二十二歳④
第四皇子が直々に出向いてくることなど想定もしていなかった田舎の駐屯所は、突然のフラムアークの訪問に蜂の巣をつついたような騒ぎになり、知らせを受けた所長があたふたと出て来て対応に当たる事態となった。
地元住民から廃屋に住みついた野盗に対する陳情が出ている件について所長は全く把握しておらず、副所長も寝耳に水といった有様で、誰がこの件の対応に当たったのか確認が取れるまでにしばしの時間を要してしまった。
結局十人いる小隊長の内の一人がその陳情を預かっていたことが分かったが、奇妙なことにその情報は所内でも隊内でも共有されておらず、小隊長以外の隊員は誰もそんな案件が出ていることを知らなかったのだ。
「も、申し訳ありません。日々の業務に忙殺され、そのような案件があったことを今の今まで失念しておりました」
赤ら顔を青ざめさせながらフラムアークの前に立ったいかつい風体の小隊長は、夏の盛りに冷たい汗をかきながらそう申し開きをした。
「それは妙だな? 廃屋に住みついた野盗が街道沿いに出て人を襲っているとなれば、決して小さな案件ではないだろう。このようなのどかなところではむしろ大きな事案だと言えると思うが。それを失念していたという言い訳にはかなり無理があるな」
「……! そ、それは……」
フラムアークに矛盾点を指摘された小隊長はしどろもどろの答弁に終始し、最終的には野盗側から賄賂を受け取ってこれを放置していたことを認め、床にひれ伏して謝罪した。
所長と副所長もこの不祥事に顔面蒼白となり、平身低頭の体で部下の罪と指揮系統に連なる業務体制の不備を詫び、速やかに野盗の対策に当たることと後日改善報告書を提出することを約束した。
彼らの処分は必要各方面を通じて後日追って科すこととし、ひと通りの役目を終えたフラムアークが馬車に乗って駐屯所を出る頃には、日は沈み、厚い雲が垂れこめた空に夕闇が広がっていた。
「すっかり日が暮れてしまいましたね……明日は天気が崩れるのかなぁ、星が見えない」
御者台で手綱を握りながら空を眺めやるアキッレの隣でそっくり返ったボニートがぼやいた。
「あの野郎がグダグダ言い訳してさっさと罪を認めねぇから……あー腹減ったなぁ」
フラムアークは苦笑しつつ、御者台の二人に馬車の中から声を返した。
「急いで戻りたいところだが、暗くて視界が悪いからね。安全運転でお願いするよ」
「了解です。颯爽と問題を解決した後で馬車がこけてしまっては格好がつきませんからね」
「うーん、颯爽と解決となったかは分からないけど、それは避けてもらわないとな」
「ははっ、違ぇねぇ」
そんなやり取りを交わしながら座席に背もたれたフラムアークは、馬車に揺られながら別行動中のスレンツェ達のことを思った。
こちらの方はあってはならない癒着があったという結果だったが、彼らの方はどうだったろう?
廃屋に野盗達はいただろうか? その中にクランを襲った連中はいたのだろうか。
それとも―――……。
そんな考え事をしていた時だった。
「……ん?」
アキッレが何かに反応し、ボニートが目を眇める気配が伝わってきた。
「なんだぁ、あの灯り?」
「人か……? おい、あれ、バルトロじゃないか?」
「バルトロ?」
その声にフラムアークは身体を起こして窓際に顔を寄せた。すると彼らの言う通り、前方の暗闇に揺れるカンテラの灯りが目に入った。灯りが映し出す人影は、確かにバルトロのように見える。
ほどなくして馬車が止まると、アキッレ達と息せき切ったバルトロとのやり取りが聞こえてきた。
「やっぱりバルトロだ……どうしたんだ、一人で。何かあったのか?」
「―――た、大変だッ……大変なんだ! フ、フラムアーク様は!?」
「おい、落ち着け。どうした、何があったんだ? ひとつ深呼吸して言ってみろ」
落ち着かせようとするボニートの気遣いがもどかしい様子で、バルトロは切羽詰まった状況を訴えた。
「クランの家で出されたお茶を飲んでいたら、とっ、突然みんなが倒れてっ! フラムアーク様にお知らせしないと! フラムアーク様は!? 中か!?」
「ああ、中だが―――それじゃ何が何だか全然分からん。もっと要領を得て喋れ」
その時にはただならぬ事態を察したフラムアークは人知れず馬車から下り立っていた。
「―――オレはここだよ、バルトロ」
その声に弾かれたように首を巡らせたバルトロは、馬車を挟んで反対側に立つフラムアークの姿を捉えて涙ぐんだ。体格の良いボニートが邪魔になって、彼の位置からはフラムアークがそちら側から下りてきたところが見えなかったのだ。
「フラムアーク様、急いでお戻り下さい! クランの家で振る舞われたお茶を飲んでいたところ、彼女達を含め、皆が突然意識を失ってしまい―――!」
全速力で馬車を回り込み緊急事態を告げるバルトロに、フラムアークは静かに頷いた。
「そうか。……残念だ」
投げ捨てられたカンテラの灯りに、白刃が光る。
夕闇に響いた金属音と、馬車に当たって油と炎を撒き散らすカンテラの破砕音に、アキッレとボニートは目を剥いた。馬が驚いていななき、御者台にアキッレを乗せたまま走り出す。
「うわ……っ!」
突然のことに短い悲鳴だけを残して走り去っていくアキッレと、バルトロの一撃を自らの剣で受け止めたフラムアークとを忙しなく見やったボニートは、混乱の極みに達しながら、それでも状況を理解して腰の剣を抜き、第四皇子を狙う刺客へと変貌したバルトロへと肉薄した。
「バルトロ! てめぇ、どういうつもりだッ……!」
「気を付けろボニート! 彼はかなりやる!」
フラムアークの指摘通り、バルトロと剣を合わせたボニートはその技量に驚愕した。
こいつッ……!?
