様に同意を求められイリアス様は笑顔を少し引きつらせながら答える。
さっきあんなに皮肉言ってたクセに……。
「本当ですか?姫巫女様は昔からイジメっ子でしたからね。わたしもよくイジメられました」
「失礼ね。ヴューイをイジメた事なんてなくてよ。それにわたくし彼女を気に入ったからイジメるなんてしないわ」
イタズラっぽい眼で見つめるヴューイ様に少し口を尖らして姫巫女様が言う。
「え……?」
「姫巫女様ダメですよ。ルイーゼさんはわたしのモノなんですから」
姫巫女様の言葉に驚くわたしをヴューイ様が背後から抱きしめる。
「ヴ、ヴューイ様、離してください!」
ヴューイ様の腕の中で顔を真っ赤にさせながらわたしはジタバタ暴れる。
「2人とも本当に仲良しなのね」
「ちっ…違い……」
「そうですよ。だから盗らないでくださいね?」
否定しようとするわたしの言葉を遮るヴューイ様。
ヴューイ様に抱きしめられるわたしを冷たい笑みで見つめるイリアス様に冷や汗が流れた。
……眼が笑ってないですよ?イリアス様……。
「ヴューイがそんなに執着するなんて珍しわね」
わたしたちの様子を楽しそうに眺る姫巫女様がクスクス笑って言った。
「ええ、だって彼女はわたしを即答で振った強者ですからね」
「ヴューイ様!」
皆の前で何て事いうんですかっっ!
「まぁ!あなたを振るなんて勇気あるわね」
流石の姫巫女様でもヴューイ様の言葉には驚いたみたいでクスクス笑いを止め、わたしを見つめる。
「い、いえ…あの………えっと……」
姫巫女様に見つめられてわたしは口籠もり、思わず視線を逸らすと周りにいたご令嬢と侍女たちがチラチラこちらの様子をうかがっている。
………完全に聞かれたわね……。
部屋中の嫉妬の視線を感じわたしは頭が痛くなってきた。
「姫巫女様、そろそろお茶会も終了の時間でございます」
ふいに姫巫女様の後ろで控えていた王宮侍女がお茶会終了の時刻を伝える。
「あら、もうそんな時刻?名残惜しけれど仕方ないわね。皆さん、時間を共有出来てとても楽しかったわ。また機会があればお話しましょうね」
姫巫女様は皆に少し残念そうな顔で微笑むと部屋を退室して行った。
残ったのはヴューイ様に抱きしめられたままのわたしに嫉妬の視線を送るご令嬢様たちとイリアス様……。
「あの…いい加減離していただけませんか?」
「そうですね。アヴィス嬢を部屋までお送りしなくてたなりませんし」
痛いほどの視線を感じ、ため息をつくわたしにヴューイ様は素早くわたしのうなじに口づけを落として離れた。
「ヴューイ様!」
更に顔を真っ赤にしながら怒鳴るわたしをヴューイ様はクスクス笑う。
「……ヴューイ様、この後お父様がお食事をご一緒にどうかと申しておりました。ぜひ我が屋敷においで下さいませ」
わたしたちの様子に少し眉をひそめながらもニッコリ微笑むとイリアス様がわたしを押し退ける様にヴューイ様の腕に絡み付いた。
「せっかくのお誘いですがこの後アヴィス嬢の護衛が……」
「ヴューイ様、王宮内で危ない事などありませんわ。アヴィス様にはわたしが付いているから大丈夫です」
困った様に微笑み断ろうとするヴューイ様の言葉をわたしはニッコリ微笑みながら遮る。
「でも…」
「どうぞ、アヴィス様の事はお気になさらないでください。さぁ、アヴィス様。お部屋に戻りましょう」
「え、ええ、それでは失礼します」
他の姫巫女候補とお喋りしていたアヴィスを急かす。
「ルイーゼさん!」
ヴューイ様に呼び止められたけどわたしは聞こえないフリをして部屋を後にした。
「あれでよかったの?」
部屋に帰る途中アヴィスが後ろを気にしながらわたしに尋ねる。
「……これ以上イリアス様やご令嬢に睨まれたらたまらないわ」
少し苦笑しながらわたしはため息をついて答える。
「確かに皆のルイーゼお姉様を見る眼は尋常じゃなかったわね」
アヴィスが思い出した様にクスクス笑う。
……それにイリアス様と一緒のヴューイ様を見たくなかったし……。
ヴューイ様の腕に絡み付いたイリアス様を思い出して少し胸が痛んだ。
「………ルイーゼお姉様、ヴューイ様が好きなの?」
「は……?」
突然のアヴィスの質問にわたしは言葉を失う。
「だって…イリアス様と一緒にいるヴューイ様を見るの嫌だったでしょ?」
……何でわかったのかしら?
「そ、そんな事ないわ。ただこれ以上イリアス様に恨まれたくないだけよ。さぁ、早く部屋に戻りましょ!」
アヴィスに心を見透かされたみたいで焦ってそう言うとわたしは少し足速に部屋に向かった。
……わたしがヴューイ様が好きなワケないじゃない!
胸が痛むのはきっと何かの間違いよ。
ヴューイ様だってわたしとの事は1ヶ月だけの暇潰しなんだから……。
自分に言い聞かせる様に心でそう呟きながら………。