二十二歳⑮
宮廷内の人払いを済ませたとある一室―――ユーファの捜索隊に潜り込ませていた配下からある報告を受けたグリファスは、その神経質そうな眉宇をひそめた。
「第四皇子が……?」
色素の薄い金髪にアイスブルーの瞳。前髪を整髪料で後ろになでつけ、上等な仕立ての衣服をかっちりと着込んだ怜悧さ漂う佇まいには隙がなく、見る者に冷然とした印象を与える。
ファーランド領主ヴェダ伯爵の三男で、表向きフェルナンド陣営の若手の有望株として辣腕を振るう彼は、その裏で薄暗い噂に事欠かない人物でもあった。
そして実際、彼はその噂に違わぬ人物であった。フェルナンド陣営の暗部を仕切る彼の両腕は目に見えぬ血にまみれている。
昨年ブルーノを介してカルロ率いる比類なき双剣に皇帝暗殺を教唆し、その裏でフラムアークとスレンツェをクーデターの首謀者に祭り上げようと画策したのも彼である。
主であるフェルナンドの命を受け、フラムアークが頭角を現す以前から、その宮廷薬師ユーファのルームメイトであるレムリアに密かに接近し、彼女を諜報役として抱き込んだのも彼であった。
何事にも手を抜かない主義のフェルナンドは万が一を考えて、当時誰もが眼中にもなかった病弱な弟にもしっかりと網を張っていたのだ。
そのグリファスが眉宇を曇らせたのは、ユーファの捜索に加わっていたフラムアークが日没を過ぎても宮廷へ帰還しないという報告を受けた為である。
「第四皇子は昨日より捜索隊とは別行動を取っており、本日も昨日に引き続き別途川下周辺の集落での聞き込みを行っていた模様ですが、日没にて捜索隊が解散した現在も未だ宮廷へは帰還せず、何やら動き回っているようです。まだ裏付けは取れていませんが、どうやら北の方角へ向かったらしいとの報告がありました」
「北……?」
グリファスは呟いて思考を巡らせたが、その方角にこれといって思い当たる節がない。
妙だな……そちら側に何か今回の件と関連するような事案はあっただろうか……?
「供は? アズールの亡霊と例の女だけか?」
「そのようです」
「そうか……皇子という立場にある者が不用心なことだ―――先日の教訓は活かされなかったようだな。その立場上、己が行く道には常に思わぬ危険がつきまとうと、その身をもって体験したばかりだろうに」
しかし、報告が確かであればフラムアークは何故北へ向かったのか……?
「……。ユーファの遺体はまだ発見されていないのだったな」
「はい。本日の捜索でも発見には至りませんでした」
あの現場から転落して助かる者がいるとは到底思えないが、現状ユーファの遺体は発見されておらず、あきらめ悪く周辺で聞き込みを続けていたフラムアークが行動を起こしたとなれば、にわかには信じ難いが、ユーファが生存する手掛かりを掴んだと考えるのが妥当か―――?
だが―ー―だとしても、何故北に?
そこが解せない。
よしんば転落死を免れていたとして、あそこから落ちて瀕死の重傷を負うことは免れないはずだ。そんな身体でそう遠くへ移動することなど、普通は考えられないが―ー―。
「第四皇子が聞き込みを行った周辺でここ最近、何か変事があったとの報告はないか?」
グリファスは配下に問うた。
万が一にもユーファが存命しているのであれば、こちらも色々と手を打たねばならなくなってくる。
「取り急ぎ確認したところ、数日前に羊角族の薬師が数名の男に誘拐される事件があったようです。最寄りの駐屯所へ周辺集落の長から救出嘆願が出されていました」
「誘拐……」
呟いたグリファスの顔色が変わった。
「羊角族の薬師と共にさらわれた患者がいなかったか至急確認しろ。並行して第四皇子の足取りを追い、行き先を特定せよ。確認が取れ次第、私が出る」
「! グリファス様自ら……!?」
「それだけ事は急を要する。急げ」
「はっ」
もし本当にユーファが生きているのならまずい。彼女はレムリアが反勢力の手の者だと知っている。こちら側という証拠はなくとも、大いにそれを疑っているはずだ。
ユーファがもし生きているなら何が何でも始末せねば―――これ以上失態は重ねられない。無能を嫌い、何より成果を重んじるフェルナンドは二度目の失敗を許さないだろう。ファーランド領を預かるヴェダ伯爵家の一員として、この双肩にかかる主の期待を裏切るわけにはいかない。
近頃帝国内で問題になっている新手の人身売買組織によるものと思われる誘拐事件はグリファスの耳にも届いている。羊角族の薬師を誘拐したのが件の組織で、偶然そこに居合わせたユーファが組織の手の者によって連れ去られ、北へ運ばれているのだとしたら―――それを掴んだフラムアークがわずかな供だけを連れてその後を追っているのだとしたら―――これは千載一遇の好機が巡ってきた、そう捉えることも出来るのではないか。
もしユーファが生きているならこの機に乗じて口を塞ぎ、更にはフラムアーク自身を亡き者にして、全ての罪を犯罪者集団に被ってもらえばいい。全てを不幸な事故として一度に片付けるまたとないチャンスだ。
無論、失敗すればグリファス自身が身を滅ぼす。破滅と背中合わせの賭け要素を多分に含むが、それを鑑みても実行する価値のあるまたとない好機―――鬼が出るか蛇が出るかはグリファスの手腕と運次第だ。
ここで機運を読み違えずに確実に遂行する為には、自らが出向くしかない。
―――ここが私の正念場となるか。
自身の命運を左右する転換点、今その場に立っていることを自覚しながら、グリファスは仄暗い光をアイスブルーの瞳に湛え、暗躍の場へと動き始めた。