スレンツェとは比べるべくもないが、ボニートも剣の腕前にはそこそこの自信がある。少なくとも第四皇子の護衛を務めるくらいの力量はあるのだ。だが、バルトロはそんな彼とやすやすと渡り合ってみせた。
料理人兼物資補給係として任務に携わっていたあの優男とは思えない。
「っ……! とんだ食わせ者だぜ……!」
フラムアークがこの男の初撃を受け止められたことが奇跡に等しいと、そう思った。重さも速さも正確さも、バルトロはわずかにボニートを上回る。アキッレがいれば二人がかりでねじ伏せられるだろうが、現状は雲行きが怪しい。
その時、擦過音と共に微かな火花が夕闇に散って、近くから大量の煙が吹き上がった。フラムアークが上衣に忍ばせていた発煙筒を使ったのだ。
そちらにバルトロが一瞬気を取られた隙を見逃さず、ボニートは剣を突き出した。だが、バルトロの反射はそれを上回った。彼は突き出された剣をかわしざま、懐から取り出した大量の香辛料が入った小袋をボニートの顔に向かって投げつけたのだ。
「がっ……!? ゲホッ、オェェッ……!」
粉末状の刺激物に目と喉をやられ、涙と咳と嘔吐きが止まらなくなったボニートは戦闘どころでなくなり、いかつい顔を苦悶に歪めた。そんな彼を尻目にフラムアークへと向き直ったバルトロは、取り乱す様子もなく剣を片手にこちらを見つめる第四皇子へ問いかけた。
「……何故、分かったのですか。私が貴方に剣を向けると」
「……。ずっと引っかかっていたんだ。君とレムリアの件。状況に不自然な点こそなかったが、こちらとしては最悪のタイミングで、お膳立てされたようにオレにだけ痛手が及んだ状況は偶然で済ませるには手痛くて、上手く出来過ぎているなぁと思っていたんだよ。杞憂で済めばいいと思いながら、そこからずっと君を見ていた」
「……。だから、わざわざ私の死角になる方向から馬車を下りたんですね……。何も疑わずに手前から出てきてくれたなら―――もしくは馬車に乗ったままでいてくれたなら、勢いのままに距離を詰めて、ひと思いに楽にしてさしあげたのに……」
どこか無念そうに呟いたバルトロは、薄暗い視線をフラムアークへと向けた。
「ずっと……私を疑っていたんですか」
「レムリアはユーファの親友で、君はレムリアの恋人だ。……そうでないことを祈っていたよ。だが、君が同行する行程で何らかのアクシデントが起こった場合は、スレンツェとは別行動を取ろうと前もって決めていた。もし君が行動を起こすなら、そのタイミングだろうと思ったから」
「―――仕掛けたつもりが、罠でしたか……」
バルトロは自嘲混じりの吐息をついた。
「あの人とはさすがに渡り合えませんからね……あれは―――あの強さは反則です……」
「バルトロ―――君の背後には、誰がいる?」
フラムアークの問いかけにバルトロは口をつぐんだ。
「……言えません」
「これは、君の意志か? それとも何かそうせざるを得ない事情があるのか?」
「この期に及んでそんなことを聞くんですか? ずっとあなたを欺いてきて、今こうして貴方の命を狙っている私に?」
口元を歪めるバルトロを真っ直ぐに見据えて、フラムアークは明言した。
「オレは、オレがこれまで見てきた君自身の全てが嘘ではないと思っている」
「……!」
バルトロは何かに穿たれたかのように呼吸を止めた。
その様子を見て、フラムアークは確信に近い思いを抱く。
十中八九、バルトロ自身に弑逆の意志はない。おそらく何者かに強制され、この行動を余儀なくされているのだ。




