第3章
「…………んっ?……?」
気が付くとわたしは薄暗い部屋の馬鹿でかいベッドに寝かされていた。
「…ここは…?」
見慣れない場所とまだ寝ボケているせいで頭がちゃんと回らない。
とりあえずベッドから身を起こそうとするとわたしの手に違和感を感じた。
「……アヴィス……?」
わたしの手の先にはベッドの端で座ったまま寝ているアヴィスの姿があった。
何時もの綺麗な寝顔には涙の後も見える。
「アヴィス…ごめんね…」
静かに眠るアヴィスの手をそっと握り返す。
―――コンコン。
不意に部屋の扉がノックされ、わたしはアヴィスを起こさない様にゆっくりと身体を起こした。
「ど、どなたですか……?」
「ヴューイです。入ってもよろしいですか?」
…………ヴューイ?って誰だったっけ……?
聞き覚えのない名前にわたしは頭を捻る。
「あの……?」
「あ!すいません。どうぞお入りください」
ヴューイと名乗る人が再び声をかけてきたのでわたしは慌てて答える。
ガチャ…!
「あ!あなたはっ!」
扉から入ってきた人にわたしは思わず声をあげてしまった。
「良かった。気が付かれたんですね」
深紅の眼に優しい光を宿しながらヴューイ様はわたしに微笑んだ。
思い出した!!
わたしは王宮に行く途中、知らない男に襲われて……王宮騎士であるヴューイ様に助けて貰ったんだった!
「まだ調子が悪いのですか?」
一気に記憶を取り戻し固まるわたしにヴューイ様は心配そうな顔で尋ねてきた。
「い、いえ!大丈夫です!!危ない所、助けて頂いてありが……」
「シーッ、姫巫女候補が起きてしまいますよ」
ハッと我に返り、慌ててお礼を言おうとしたわたしにヴューイ様は自らの形の良い唇に指先をあてて言う。
「あ……!」
ヴューイ様の言葉にわたしは思わず手で口を押さえる。
「姫巫女候補を捨て身で守った侍女と聞き、どんな女傑かと思っていたのですがこんな可愛らしい女性とはね」
クスクス笑いながらヴューイ様は傍にあった膝掛けをそっと眠っているアヴィスに掛ける。
「侍女…?わたしがですか?」
「違うのですか?馬車の従者から姫巫女候補と女性が1人と聞いたので侍女かと?」
確かに……貴族のお嬢様となれば侍女や護衛が同行するの当たり前。
だけど、わたしの家(貧乏貴族)はそんな余裕はないのよ…。
姫巫女の試練に身分とか関係ないと言っても流石に侍女1人くらいいないと他の姫巫女候補たちにアヴィスがバカにされるかもしれないわね…。
はぁ〜、仕方ない。
「いえ、違いませんわ。わたし姫巫女候補アヴィス様の侍女ルイーゼと申します」
心の中で大きなため息をつきつつ、わたしはニッコリ微笑んで自己紹介した。
「ルイーゼさんですね。よろしくお願いします。早速ですが今宵、姫巫女候補たちを歓迎する宴が催されます」
「宴…ですか?」
厳しい試練と聞いていたので歓迎の宴があるなんてちょっとビックリ。
「はい。歓迎の宴と言っても要はこれから試練を受ける姫巫女候補たちを王宮の皆にお披露目するのが目的なんです」
キョトンした顔のわたしに優しくヴューイ様は教えてくれる。
「なるほど…じゃ、気合い入れて行かないとですね」
「そうですね。でも今からあなたが気合い入れる必要はないですよ」
「あ…!」
ヴューイ様の言葉で無意識に眉間にシワが寄っていたみたいでヴューイ様はクスクス笑いながらながらわたしの眉間を軽くつついた。
ち、ちかい!近いっっ!
綺麗な顔には全く免疫のないわたしは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
漆黒の美しい髪
ルビーの様な深紅の眼
そんな美しい顔が近くにあったらどんな美女でも恥ずかしくてきっと俯いしまうと思う。
「では、わたしはこれで失礼しますね。そろそろアヴィス様の準備をされた方がいいですよ」
俯くわたしの頭上から笑いの含んだ声でヴューイ様が言った。
「ヴューイ様。色々とありがとうございました」
まだ赤い顔を上げ、部屋を出ていこうとしたヴューイ様にわたしはお礼を言う。
「頑張ってくださいね」
ヴューイ様はわたしに優しく微笑んで静か扉を閉めた。
パタン…
「はぁー…」
ヴューイ様が出ていった部屋に再び静寂が訪れ、わたしは大きなため息を洩らした。
姫巫女候補の手紙が届いてからもう、何度ため息を洩らしたかしら…。
「……さて、仕方ないから宴の支度を始めますか」
まだ赤い顔を両手で軽く叩き気合いを入れるとわたしは早速ベッドから飛び起き、、宴の支度に取りかかった……。