第5章
歓迎の宴の翌日からアヴィスを含めた5人の姫巫女候補たちは知識、教養、月詠みの力を競う為に色々な試練を課せられた。
「アヴィス、大丈夫?」
姫巫女候補に与えられた1室で朝の支度の為、アヴィスの長く美しい栗色の髪を丁寧に梳きながらわたしは尋ねる。
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
鏡越しに微笑むアヴィスの顔には疲労の色がみえる。
「あまり無理しちゃダメよ?」
「ええ、わかっているわ」
優しいアヴィスの事だからお父様や家の為に自分が頑張らないととか考えてるんじゃないかしら…。
わたしは鏡越しにアヴィスの顔を見つめ無意識にため息をついてしまう。
「最近ため息ばかりついてるわよ」
「うん。最近色々あったからため息がクセになってるみたい」
クスクス笑うアヴィスにわたしは苦笑してしまう。
――――コンコン
「姫巫女候補様。試練のお時間でございます」
ノックと共に王宮侍女が試練の時間を告げた。
「わかりました。すぐに参ります」
アヴィスがそう答えると王宮侍女の足音が遠ざかって行く。
「じゃ、行ってくるわね」
「うん。無理しない程度に頑張ってね」
ニッコリ笑うアヴィスにわたしは手を振りながら見送った。
「さてと……アヴィスが帰って来るまで何してよ」
アヴィスが試練に行ってしまうと侍女であるわたしは彼女が帰って来るまでかなり暇になる。
「ちょっと王宮探検でもしてみようかしら」
慣れない王宮生活の為、未だにゆっくり王宮内も見ていない。
滅多に来れない王宮だもん。探検するのも楽しいかも。
本来、屋敷に大人しくしてるのが苦手なわたしは王宮探検に出かける為、扉を少し開けるて廊下の様子を窺う。
「誰もいないわね」
わたしはニッコリ笑うと王宮探検に出発した。
王宮内はとても煌びやかで廊下の床には深紅のフカフカ絨毯が敷き詰められ金銀や玻璃を細工した装飾品が所狭しと飾り付けられている。
「うわぁ〜…!」
華美に飾り立てられた数々の部屋や廊下にわたしは目を見張る。
数時間後…。
わたしは王宮の庭園の植え込みに隠れてグッタリと座り込んでいた。
「……何か無駄に飾り立てたられてて見てるだけで疲れたわ……」
最初は何もかも物珍しく楽しく探検していたんだけど段々無駄に華美な内装に眼がチカチカしてきた。
よく、王宮に住む人たちは眼がチカチカしないわね。
わたしは芝生に寝転がり疲れた眼をゆっくりと閉じると庭園を吹き抜ける春風が優しく頬を撫で少しずつ眠り誘う。
「ヴューイ様ぁ〜!」
眠りかけたわたしの頭上から女の子たちの黄色い声が響いてきた。
ん〜…何事よ?
睡眠の邪魔されて少し不機嫌なわたしが植え込みの隙間から覗いてみるとそこには綺麗なドレスを纏ったお嬢様2人がヴューイ様を取り囲んで言い合ってるのが見える。
「ヴューイ様。次の宴の時こそはわたくしとダンスを踊ってくださいね」
「あら!ヴューイ様は次の宴はわたくしと踊るのよ」
ははは……ソフィーナの言う通り花嫁候補の他にもヴューイ様を狙ってるお嬢様方は多いのね。
寝転がった状態で頬杖をつきながらわたしは苦笑してしまう。
「おや?」
「ヤバっ!」
コッソリ覗いていた視線に気付いたのか、わたしが隠れている植え込みの方にヴューイ様が視線を向けた。
「お嬢さん方、今わたしは仕事中なので宴の話はまた次の機会しましょう」
何故かヴューイ様の声には笑いが含まれている気がする……。
「そんなぁ〜」
「絶対ですわよ。ヴューイ様」
ヴューイ様の言葉に言い合っていたお嬢様2人は渋々庭園を後にした。
「さて…と。あなたはそんな所で何してるんですか?」
お嬢様2人を見送った後、ヴューイ様はクスクス笑いながらわたしが身を潜める植え込みを覗き込んできた。
「え〜っと……ちょっと休憩………?」
転がった姿を見つかってわたしはしどろもどろ。
「こんな所で休憩していると誰かに襲われますよ」
「おそ……!?」
クスクス笑うヴューイ様の言葉にわたしはビックリして勢いよく立ち上がった。
「若いお嬢さんが覗きなんてあまり良い趣味とは言えませんね」
「覗きなんてしてません。休憩してたら声がしたのでちょっと様子を見てだけです」
「それを覗きって言うんですよ」
衣服に付いた草を払い落としながらわたしは少し睨むとヴューイ様はわたしの髪についていた草を取ってくれた。
「あ…ありがとうございます」
何かヴューイ様の前だと調子が狂うわ……。
赤くなった顔を見られない様に俯いてわたしはヴューイ様にお礼を言った。
「それでどうしてこんなところで休憩してたんですか?」
「それは……」
ヴューイ様の問いに思わずわたしは口籠もる。
どうしよう。王宮探検のあげく、疲れて休憩してましたなんて言えない……。
俯いたまま言い訳を考えるわたしの顔をヴューイ様が覗き込んできた。
「わたしに言えない事なんですか?」
「……いえ、そう言うワケじゃ……」
前にも思ったけどヴューイ様は顔近付け過ぎっっ!
