二十二歳⑩
宮廷に取り急ぎ帰還したフラムアークは、スレンツェとエレオラの立会いの下、レムリアとの面会に臨んでいた。
「もっ、申し訳ありません、フラムアーク様……私のせいで……私のせいでユーファがっ……!」
泣きじゃくりながらそう詫びるレムリアはひどく憔悴した様子で、真っ赤に泣き腫らした目元が傍目にも痛々しかった。
「君のせいじゃない。悪いのは兵士に扮したその賊だ」
そう答えるフラムアークにレムリアはやりきれなさを滲ませてうなだれる。
「でも……でもっ……あの男が言っていたことは、ほ、本当のことだったんですよね……? バ、バルトロが……バルトロがフラムアーク様を裏切った事実に、変わりはなくっ……」
「確かに、彼は一度はオレを裏切った。それは事実だ。だが、それには止むに止まれぬ事情があったんだ。調査中だから詳しくは話せないが、バルトロは最後はオレを守って死んだんだよ。彼が死んだのはオレをかばったせいなんだ―――すまない……」
沈痛な面持ちで深々と頭を下げるフラムアークを前に、レムリアは泣き腫らした目を見開いた。
「えっ……?」
「バルトロから君宛に最後の言伝を預かった。『レムリア、愛している』。それがバルトロの最期の言葉だった。彼は最期まで君のことを案じながら逝ったよ」
レムリアの大きなトルマリン色の瞳に新たな涙がみるみる溢れて、こぼれ落ちる。
「う、うぐぅぅっ……バルトロ、バルトロぉぉっ……!」
胸が詰まるような時間が流れる。レムリアの嗚咽が響く中、フラムアークは唇を結んで、その姿をじっと己の目に焼きつけるようにした。
レムリアからは結局、賊の手掛かりとなるような新たな情報を得ることは出来なかった。
賊について分かっているのは中肉中背の三十代後半~四十代半ばくらいの人間の男だったということだけ―――まだ暗い時間帯だったことやレムリア自身が普通の精神状態でなかったこともあり、顔の造作や瞳の色、髪の色といった記憶は曖昧だという。これでは犯人像を絞り込むことなど出来はしない。
バルトロの件を全力で調査することを約束する傍ら、何か思い出したことがあったら教えてほしいと言い置いて、フラムアーク達は彼女の元を後にし、ユーファが転落したという現場へと向かった。
古い建物が立ち並ぶ旧地区の隙間のようなこの場所へ足を運ぶのは、彼らにとっても初めてのことだった。
雨のぬかるみが残る花壇を踏み越えて、朽ちた柵から覗いた崖の深さに、フラムアークは眩暈を覚えた。
深い口を開けた断崖の底は昼間でも薄暗く、深淵を這うような形で流れる川がかろうじて見える程度だ。切り立った急斜面を見渡す限り足場になりそうな岩棚はなく、手掛かりになるような突起や樹木もこれといって見当たらない。
崖の下にはユーファを捜索中らしい兵士達が岩場の隙間や川の周辺を捜索している様子が見受けられた。
「ここから―――……」
そう呟いたきり絶句するフラムアークの傍らで、スレンツェも息を詰める。だが彼は即座に自分を取り戻し、衝撃に飲み込まれているフラムアークとエレオラに声をかけた。
「オレ達も捜索に加わろう。一刻も早くユーファを見つけてやらなければ」
「……! あ、ああ。そうだな。その通りだ……」
青ざめたまま茫然と崖下の光景に見入っていたフラムアークは、その言葉で我に返った。
「そうですね。日が落ちるまでまだ時間はあります。急ぎましょう」
同じく衝撃から立ち戻ったエレオラと頷き合って、三人は崖の下へ通じる道へと駆け出した。
「さっき上から見た感じでは捜索隊の動きは転落現場から川下へと移っているように見えた。まだユーファが発見されていないなら、少なくとも崖下の岩場に叩きつけられて死んではいないということだ。川に落ちているなら、まだ望みはある。だが、無傷というわけにはいかないだろうから、なるべく早く見つけ出して処置してやらなければ」
走りながらそう口にするスレンツェは、自身にそう言い聞かせているようにも聞こえた。
それに頷き返しながら、フラムアークは先程の自分の有様を顧みて反省していた。
スレンツェはさすがだ。
それに比べて自分はどうだ―――想像以上に深く険しい現場の光景を目の当たりにして、情けないことに思考が静止してしまっていた。
スレンツェの言う通り生存の可能性はゼロではないのに、あの光景を目にした瞬間、途方もない絶望感に押し潰されそうになってしまっていたのだ。
そんなことでどうする―――!
ぎり、と頬骨に力を込めて、フラムアークは不甲斐ない自分を叱咤した。
今この瞬間、ユーファはギリギリのところで助けを待っているかもしれないのに。
勝手に最悪の可能性を考えて、打ちのめされている場合じゃないだろう……!
余計なことは考えずに今は動け! 悔やむことは後からだって出来る、今は自分が出来る最善を尽くすんだ!
心の中でそう発破をかけながら捜索隊の元にたどり着いたフラムアークは、現場の責任者から崖下の岩場で発見されたというナイフの刀身を受け取り、変わり果てたその姿に胸を痛めた。
ユーファ……。
何度も岩壁に突き立てようとした為だろうか、ナイフの先端は欠け、刃こぼれして、『フラムアーク』と刻印された名の後半部分、刀身のほぼ根元の辺りから折れている。
ユーファが最後まで諦めず、生きようと必死に足掻いていたことがそこから感じ取れて、フラムアークは伏し目がちに唇を引き結んだ。
このナイフの加護がわずかでも君にあったのだと、そう信じたい。
どこにいても必ず君を見つけ出すから。だからユーファ、どうかその時まで無事でいてくれ―――。
折れたナイフを手にそう祈るフラムアークの傍らで、スレンツェもまた、やるせない想いを胸に愛する女性の無事を祈っていた―――。