息がかかる程の距離のヴューイ様に一層、顔が赤くなるのを感じわたしは少し離れようとした。
「理由を言うまで逃がしませんよ」
慌てて離れようとするわたしの腕をヴューイ様が捕まえる。
わたしたちの状態を知らない人が見ればラブシーンに間違い兼ねない。
「は、離してください!」
「理由を教えてくれたら離します」
焦るわたしにヴューイ様はに悪戯ぽい微笑みを浮かべてる。
「……わかりました。離してくれたら言いますから…」
わたしは諦めた様に特大のため息をつくとヴューイ様はニッコリ笑いながら解放してくれた。
「話しますけど…笑わないでくださいね?実は……」
やっと自由になって少しヴューイ様から離れるとわたしは理由を話し始める。
わたしの話を聞く間、ヴューイ様の肩は小刻みに揺れていた。
……一応、笑わない努力はしてくれてるのね……。
「ルイーゼさんは個性的な方ですね」
「…………それって変り者って事ですよね……?」
未だに肩を震わせるヴューイ様を少し睨みながらわたしは言った。
「これでも誉めてるつもりなんですけど」
「それは誉め言葉じゃないですよ」
「他の人と違う事は悪い事じゃありませんよ」
睨むわたしにヴューイ様は優しく微笑みかけてくる。
「………素直に誉め言葉として受けときます。ありがとうございます」
「ルイーゼさんは可愛い人ですね」
「は……?」
突然の聞き慣れない言葉にビックリするわたしにヴューイ様は更にとんでもない言葉を口にした。
「あなたに興味を持ちました。あなたが王宮にいる間、わたしの恋人になりませんか?」
「お断りします!」
「………即答ですか。理由は?」
即答するわたしにヴューイ様は少し苦笑しながら尋ねる。
「だってわたしヴューイ様の事好きじゃありませんから」
恋人になんかなったら王宮中から好奇や嫉妬の眼で見られるに決まってるもの。
「はっきり言いますね。わたしの誘いを断った方はあなたが初めてですよ」
断られたにも関わらずヴューイ様は何故か楽しそうに言った。
そりゃ、それだけの容姿だもん。誘いを断るお嬢様方なんていないでしょうね。
「では、ちょっと賭けをしませんか?」
「賭け?」
「あなたが王宮にいる間にわたしの事が好きになったらわたしの勝ち。もし最後まで好きにならなったらあなたの望みを何でも叶えてあげるって言う簡単な賭けです」
悪戯ぽい微笑みを浮かべながらヴューイ様のとんでもない提案をする。
「そっ、そんな馬鹿げた賭けなんてしません!」
「勝つ自信がないんですか?」
怒鳴るわたしにからかう様にヴューイ様は言った。
「そんな事ありません!」
「じゃ、決まりですね」
「なっっっ!?」
「今から賭けの始まりですよ。遠慮なくあなたを口説いていきますから覚悟してくださいね」
陸に上がった魚の様に口をパクパクしているわたしにヴューイ様はクスクス笑いながら楽しそうに言った。
「わたしヤルだなんて……」
「さて、わたしは少し用事があるのでこれで失礼しますね」
尚も抵抗しようとするわたしの言葉を遮り、ヴューイ様はニッコリ微笑みながらわたしの手を取ると手の甲に優しく口付けを落とした。
「!!」
「では、また後ほど」
驚き過ぎて言葉もでないわたしにそう言うとヴューイ様はその姿を王宮の中にゆっくりと消していった。
そして、庭園に1人残されたわたしは為す術もなく呆然と立ち尽くしていた。